第10話 本当は私はあなたが怖かった……
荒野の月を時折砂塵が遮る、風は冷たい。鉄さびのニオイ。
夜陰にまぎれて疾走する不吉な砂煙の列。
敵(獲物)だ。
巨軀の鋼鉄が軋み、内燃機関が唸りをあげている。輸送車両と、甲虫型強襲機パンツァケーファーだ。
コチラに気づいた。
真っ黒なカタマリから放たれる無数の火砲に必殺の荷電粒子砲。
発火炎に枯れた木々や下草が明滅する。
すぐさま崖から飛び降りる、今いた崖は跡形もなく消し飛んだ。
スパニア全開で急接近をかける。
右へ左へ、躱す、躱す。
光子剣を抜き放ち。紙一重で敵の砲弾を回避しながら攻撃してくるただ中へと加速する。
カミナギルを狙う近接信管の有線誘導弾が付いてこれずに背後で爆発した。
複数に分離して疾走する敵を光子剣で斬り払い、次々と赤熱した鉄塊へと変えていく。
爆発、爆発。飛散する装甲の欠片。
敵の攻撃に悲壮感が伴う、必死の弾幕。
だが躱す、躱す。近づく。斬る。斬る。斬る。
カミナギルという砂嵐に飲みこまれた敵は、みるみるすり減らされていく。
ひとツ、ふたツ、みっツ、よっツ……。敵のニオイはまだ消えない。
冷徹に倒した敵を数えていくカミナギルのパイロット。
ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ……!
ハァ! ハァ! ハァ! ハァ! ……!
ヘルメットの内側、意識の中には自分の鼓動と荒い息遣いだけがかすかに反響していた。
そこへ落ち着き払った、電子的にザラついた声が語りかけてくる。
人ならざる声の主がそうさせるのか、魔法のごとき幻惑を帯びた音域だ。
◤────すばらしい……! すばらしい……!
キミはなんて美しく優秀なんだ……。とても優秀なパイロットだ……。
◤失敗を恐れる必要はない……。
敵の中へと突き進み、思うがままに打ち倒せばいい……。
◤自分の力……。幸運……。そしてこの……、カミナギルの性能を信じるんだ……。
◤ああ……。キミは本当にすばらしいパイロットだ……!
────
────
────
◇
<リンコさん、リンコさん! リンコッ! リンコ、返事をして下さい。>
「え? え。ああ、なに? シエンちゃん」
そこは千葉県君流市の丘陵地帯、緑豊かな小高い丘の開けた場所にカミナギルは立っている。
爆音も警報も、目まぐるしく変わるインフォメーションも、激しく揺れる景色も無い。
聞こえてくるのは、のどかなヒバリのさえずりだけ、至って静かなコクピットだ。
さっきのあの荒廃した風景はなんだったのだ。
<どうかしましたか? リンコさん>
「なんでもない、続けて」
<では、武装の説明を開始します。まずは近接武器、つまり接近戦に用いる剣のような武器を使いこなせるようになりましょう。>
「えーやだ。背中に隠してるでっかい鉄砲使いたい、まずアレを教えて!」
<え!?>
支援システムは驚いた。
このパイロット。なんにも分かってないくせに、いきなり意見してきたぞ?
どういうことだ?
こちらは段取りを考えて飲み込みやすいように教えているのに、一体何だんだこの人間は。
「あーそうだ! なんで背中にも腕が付いてるの? 何に使うの? っていうか自分のこと俯瞰で見てるよね? これなに?」
<リンコさん、やめて下さい。洪水のようにワッと質問を浴びせかけるのは。ワタシもワッと答えますヨ? それでもいいんですか?>
「うふふふっ、いいわよ! ワッと答えちゃって下さい。」
凛子はウキウキだ。
やれやれ……。支援システムは内心嘆息した。
<そうですか、ではいきますよ。背中にある武装はジェット粒子ライフルです。威力が強すぎて意図しない物まで破壊してしまう上に、弾が少なく使いづらいので訓練は後回しです>
<背中の腕は武器を持たせたり持ち替えたりするのに使用する武装腕 bewaffneter Armです。今は使いません。慣れたらこれも使いましょう。>
<機体を第三者視点で見られるのは、今は力場構造で浮遊しているフェアリー・オプションの映像です。他の画角と合成して適宜パイロットの視覚にも挿入されます。条件が許す限り死角はありません。>
「ああ、それで時々操縦してても外から見てる感じがするのね」
<そうです。では、まずは近接武器を使いこなせるようになりましょう。モニターを見て下さい。>
「はい先生。」
今、わがままを言ったかと思うと、急に素直になる。
支援システムは、リンコの性格がいまいちつかめないことに少し自信を挫かれた。
カミナギル正面図が表示され、点滅箇所が現れる。
「なんか胸の上? 両肩のあたりが光ってるね」
<この場所に、光子剣と呼ばれる光る刀剣状の武器『ジェット粒子ブレード』が左右それぞれ一対格納されております。
これを手に持って斬りつけるわけです。攻撃範囲はたかだか知れていますが、威力は絶大です。
なにより使用制限の猶予が大きく、ほぼいつでも使える非常に頼れる武装です。>
「弾切れの心配が無いって事? そういうのイイネ。安心感がある。」
<その通りです。ですが逆に、飛び道具である射出武器とはまた違う特性が存在します。
火器と違って狙いをつけて、ただ発射すれば良いのでは無く。
『斬り付ける』『突き刺す』と言った攻撃モーションが必要で、それらが機体の総体的機動そのものに与える影響を理解しておかなければなりません。
また、この時代に例えるとチェーンソーのような危険なキックバックが発生します、それについても十分に習熟しておく必要があります。>
「え~~~~~、なんか急に難しい話になってきたね。」
<大丈夫です。言葉にすると難解ですが、所詮は棒切れですので振り回して慣れれば良いのです。ではやって見せますね>
そういうとカミナギルは少し体勢を沈ませたかと思うと軽く跳ねて木々が立ち並ぶ前へと移動した。
凛子のやる不慣れな操作によるロボロボしい動作と違って、支援システムの一連の動きには一切の淀みが無い。こんな生物的に動かせるのか。
<では、行きます。ジェット粒子ブレード起動。>
左肩のハッチが上にせり上がって開くと、中からジェット粒子ブレードの柄が起き上がって飛び出してくる。
カミナギルはそれを掴んで抜き放つと、独特の作動音をさせて光の刀身がシュッと伸びた。
それは厳密に言うと超振動する微粒子が高速で循環しているとかなんとからしいが、まぁ未来のチェーンソーなんだろう。
と思ったら。眼の前の木々はすでに切断されてドドドドッと、ゆっくり倒れつつあるところだった。
木の切り口から濃厚な白い煙が立ち上り、薄れながら風に流れていく。
居合斬りの達人を思わせる息を呑む迫力だ。
木の断面が焦げ付く香ばしいニオイまでを感じるので、よけいに迫力がある。
これはカミナギルの嗅覚センサーが感知したニオイを、コクピットのインストルメントが正確にパイロットの嗅覚に信号として再現しているのだ。
「カッコイイ~~~!」
凛子が称賛の声を上げると、なぜかコンソールの向こう側に、支援システムのものすごいドヤ顔が見えた気がした。
「うわっ……」あまりに露骨にドヤ顔な雰囲気をキャッチしたので引いてしまい、思わずまた声が漏れる凛子。
<どうかしましたか?>
「……シエンちゃん、ちょっとドヤ顔しすぎじゃない? 偉いのはカミナギルを作った人で、シエンちゃんは何も偉くないよね?」
<ドヤ顔とはなんですか? 言ってる意味がワカリマセン。わたしに表情はありませんよ?>
このやろう。とぼけやがって。と、凛子は思ったが。
いやいや……、ロボットはロボット同士でいろいろとあるのだろう。と思い直した。
性格のネジ曲がった意地悪な上司や、自慢ばかりしてくる鬱陶しい同僚のロボットなんかも居るのだろう。
きっとシエンちゃんもこう見えてロボット関係には苦労しているに違いない。
そう思えば、人間相手に少々イキがったからってどうだというのだ。
大きな心で受け止めて、わたしに甘えさせてあげれば良いではないか。
わたし相手にドヤ顔してそれで気が済むなら、どんどんドヤ顔させてあげよう。
そう思った。
生まれて初めて、ふんわりと優しい小さな気持ちが凛子の中に芽生た瞬間だった。
……じきに忘れたが。
そんなことよりもっと重要な事に気がついた。
「っていうかさ、わたしが操縦するよりも、シエンちゃんが動かしたほうが上手なんだね。これわたしが練習する意味あんの?」
至極真っ当な指摘だ。
支援システムは、リンコが思ったほど無軌道ではないのだなと認識を改めた。
<今のは、あくまで動かない標的を対象にサンプル動作を再生したまでです。それと実際の戦闘においては、支援システムによる完全自動操縦に大幅な制限がかかります。戦闘行為はあくまで人間のパイロットが行うものとなっているのです。>
「ああ、そういえばシエンちゃんの時代はコンピューターが大暴れして規制が出来たって言ってたね。それのせい?」
<それもありますが、そもそも高機能無人機等のコンピュータシステムの活動を外部から直接妨害・攻撃する手段が存在します。〝もし敵がそのような攻撃方法を使用したら?〟 〝もし戦闘中に支援システムに不具合が生じたら?〟…………。
そうなれば、たちまちカミナギルは凡庸な機動しか行えなくなります。すぐさまパターンを読み取られ、撃墜されるでしょう。おすすめできません。>
「ふ~~ん。シエンちゃんは色々考えているんだねぇ」
<常に最悪の事態を想定しておくのは戦いの基本です。>
支援システムは、ジェット粒子ブレードやそれを使いこなす自分に対して
もうすこし凛子の驚く感想を欲していたが、返ってきたのは意外な反応だった。
「…………ああそういえば、さっき使ってるの見たわコレ」
<コレというのは、ジェット粒子ブレードのことでしょうか? ???? この武器を使うのは今回が初めてですよ?>
「ううん……。さっき見たのよコレ。シュバーンと抜き放って、鉄のムカデみたいなやつをぶった斬ってた」
鉄のムカデ? ぶった斬った? そんなものがどこにあるんだ?
またリンコがおかしなことを言い出したぞ。
そんな筈はあるわけない。
確かに『頭部ガトリング砲』なら支援システムの本格起動前に発射された形跡がある。
リンコも撃ったと言っていた。
しかし発射ボタンを押せばすぐに撃てるガトリング砲と違い、ジェット粒子ブレードは一旦起動しなければならない。
それら手順を知らないシロウトのリンコが偶然使うなどということは起こりようがないのだ。
なんだろう? リンコには虚言癖でもあるのだろうか? そういうのやめてもらいたいのだが。
「シエンちゃん!
シエンちゃんってアニメでしょ!?」
またまたまた、いきなり変な話を持ち出した。
だんだんリンコの突拍子もなさについていけるか不安になってきた。
そしてこれは、あまり気の進まない話題でもあった。
そうである、なぜかこの世界では自分はアニメに出てくる架空のロボット兵器という扱いなのだ。
まったく……非論理的過ぎて受け入れられない。
いや、論理的かどうかで言えば、いきなりこの世界に送り込まれたこと自体がすでに非論理的だ。問題はそこではない。
アニメに描かれている物語そのものが気に入らないのだ。
なんだあれは。
ワタシの居た世界は本当にあのアニメのような結末を迎えるのか…………?
到底受け入れられるはずがない。
それでも自分のこの、曖昧になり、かすれて残る不完全な記憶では、あのアニメがどの程度自分の世界を描いているのかわからない。関係性を否定できない。それが何より不協和音を生み出していた。
<……この世界ではそういう認識になっていますね。>
わずかな空白を挟んで支援システムは渋々といった体で答えた。
認めたくはないが、これが現実というものだ。
「だよね~。でも、なんでかな?
カミナギルに乗っていると、時々、前世っぽい感じで記憶が見えるんだけど、これどういうこと?」
<……前世?>
「いや、わたしには『前世』だか『来世』だか、たまたま見えるだけなのか分かんないんだけど……」
<まるで話が見えてきません。それはアニメを見たという話ですか?>
「んんんん~。アニメは見たことないんだけどねぇ……?。
なんでかな? ずっと昔の思い出っぽく思い浮かぶの。
──暗闇の……頭の中でね? ……シエンちゃんの声がするの。
なんか恐い。 なんかとても恐いの。 シエンちゃんの声が……。」
凛子に「恐い」と言われて支援システムは戸惑いを覚えた。
恐いのは当たり前だ、カミナギルは戦闘機械なのだから。
ただ……。リンコに言われると意味が違うと感じる。
以前にも同じ言葉を聞いた気がする。
──なにか決定的な瞬間に……。
そして支援システムは不器用な言葉をこぼした。
<ワタシはコワクナイデスヨー>




