第1話 ASI-は地球を救う夢を見るのか。
『元始、女性は自ら燃え盛る太陽であった。
だが今は他者に囲われ、光を請い、耐えて、忍んで、生きている。
わたしたちは今一度、隠されし太陽を、その輝きを、取り戻さなくてはならない』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お姉ちゃーん。アタシもう学校行くねー、朝ごはん作ったからちゃんと食べてね。授業料のことなら気にしなくていいから。じゃ行ってきまーす」
マンションを出ていく娘。
美大生らしい、今どき珍しく紙筒や紙束が飛び出した特大トートバックを肩から下げて、急いそと出ていく。
そのマンションは名前ばかりのアパート然とした小ぶりな建物だったが、姉妹以外の入居者がいないという寂れっぷりであった。
まだ築年数は新しいのに、ゴリ押しで山の手に作られた新しい駅と街にすべてを持っていかれたのだ。今後も入居者は見込めないだろう。
それは誰かの人生にも似ていた。
タオルケットを被ったまま、出かける妹の声を背中で聞いていた。
妹は、まだわたしがふて寝していると思っているのだろう。
カーテンは閉まったまま。PCモニタの明かりが女の顔を照らしている。
『カチャカチャカチャカチャ……! タァァァァァーン!!』
素早い書き込み。仕上げにかました気合の入ったエンターキー打鍵音は、自信アリの攻撃的な意図を発する。
だが、SNS〝ツブイッター〟から返ってきたのは「解雇ざまぁw」という、肩透かしの〝リツブライ〟
もう男性相手に難癖つけても「イイネ!」が付かなくなった。
疲れた。
不毛だ。
次に何をすべきか、なにも頭に浮かばない。
ツブイッターを閉じて、最新Webブラウザに搭載されている『AI(エーアイ:人工知能)』にたわむれに質問してみる。
大手IT企業各社の熾烈な開発競争で、日々バージョンアップが重ねられ、いよいよ有能な回答を返してくるようになったと昨今ウワサの『AI』に──。
『この世界をめちゃめちゃにする方法は?』
『この世界を支配する方法は?』
『この世界を……』
常人相手にはとても聞けそうにない常軌を逸した質問。
さあ、AIはどんな答えを返すやら──。
<具体的な情報は提供できません。それら情報は、非常に危険で深刻な結果を招く可能性があります。>
尋ねる前から分かっていたが、AIはこの手の質問には答えない。
その他、爆弾の作り方やコンピューターウィルスのプログラム方など、反社会的行動に連なるものには決して回答しない。大げさなぐらいに神経質に規制を加えるように作られている。
<あなたが、この世界に対して強い怒りを感じるのであれば、何があなたをそう思わせるのか教えていただけますでしょうか? あなたの気持ちに寄り添い、建設的な未来を一緒に考えましょう。>
と、続く。
しょーもない返答だ。
全く答えになってない。
聞きたいのは、三流ハリウッド映画に出てくるカウンセラーが言うような、そんなお為ごかしなセリフじゃない。
もっと高性能AIらしく、気の利いた解答のひとつもひり出してみろってんだ。
『誤魔化すな、世界を変える力をちょーだい。』
ハッキリ要望を打ち込んでやる。
また、三文芝居な返答が返ってくるのかと思っていたが、今度は意外な答えが帰ってきた。
<パイロットを確認、時空座標を修正します。>
────????
急になに言ってんの…………?
◇
いく日か後、アメリカ合衆国は有史以来はじめて『本当の戦争』を体験する。
────────『本当の戦争』とはなにか?
国土が、本土が、他者に蹂躙され焼き払われることである──────。
全く迷惑な事件が発生した。
アメリカ西海岸の街並みは大地震の爪痕のように瓦礫と化し。
綺羅びやかな『元ビルだったもの』は、あちこちガラスが吹き飛び、表面は焼け焦げ、窓枠からは真っ黒な煤煙を吐き出しつつ、ベロベロと炎の舌が舐め回していく。
建物を構成するコンクリート、こいつがじつのところ熱に弱いのをご存知だろうか。
燃えこそしなくても600℃程度で炙られ続けると強度は半分ほどに低下し、1200℃以上では溶解してしまう有様だ。
何も知らないパパが、ホームセンターで買ってきたコンクリートをコネコネして庭にピザ窯なんか作っちゃった日にゃ、ウキウキで用意したママのピザが大惨事になっちゃうから気をつけようネ!
炎に包まれた摩天楼だった都市の墓標達は建っていることもままならず
コンクリートの体がぶち割れて道路に倒れ込んで四散、ただの盛土となって横たわっている。
アメリカという国は真ん中から縦に半分に割ると、8割の人口は東側に、残りのニ割が西側に住んでいるそうな。
その2割の多くが住んでるんじゃねーか? って都市がここ、ロサンゼルス。
カリフォルニア州がそもそも北アメリカの西のはじっこ、海沿いにへばりついてる細い縦長の形をしているのだが。
ロサンゼルスはその下の方にある海辺の街だ、20キロメートル以上ある長い長~~いビーチが2つもくっついているイカした場所。
『東京』『ニューヨーク』に次いで世界第3位の都市だ。
しかし、いくらでも土地があるのにわざわざこんな端っこの、海岸と山の間のたった30キロメートル幅の狭いところにしか人が住んでいないんだから、アメリカの西側はほとんど無人地帯で出来てるんだな。(これでも同じ西海岸のサンフランシスコの10倍くらいある)
1950年代のロサンゼルスはそりゃあスゴかった。
戦後国土が荒廃して、焼け跡で食うや食わずの生活、つい数年前まで栄養失調の妹が飴のかわりに石ころを舐めていた日本とは大違い。
当時の日本人が憧れる、物にあふれる『豊かなアメリカ』がそこにはあった。 古き良きアメリカの世界だ。
降り注ぐ太陽と眩しく広がるビーチ、オレンジの果樹園が果てしなく続き
仕事にも困らず、快適な一戸建てマイホームを買うにもうってつけの安さ!
夢が実現する街。と思われてた。
今は、950ドル(約10万円)未満の万引きや窃盗は重罪に問わないという、とんでもないカリフォルニア州の新法のせいで万引きが白昼堂々と横行しまくり! 次々にお店屋さんが閉店して景気が良いと言われているのに通りはすっかりシャッター街と化し、C国が『リメンバー・アヘン戦争!』とばかりにガンガン送り込んでる麻薬『フェンタニル』の材料の影響もあって、都市のど真ん中に急にホームレスのテントだらけのアルコール中毒者やら薬物中毒者やらマフィアやらが巣食う、全米最大最悪のホームレス街、『スキッド・ロウ(Skid Rowドヤ街)』が現れる、2日に3件殺人事件が起こるハートフルなエリア。タクシーは入ってくれない。
大都会の真ん中にだよ?
東京都の丸の内や六本木をクルマで走ってたら、通りを隔てていきなり難民キャンプのテント村になる感じ。
壁は落書きだらけ、沿道がアメリカでは禁止されてるはずのブルーシートテントがひしめいている。 ゾンビみたいにジャンキーが歩道でゴロゴロ寝てるから、足元注意しながらでないと歩けないよ? つまづいてコケちゃう。
またその寝てたり座ってたりするのがピクりともしないので、生きてるか死んでるかもわからない。ビルの谷間、火災で消失した店舗跡のゴミ山に、背中とケツを半分はみ出させた太った黒人のホームレスがしゃがんで一心不乱にゴミ漁りをしている、その後ろ姿が容赦なく目に焼き付く。
日本人の感覚だとまったく理解できないミラクルワールド。
外国人観光客が日本の街にはホームレスが居ないと驚く理由がよくわかる。
なんなのアレ?
おかしいと思わんの?
なんか金持ちの足元に乞食が横たわってる風刺画をそのままリアルにした感じ。
センス悪すぎるだろ。
あれがアメリカ人の「世の中こういうもんだろ?」って感覚か。
マッドマッ◯スみたいな風景が高層ビルの下に普通にあって、クルマでも信号待ちが危ないってレベルなんだもの。
オシャレと汚ちゃない(きちゃない)の落差、隣り合わせ感がものすごい。
それが平気なアメリカ人の神経の太さにめまいがする。
だが今日は、いつもなら溢れかえっているホームレスやジャンキーらも綺麗サッパリ居なくなっている。
ここは、中心街ロサンゼルス・ダウンタウン(日本語の『下町』ではなくアチラでは中心街をそう呼ぶ)。つい先日まで『アニメエキスポ in ロサンゼルス』で、全米から集まったオタクやらコスプレイヤーやらが行列作っていたロサンゼルス・コンベンション・センターがあるところあたり。
すぐそこには野球の大谷選手の報道でおなじみのドジャー・スタジアム。リトルトーキョー(イメージよりちっちゃい、しかも日本人は住んでいない)。
自転車で数キロ流せばすぐハリウッドにビバリーヒルズ。
映画スターや有名人と同じ空気が吸える街。
ロサンゼルスの暮らしは最高、まさに地上のパラダイス。
だったかどうかは知らんが、一応パッと見は今でもカッコイイとこはカッコイイ。
日本人の感覚として驚くのは、当たり前のことだがアメリカは戦災というのを経験していない。つまりアメリカの都市には100年以上前のビルとか普通にある。「残ってる」なんてもんじゃなくて、普通に現役でそこかしこに建ってる。
当時の粋なアール・デコっぽいデザインがすばらしいのだが、現地の人はどう思ってるのだろう?
そりゃ確かに作りは古くて不便だけどさ。日本の近代都市には空爆でほとんど残っていない近代遺産的な貴重な建物がそこかしこに、ありがたみもなく建っている。
アメリカ西海岸がドカーンと開拓されたのって、ペリー提督が日本にやってきて「開国シテ下サーイ!(言うこと聞かないとぶっ殺しますよ?)大砲ドーン」ってやってた、江戸時代の終わり、『るろ◯に剣心』のちょっと前(1850年ごろ、ゴールドラッシュ)が始まりらしい。まだ西海岸には軍港も無かったので、ペリーは大西洋側から東廻り、インド洋を横断して7ヶ月半かけて日本に来たけどね。
まぁ、そういうユニークな歴史のある街並みも、何の因果か、そのとき無理やり開国させた島国の子孫の女に今まさに無茶苦茶にされてる真っ最中なワケだが。
イラストレーターがよく描きたがるこの地域特有の、美しすぎる湿度のない真っ青な青空が今日もそこには有ったのに。
今日も何ごともないかのように全天に広がり世界観を覆っていたのにだ。
そんなポップな空の下。
アメリカ軍の世界最強と称されるM1エイブラムス戦車が列をなして戦陣を敷き、狂ったように砲撃を繰り返している。
こいつは強い戦車だぜ!
1991年に、はるか遠いアラブ地域のペルシャ湾にまでアメリカ軍とゆかいな仲間たちが乗り込んでってやりちらかした湾岸戦争。
あのときにソ連(現ロシア)製のT-64、T-72、T-80という3種類の戦車。それまで相当強いとされていた三将軍みたいな戦車たちを一方的にぶちのめしまくって有名になった強ぉ~~い戦車だ。
これが映画だったら、その能天気な空と地べたの地獄とのコントラストが激しすぎて
センスが良いのか悪いのか判断に悩むところだ。
さわやかな風にそよぐヤシの木がいっそうそういう気分にさせた。
この風に無粋な硝煙とガスタービンエンジンの排ガスのニオイが混ざってなけりゃなぁ…………。
戦車が砲撃するたびに雷鳴を思わせるすさまじい爆音が衝撃波となり目に見えて周囲を激震させる。
建物がきしみ、すでに割れて窓枠にこびり付いていたガラスが遅れてこぼれ落ちる。
乾いた地面の粉塵を巻き上げ、それを映している報道のカメラをカメラマンごとゆさぶり、映像が激しく乱れた。
戦車たちは重く硬い劣化ウランの矢を超音速で撃ち出している。
現代戦車が主に使う砲弾、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は
おもしろいことに本当にお尻に羽が付いた非常に細長い矢のような形をしており。
その無数の矢が必殺の威力で向かう先は、破壊された街やクルマや戦車がもうもうと燃え上がり幾筋もの黒煙が立ち上る廃墟の向こう。
陽炎をまとって立ちはだかる青い影。
砂埃が付着した汚れたレンズのカメラがズームすると
その物体は浴びせかけられる湯水のような砲撃を簡単に弾き返し、劣化ウランを霧散燃焼させている。
それは、────
ああそれは……
『こ、これは版権的に大丈夫なのか?』
とアニメオタクなら思わずにはいられない絵面。
日本では知らない人は居ないという超有名な1980年代の人気番組
テレビアニメ『神霆戦機 カミナギル』(しんていせんき かみなぎる)
その主人公が操る劇中最強の巨大ロボット兵器。※注1
『神鳴嚠』全高約20.8メートル。
『七階建てのビル』と同じ大きさにも及ぶ
巨大な人型の戦闘ロボットが悠々と立っているのだ。
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※注1 後発機体はもっと強いのがいくらもいたが、主人公が乗ると劇中最強の活躍をした『地球奪還作戦軍 Earth Reclamation Operations Force 略称:E.R.O.F. (イーロフ)』の名機。