火遊び2
犬飼の脊髄反射の行動に対し、すかさずタックルをかました猿山のおかげで未然に火事は防がれた。
しかしそのとき、遠方から爆音がしたかと思えば、刹那にして空振がビル群を揺るがした。犬飼たちはその方向に注目するが、雑居ビルの屋上からは黒煙しか見えない。
「なんだ!?」
「キタキタセー、約五〇〇メートル先にて、大規模な爆発を目視で確認!」
「それを言うなら北北西だ、犬飼!」
「どうやら、歓迎パーティーはお預けのようだね」
「よし、お前らオレに続け!」
子どもたちは一斉に動き出した。螺旋階段をミシミシかつグルグルと駆け降りた一向は、狼煙のように上空を刺す目印を見据え、走っていく。
犬飼はランドセルを揺らしながら、そして猿山はイノシシのように砂埃をあげながら走っていく。先陣を切ったはずの猿山は柔道家さながらの肉体が災いしてか、犬飼からどんどん離されていく。
やがて三人は、火災現場に到着した。その頃には騒ぎを聞きつけた野次馬がちらほら集まっており、それらに混ざってその光景を観察する。
「おいおい、焼け野原じゃねぇか……」
「そうでありますな」
「あの様子だと、爆発した建物はもとより、周囲の建物にいた人も無事では済まないだろうね」
問題となったのは三階建てのビルらしく、真っ黒な煙に燻されて全体が火だるまになっている。爆発の衝撃か、正面のエントランスのみならず、窓ガラスもすべて割れている。隣接するビルは半壊しており、すでに燃え移っているようだ。
しばらくその様子を見守っていた一向だったが、ふいに銃声が二、三ほど聞こえてきた。犬飼たちを除く観衆たちが足早に散らばっていく。
『銃声が聞こえたら身の安全を確保できる場所まで逃げる』……それは、九九と同時進行に受ける義務教育のひとつに過ぎない。
しかし三銃士は素行不良にして蛮勇の持ち主である。命もサイン・コサインも知らない。その場でしかと、銃声の主を見届けるだけである。
「今度はなんだ?」
「えっと……たぶん西のほう! 発砲音であります!」
ほどなくして、一ブロック先の曲がり角からその正体が飛び出してきた。……正確にいえば正体ではないが、元凶ではあるのかもしれない。
「こっちに向かってきてるぞ!?」
「赤い服を着た男を先頭に、えーと……銭湯に入れないヤツらが接近中!」
「どんな刺青を彫っているか聞いてみたいね」
犬飼が言うように、赤いシャツの男が数人の輩を引き連れるように走っている。赤いシャツの男は、満面の笑みを浮かべていた。
「やっべー! 死にそー!」
「えっ?」
みるみるうちに近づいてくる男。大口を開けて叫んだその言葉は、ビル数棟分の距離もあってか聞き取るのが困難だったようで、犬飼は間の抜けた声を漏らした。
そしていよいよ至近距離にまで迫った男はゴールテープを切るように、犬飼・猿山、そして落ち着いた少年の間を走り抜けていった。三人はその方向を見送る。あとからやってきた輩たちも、その三人に混ざるように立ち止まった。
必死の面持ちで追いかけていた輩たちが立ち尽くしたのには、たったひとつの理由がある。
単純に、赤いシャツの男が火災現場に飛び込んでいったからだ。
◉ ◉ ◉
ごきげんよう、悪魔のアカネよ。覚えているかしら?
結論からいえば、チャクラは弾雨だけでは飽き足らず、偶然と耳にした爆音に吸い寄せられていって、今しがた大ジャンプで火中に消えていったところよ。
チャクラは並外れた身体能力の持ち主だけど、案外、黒焦げになってあっけなく死んでしまうかもしれないからね。魂というのはフヨフヨと浮遊するものだから、死んだのが確認でき次第、なるべく手早く回収する必要があるのよ。
「……いやいや、あたしってば誰に説明してんだか」
何やら、口に出さないおしゃべりが過ぎたようね。もちろんあたしだって飛び込むわよ。たとえそこが火の中であれ水の中であれ、スケバンのスカートの中であれ。あたしは死なないから平気なの。
しかし、死なないとはいえ視界は良好とはいえないから不安よね。炎で真っ赤だもの。それでもなんとか彼の後ろ姿をとらえた。彼は走るのをやめて、ゾンビのように猫背になって歩いているわ。
「ちょっと! あんた、自分の流儀を忘れたんじゃないでしょうね!?」
「オレの流儀その壱。無意味に危険を冒さない」
「……ヤクザを敵にまわしてる時点で破綻してるとは思うけど、まぁいいわ。あんたが今ここにいる理由は?」
「んなもん決まってんだろ。このビルに誰かいたら助けるんだよ。人助けっつう建前でオレは死ねるワケ……へへ」
赤く燃えさかる炎のせいもあってか、目の据わった彼の形相は異常そのものに見えたわ。
そんなやり取りのさなか、消防車のサイレンが聞こえてきたわ。どうやらすでに到着したみたいね。
あたしはサイレンに気をとられて目を逸らしたけど、何やらカチャカチャと金属音がしたものだから、その出どころ……チャクラに視線を戻して、さらに目を逸らしたわ。手で顔を覆いながら。
「何してんのよ!?」
「放水と同時にフィニッシュ」
「あんた……ええ?」
「ビンビコビーン! 放水準備ヨーシ、ヌハハ!」
ついていけないわ。
ついていける方がどうかしているわ。




