城主
私はベッドに入るとそのまま寝ることにした。私は幻覚を見ると体調を崩す。早めに寝たほうがいい。
ベッドは大変やわらかくきれいに整えられている。
横になると昨夜寝たベッドとは雲泥の差だった。
沼のように私の身体を沈み込ませてくれた。絹のヌラリとした感触もそれを増長した。
悪い夢を見そうだ。
翌朝、なんだか悪い夢を見ていた気がする。頭がガンガンする。案の定という声が聞こえた。
ああ、昨日幻覚を見たんだ。幻覚を見るくらい体調が悪いんだろうか。
私は気分の悪さに耐えながら起き上がる。
服を着替えて身支度を整える。
ベルを鳴らせば朝食が届けられるという話だったが今は食欲がない。
私はまた庭園に向かった。
早朝だがすでに使用人たちは働き始めていた。
モップを手にしているメイドとすれ違いながら私は庭園に向かった。
庭園では昨日会った庭師ヒューバートが枝を刈り込んでいた。
「早いね、お客さん」
麦わら帽子のつばを持って軽く会釈したヒューバートは首にかけたタオルで額に汗をぬぐった。
「今日はいい天気になりそうだ」
そう言って低い位置の太陽を目を細めて眺めた。
「ああ、ご主人様がいらしたな」
そう言って、薔薇の絡む四阿に向かってくる老紳士を指さした。
その老紳士は若いころは結構恰幅の良い体格をしていたのではないかと思われた。だが着ているスーツは少しタブついている。短時間に痩せてしまったのだろうか。
彼は自分で茶器の乗ったお盆を持っていた、そして四阿にしつらえられたテーブルに着くと静かにお茶を飲み始めた。彼に従うものは誰もいない。
本来なら彼がこの屋敷の主だというにもかかわらずだ。
「ええと、いつからああなの?」
どこか腑抜けた雰囲気でぼんやりとお茶を飲んでいる老紳士はまるでこちらを見ようとしていない。
我々の会話を聞こえていないわけではないだろうに。
「三年前、あのお嬢さんが来た頃からかな」
彼女が来て以来、そう聞いてなんだか冷たい汗が背中に流れた。
「あの人は今どこに住んでいるんだ?」
この城で一番大きな部屋は彼女が占領している。
「ああ、最近はあのコテージに住んでいるが」
明らかにおかしいだろう。本来の主が屋外のコテージで客人である彼女が一番いい区画を占領しているなんて。ましてや勝手に私という客を呼び寄せているなんて。
訳が分からない、もう帰りたい。
体調が悪いだけでなく食欲がますますなくなった。
「そういえば、また犬が死んだな」
ヒューバートが呟く。
「死ぬような年じゃなかったし、それにまた殺虫剤が亡くなっていたんだ」
「鍵付きの引き出しにでもしまったらどうだ」
犬で済んでいるうちにぜひそうしてもらいたい。
あのサイズの犬を殺せる毒など、人間ならばひとたまりもない。