庭園
「申し訳ない、お客さんに嫌なものを見せた」
使用人の老人が麦わら帽子をとって私に頭を下げた。
「いえ、まさか殺虫剤を庭に置きっぱなしにしたわけではないでしょう」
青酸なんて危険極まりないものを庭に放置するような無能な使用人を彼女が雇っているとは思い難い。
「まさか、それにあんなものは大量に用意するようなものではありませんので」
「でしょうな」
「すぐに毒が抜けてしまうので、少量ずつ業者から仕入れていますな」
それは知らなかった。
「普通の瓶に入れておくと一年で使い物にならなくなります」
「そうですか」
彼はそう言ってため息をつく。
「最近こんなことが多いのですよ」
何やら不穏な話だ。調べてくれと言われているので使用人に話を聞くのはこの調査では重要だろう。
「どうも、仕事道具が荒らされているようで」
使用人である初老の男。名前はヒューバート、子供のころからこの城で庭師をしているという。
近隣の村の出身だが、出稼ぎという形でこの城で働くことになったらしい。
ヒューバートは通路の脇の茂みをさした。
これは単なる茂みではなくハーブの寄せ植えだという。風が吹くたびにさわやかな香りが匂い立つという。
まるで子供のような瞳で見事な枝ぶりの木々をさした。
あれはかなり珍しい種類の木で本来この辺りに生えるものではなくそれをこのようにきれいな状態しておくにはただならぬ努力が必要なのだと。
ただ、彼の美しい庭園を管理するという情熱は少年期から今に至るまで継続している。
彼はこの庭園を彩る樹木を求めまた石もそのアクセントに欲しがった。
彼には才能があった。この美しい庭園は彼の才能のたまものだった。
この庭園を維持管理するためには相当な金額が必要だがそれは常に彼のもとにもたらされた。
この趣味を仕事にしているような男はひたすら庭園に向き合って暮らしている。
若い使用人たちが犬の死骸を布に巻いて片づけていた。それに気づく様子もなくヒューバートは愛おし気に薔薇園の薔薇を眺めていた。
この男が子供のころからここにいるということは。
「マリア嬢は子供のころからここに住んでいたのですかね」
「いや、あの人はここ二三年くらいから出入りするようになりましたな」
最近ここに出入りするようになった?つまり前の持ち主がいるということか?
私はヒューバートをのぞき込んだ。
彼はただ自分の育てている植物に視線を注いでいた。
「それでは以前のご主人はどうなさっているんですか?」
「今も、ここに住んでいるが」
何を言っているんだという顔でヒューバートは私にこたえた。