腐臭
どうしたものかな。
犬はかなり大きい、下手な人間より重いだろう。
周辺で薔薇を眺めていた私と同じような客人たちが不思議そうに犬の傍らに膝をついている私を不思議そうな顔で見ていた。
「どうされました?」
最初に私に声をかけたのは初老の紳士だった。
もともと色の薄い髪が白髪交じりになりより一層淡い色合いになったと思われるそれにそろえたように着ている上着も淡いベージュだった。
その紳士は目の前の犬の死体が気にならない様子で私の横に来た。
「もう手遅れのようですが、何やら毒性のあるものを食べたようです。ほかにも犬がいるなら気を付けたほうがいい」
おそらく番犬は一頭だけではないだろう。この規模の城だ、数十頭飼っていてもおかしくない。
私はここで犬の世話係を知らないかと聞いた。
「ああ、それでしたらあちらの番小屋で、待機しているはずだ」
私はそれだけを聞くと番小屋に向かった。
初老の紳士のそばにはうら若い貴婦人がいた。
流行の淡いピンクのドレスをまとっていた。パフスリープではなくすっきりとした袖で襟ぐりにレース飾りがついていた。
ひらひらとしたつばのついた絹の帽子を目深にかぶっていた。
「失礼」
私はその貴婦人のそばを通る際奇妙なくらい表情が薄いことに気づいた。
死んで初期とはいえ腐りかけた犬がそばにいるのだ。普通の貴婦人なら悲鳴の一つも上げそうなものだが。
初老の紳士とうら若い貴婦人、普通は父と娘だと思うが。もしかしたら少々不道徳な関係なのかもしれない。
少々くたびれていたが奇麗に洗濯のされた作業着を着た初老の使用人は麦わら帽子をかぶって私の要請を聞いてくれた。
その使用人を連れてくる間も先ほどの二人は犬の死骸の傍にたたずんでいた。
「これは」
彼は犬の傍に膝をついた。
「これはやはり毒物ではないかと思うのですが」
「そのようですな」
そして、彼は犬の口に顔を近づけた。
「臭いますな、これは害虫駆除に使う青酸の匂いです」
「すぐに顔を離してください」
揮発した青酸を吸うのも危険なはずだ。私は慌ててその使用人の肩をつかんで引き離した。
「害虫駆除ですか?」
「スズメバチですな、ミツバチを狙うので」
スズメバチが出ることもあるのか。あれは場合によっては死人が出る。
庭師兼犬の飼育係だという彼はほかの使用人を呼んで犬の死骸を片付けるように頼みに行った。
確かにこの犬のサイズだと二三人ぐらいの人間がいないと運搬はできないだろう。
「あの?」
紳士と貴婦人二人はその場でまだたたずんでいた。
「あの、気持ち悪くないのですか?」
思わず私はうら若い貴婦人に尋ねた。普通こんなものを見たら貴婦人はそそくさとその場から立ち去るはずだ。
貴婦人は首をかしげる。そして不思議そうに私の顔をのぞき込んだ。
「どうして?」
その言葉の意味が私にはわからなかった。