薔薇の庭園
私は、屋敷内を散策することにした。私がこちらに来る前に確認した地図と来る途中で目視した限りではちょっとした村ほどの敷地面積があるはずだ。
私は屋敷から出ると、あの仰々しい正面玄関以外に通用口のようなものがいくつかあるようだ。規模からすればまあ当然だろう。
私は庭園のあちらこちらに点在する小規模な屋敷を見ていた。
あの屋敷は客人用の屋敷だという。
中程度の収入の一家族が使用人込みで住めるあの邸宅がただの客間扱いとは恐れ入った。
冗談抜きで、この城でホテル業をやったら相当のもうけが出るだろう。しかし彼女はそうしたことに一切興味がないらしい。
私が住んでいる間、衣食住は完全に面倒を見てくれるそうだ。まあ、衣類に関してはトランクに詰めて持ってきた分で十分賄えるのだが。
不意に私が眺めていた邸宅から一人の紳士とご婦人が出てきた。
「ああ、そちらも招待客ですか? 私は……」
自己紹介はその紳士の掌で遮られた。
私の顔面すれすれに差し出された掌で彼らが私と会話するつもりがないのが分かった。
「申し訳ないが、我々は静かに過ごすことが目的でここに滞在しているので、私たちは名乗るつもりはないし、だから貴方も名乗りは不要だ」
「ああ、それは申し訳ない。確かにここに閉じこもっていれば静かに過ごせそうですな」
私はそう言いながらその二人を見ていた。
同じような焦げ茶の髪と青い瞳。年齢は二人とも三十そこそこというところだろうか。顔立ちは似通っているように思えるが。夫婦なのか兄妹なのか今一つ判断がつかない。
私は軽く会釈をしてそのまま歩いていく。
彼女は薔薇が特にお好みのようだ。
今を盛りに咲き誇る薔薇もあれば、青々とした葉を茂らせている薔薇もある。
おそらく少しずつ薔薇の花の咲く時期がずれているのだろう。そうして一年中どこかでバラが咲いていることになる。
薄いピンクの薔薇をしばらく眺めていた。
あの夫婦以外の人間は愛想良く私に話しかけてきた。
皆和やかな笑顔で会話を楽しむことになった。実に空虚な当たり障りのない会話ばかりだったが。
今の季節は熱くもないし寒くもない。柔らかな手入れされた緑。
空を見上げれば小鳥の鳴きかわす声が聞こえる。
実に過ごしやすい場所だ。
実のない会話を打ち切っても追いすがってくる様子もない。先ほどの二人の言ったように静かに過ごすにはもってこいの場所だ。
私はこの巨大な城の中を歩き続けた。
そういえばジュディはどこに行ってしまったのだろう。
てっきりここで私の仕事ぶりを監視でもするつもりだと思っていたのだが。
私は平和そのものの庭を歩き続けた。
そして、花の香りに紛れたかすかな腐臭を感じた。
風に乗って感じるこの臭い。
私は足を速めた。そして、地面に横たわるどす黒いもの。
分厚い毛皮に覆われたそれは生前はおそらくクマのような巨体の犬だったと思われる。
細長い口からだらりとしたがこぼれ、それに血が混じった泡を吹いていた。
腐臭を感じるということは前夜当たりに死んだのかもしれない。
傷はざっと見た限りでは見当たらない。毒物だろうかと推測した