城にたどり着く
彼女の館、というより城の規模だろう。
ちょっとした丘陵がそのまま庭園と館の敷地にすっぽりと入っている。
敷地内の移動に馬車を使っているらしい。
前庭の薔薇アーチの門をくぐりてくてく玄関まで進む。
初夏の風を浴びながらちょっとした散歩のできる距離を歩いていく。よくよく考えると不便極まりない。
目の前には巨大な石造りの城がある。そこそこ歩いたのに近づいた気がしない。
正面の扉は扉の前に立つ使用人と思われる人間の二倍の高さがあった。
その使用人は私のほうに駆け寄ってきて私がひいひい言いながら運んでいるトランクの持ち手に手を伸ばした。
「すまないが、荷物は自分で運ぶ主義なので」
私の運べる限界の重さなのだが、それでも見栄を張りきることにした。
「失礼いたしました。ですがいつでもお声がけしてくださいませ」
まだ若いがきっちりと規範にのっとった口の利き方が身についている。さぞや厳しい使用人がしらがいるのだろう。
茶色の髪は奇麗に撫でつけられ、白いシャツは洗いたてにアイロンもきれいに掛けられている。
永遠にたどり着けない気がした玄関にたどり着くと。外と中から力を合わせて扉が開かれた。
この扉に関しては鍵がいらない気がした。
重すぎて、開くときものすごい音がする。来客が来るたびこんな音をさせているんだろうか。
私がそのまま飴色に磨かれた廊下を延々歩いて応接室までたどり着くとそこにこの城の女主が座っていた。
優雅な猫足のソファに腰掛けて金泥で模様を描いたカップでお茶を飲んでいた。
お茶うけに素朴なクッキーが置かれていたが手を付けられた様子はない。
カップを受け皿に置くと彼女はにっこりと笑う。
「ジュディはきちんとこちらに送り届けてくださったかしら」
「ええ、この前庭までは一緒でしたが、用事があると言って、それなら最初の宿でお別れしてもよかったのですが」
てっきり彼女の前まで連行してくると思われたジュディはあっさりと私を放り出してくれた。それなら最初から強制連行などしてくれなくてもよかったのではないかと思われる。
「ジュディは、私のお願いを何でも聞いてくれるお友達ですわ」
命じたことを何でもしてくれる臣下の間違いではないかと思われたがあえて聞かなかった。聞かないほうがいいことも世の中にはある。
扉が開きお仕着せを来たメイドが現れた。今は午前中に近い時間なのでライラックと思われるプリント模様のドレスだ。
これから着替えて黒のメイド服になるのだろうが。
「お客様をお部屋に案内して、夕食の時間にまたお会いしましょうね」
そう言われて客間に案内されたが、この城はいつでもホテルになれるなと思われる。
寝室と応接間、さらに水回りまでついたちょっとしたアパルトマンより設備の整った部屋だった。
もちろんすべての質が最上級だろう。
ベッドの周りの帳はすべて極薄のシルクだった。
家具屋で見たらどれほどの値か想像もしたくない曲線で構成された椅子は座れば離れられないほどやさしく私を受け止めてくれた。