うたかたの声
犬はすでに埋められたそうだ。庭の隅っこに飼われている動物の墓場ができているようだ。いくつもの小さな石で作られた墓標が点在している。
猫は塵に捨てられたらしい。そのことに苦情申し立てはなかった。彼女は残骸となった猫を黙殺した。
彼女に生き物を貢ぐのはあまり意味がなく周りの人間とその生き物事態に対する迷惑にしかならないらしい。
先ほどジュディから何かを受け取ったところを見たが彼女は何かを受け取ってもそれを感謝するという意識はないようだ。
だが私に対して客人として大変気前よくしてくれているのでそうした意識が希薄なのかもしれない。
小さな墓標が点在するその場所を散策していた。
動物の墓場など誰も近づかないので私は一人で大きく息を吐く。
なんだかわからないが、ここは呼吸がしづらいのだ。
何かが圧迫しているような気がする。それが何かわからないが。
風が吹いている。その風の音に悲鳴のような声が混じった。
私が風の音を悲鳴に聞き間違えているのかそれとも本当に誰か叫んでいるのか。
風の音だ、風の音であってくれ、いつもの幻聴ではないことを祈る。
それでも音は言葉に聞こえてきた。
『返せ…返せ…』
『許せない、許せない…』
何かを恨む声に聞こえてきた。
やばい、夜だったら確実に幻覚を見ている。
なにやら恨み言を言っている。誰に対してか、なんとなく想像がついてしまうような気がするが。
いったい何がここにあるのか。
私は耳をふさぐ。どうせ聞いていたとしても私には何もできないのだから。
そして、私は目を疑った。
あの、人の生き血を吸って生きているという噂の男がまるで初恋を知ったばかりの少年のように彼女にその両手を差し出していたのだ。
いったい何が起きているのか。
あの男はいつだって尊大でただ相手に命じるだけだと聞いたことがある。たとえ芝居でも相手に服従するようなそぶりなど出すわけがないのだ。
だけど私の目の前でまるではにかむように彼女にその手を差し出す姿はまるで隷属を望んでいるようで。
まさか。私はゾクリと体を震わせた。
そんなはずはない。彼女がほほ笑むだけで人の心を奪う絶世の美女だとしてもあの男をどうこうできるはずはなかった。
なのにできたなんて。それは普通ではないことが起きている。
「スティーブンに聞かなければならないことができたな」
私は自分の胸の中の疑問を問うために一番最適な人間を思い浮かべた。
たぶん。あの声のこともそれでわかるだろう。




