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シオン・アルハルトの独白

エスピノーザ帝国の、第三皇子という天命を背負って生まれた。

 

 一番上の兄は頭の出来が良く、二番目の兄は魔法の才に秀でていた。

 そして三番目の自分に与えられたのは、よく切れる頭でも膨大な魔力と魔法のセンスでもなく。

 「美貌」という災いをもたらすばかりの余計なものだった。


 エスピノーザでは珍しい紫がかった青色の髪に、母と同じ琥珀石の瞳。

 俺の容姿は母親譲りのものだった。

 母は美しい人だったが、その美しさを皇帝が気に入り側室に召し上げた平民であったらしい。

 城の奴らが言うところの「卑しい身分」の女だ。

 だから後ろ盾もなく、三才の時に母が亡くなってからは、腫れ物に触るような扱いを受けてきた。

 

 母が生きていた頃はよく訪ねて来ていた父も、もう何年も姿を見ていない。

 二人の兄も、話したこともない姉妹たちも、関わりを持ちたいと願ったことは何度もある。

 しかし一つも叶うことはなかった。

 家族の絆など感じたことは一度もない。

 城の中で俺は忘れられた存在で、いらない子供だった。


 一方で俺のこの見てくれを利用しようと近づいてくる貴族も後を絶たなかった。

 口を開けば「娘と会っていただきたい」だの婚約がどうしただの……煩わしいことこの上ない。

 

 ただ、それだけならまだ良かった。

 この容姿を酷く憎み始めたのは、俺を狙った事件が城内で多発するようになってからである。

 

 最初は母と恋仲だったという魔導士の男だった。母を皇帝に奪われたこと恨みに思い、母とよく似た顔の俺を母の代わりにしようとしたという。

 二度目は禁術に手を染めた黒魔導士で、俺の肉体に乗り替わろうとしたらしい。

 三回を過ぎたころから、犯人の顔と動機は覚えていない。きりがないからだ。

 そして俺を五つまで育ててくれた乳母が、俺が寝ているベッドに乗り上げてきたのを見たとき、頭の中でプツンと何かが切れる音が聞こえた。

 幸いにもすぐにやって来た護衛の手により乳母は捕らえられことのなきを得たが、俺はその日からすべてがどうでも良くなってしまった。

 王座も家族も俺自身のことも、すべてに興味が失せ死んだように呼吸を繰り返す毎日。 

 そもそも母親の身分が低く皇位継承順位が第三ともなると、上二人が優秀な俺が王座に付ける確率は極めて低い。

 それならば叶わぬ夢を見るよりも、全て諦めて利用され続ける人生の方がずっと楽だった。

 俺のこの見た目が人形のようだというのならば、人形は人形らしく大人しくしていよう、と。

 

 そんな折、隣国であるクルミナルの第一皇女と婚約するようにと父から命令が下された。

 クルミナルは領土こそ大きくはないが、魔法が大変栄えた先進国である。

 エスピノーザの敵ではないが交友関係を築いておいて損はない、というのが父の考えで、俺はそれに従いクルミナル王国の建国祭に出向いた。

 俺は所詮、国の道具に過ぎない。

 下卑た貴族に利用されるのも、国政のために利用されるのも大して変わりはなかった。

 

 

 クルミナルで待ちうけていたのは「アリス・スプリング」という名前の少女。

 ピンクゴールドの髪を高く結い上げ“いかにも”といった具合の王族らしいドレスを身にまとったアリス姫は、そのエメラルドの瞳で不機嫌そうにメイドを睨み付けていた。


「アリス・スプリングと申します」

「シオン・アルハルトです」


 簡単な挨拶を終わらせ、一言二言言葉を交わすと静かに紅茶を飲み始めたアリスに習い、自分の前に置かれた紅茶に口を付ける。

 あ、これ美味いな。エスピノーザに持ち帰りたい。


 しばらく紅茶に夢中になっていると、アリスの視線が俺の顔に集中していることに気付いた。


「あの、僕の顔に何かついていますか?」


 のぼせたような視線がいい加減に鬱陶しくなり、嫌味たっぷりに聞くとアリスは焦った様子で目を白黒させた。

 どうせコイツも同じだ。俺の瞳が宝石のようだとか言うのだろう。

 

「琥珀糖!」

「琥珀糖?」

「はい、琥珀糖です!シオン様の瞳をみていたらつい思い出してしまって……」


(は?)


 しかし返ってきたのは全く予想外の答えだった。


「琥珀糖ってあの東洋のお菓子の……?」

「は、はい…」

 

 あまりに間の抜けた返答に思わず口元が緩む。


(宝石のようだと褒めるわけでも世辞を言うわけでもなく、まさかお菓子に例えるとは)

 

 何故か得意げなアリスの顔に飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、必死抑え込むも余計に笑えてきて、ついには声を出して笑ってしまった。

 こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

 人目もはばからず、嫌な事を全部忘れてただひたすらに笑う。

 いつしか自分の中で忘れてしまっていたなにかを、少しだけ思い出したような気がした。


「シ、シオン様……!?」 


 アリスの焦ったような声に顔を上げると彼女があんぐりと口を開けているのが目に入り、それが妙に可笑しくてまた笑いが込み上げる。

 青くなったり赤くなったり、ころころと鮮やかに変わる彼女の表情は心地よかった。

  

(きっと退屈なんてしたことがないんだろうな)


 この人の笑った顔が見たみたい。

 「アリス・スプリング」と名乗ったエメラルドの瞳の少女がどんな風に笑うのかを知りたい。

 何故だか唐突にそう思った。


(友と呼べる人間なんていない。家族の顔ももうおぼろげだ)

 

 一人で生きていけると思っていた。誰とも関わる事なく、ただひっそりと息を殺して。

 そんな俺に新しくできた繋がり。

 政略結婚という歪な形だが、今はそれでも良い。

 この繋がりを何よりも大切にしよう。


 この子なら。この黄金の髪を持つ少女なら俺の心に空いた穴を埋めてくれる。そんな予感がした。

 延ばされた手を取り、そっと口付ける。

 

「約束ですよ、姫さま」


 

 以上がシオン・アルハルトとアリス・スプリングの出会いである。

ブックマークありがとうございます。愛してます。

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