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攻略対象1人目:シオン・アルハルト

シオン・アルハルトはやはり絶世の美少年であったことを、ここに記録しておく。

「アリス・スプリングと申します……」

「シオン・アルハルトです」


 本日はお日柄もよく、なんてテンプレートが字で聞こえてそうな昼下がりである。

 アリス・スプリングこと私と、その婚約予定の相手であるシオン・アルハルト皇子は、私とラァラを乗せたバルーシュが城に戻るや否や「まだお披露目までに時間があるから二人でゆっくりしてなさい(意訳)」とクルミナル王宮の客間にたった二人でぶち込まれてしまっていた。

 なんという適当な「あとは若いお二人で」だろう。唯一の頼みの綱であったラァラはすがるように向けた私の視線をあっさり無視すると、この後行われる披露宴の準備を手伝うためにさっさと部屋を出て行ってしまった。万死。


「あの、なにか召し上がりますか…?お昼時ですし…」

「いえ、結構です。この後の披露宴で頂きますので」

「アッそうですよね……」


(はい無理――!!)

 冷静に考えて無理でしょこんなの。

 片や転生一日目の日本人女性(享年21歳+10歳)、片や異世界生まれ異世界育ちの王子様。

 誰が見たいの?三十路とショタの激気まず会話。

 

(助けてラァラ。いやもうこの際ラァラじゃなくてもいいから誰か助けて!)

 

 すげなく会話を終わらせられてしまった恥ずかしさを誤魔化すため、申し訳程度に入れられた紅茶に口をつける。

 あ、おいしい。さすが王宮。全然申し訳程度に出せる味じゃなかった。

 

(それにしても本当にきれいな子……)

 

 早々にも会話を諦めた私はシオン・アルハルトの観察に移ることにした。

 

 肩上で切り揃えられたサラサラの髪の毛は海の底みたいに深いブルーで、天井のステンドグラスの光を反射してキラキラと輝いている。

 伏せられたまつ毛は緩いカーブを描き、シオン・アルハルトの象徴ともいえる琥珀色の瞳を縁取っていた。

 服装は真っ白で品の良いエスピノーザの公服で、王子様らしく体中の至る所に宝石を散りばめた装飾品をジャラジャラとつけてはいるが、全く嫌味がなくむしろシオンの美しさをしっかりと引き立てている。

 表情こそ冷たいが、それもまたよく似合っていた。

 

(あまりの美しさに国が傾きかけたっていう楊貴妃みたいな設定があったはずけど、本当にその通りね…)

 

 まさに傾国級の美しさである。

 確か主人公であるサヨと出会ったのも、シオンの美しさに狂った誘拐犯から逃げていた途中のはず。

 

(サヨに助けられて、その強さと優しさに惹かれて恋に落ちる…んだよね)

 

 原作でのシオン皇子は頭は硬いが正義感が強く、しかし主人公のサヨには誰よりも誠実であるという、いわゆるクール系スパダリ王子様として描かれていた。

 気高くて普段は冷徹なイケメンが唯一心を許した相手にはでろでろに甘い、という全オタクが大好きなやつだ。運営、本当わかってる。


「あの、僕の顔に何かついていますか…?」

「えっ」


(ヤバい、まじまじと眺めすぎた!)


 サヨとシオン皇子の最高過ぎるカップリングに思いを馳せていた私は、シオン皇子の呼びかけに慌てて意識を現実世界に戻す。

 ボーっとシオン皇子の顔を眺めていたかと思えば、急にあたふたし始めた私に、シオンは不審そうな視線を投げかけてきた。


(とにかくなにか言い訳を……!)

 

 さっきも言った通り、シオン皇子は自分の容姿に対してあまりいい思い出を持っていない。事実、ゲームでもシオンの外見に固執していた「アリス・スプリング」はたいそう煙たがられていた。

 そんな王子さま相手に「シオン様のお顔が綺麗で見惚れてました~」なんて言ったら、一発アウト!不評を買って第一印象最悪の滅亡ルートましっぐらだ。

 とくにシオン・アルハルトは気を付けて扱わないと、私は18歳の時のクルミナル建国祭で断罪され、国もろとも滅びてしまう。

 そうでなくとも他の攻略対象たちの脅威が待ち構えているというのに、出だしでコケてこれ以上死亡確率を上げるわけにはいかない!


(なにか……なにかいい感じの言い訳は………そうだ!!)


「琥珀糖!」

「琥珀糖?」

「はい、琥珀糖です!シオン様の瞳をみていたらつい思い出してしまって……」

 

 黙りこくっていたのに、シオンの瞳に狙いを定めるや否や突然大きな声を出した私に、彼はキョトンとした表情を浮かべた。

 それはそうだよね。自分の瞳を見てお菓子の名前を出されたら誰だってそうなるよね……。

 だが私とてなんの考えもなしに急に「琥珀糖!」と叫んだわけではない。

 これは偉大な正ヒロイン・サヨ様からお借りしたセリフなのだ。

 

(それはサヨとシオンが魔法学校に入学してまだ間もないときのこと――)

 

 シオンの瞳を見て故郷のお菓子を思い出し、少し寂しげな表情を見せるサヨにシオンは魔法で琥珀糖を作ってプレゼントする、という甘酸っぱい青春ストーリーが原作ゲームにあったはず。シオサヨ最高。

 

(パクるみたいになってごめんなさいサヨ…!でも今は私の滅亡エンド回避のために使わせて!)

 

「琥珀糖ってあの東洋のお菓子の……?」

「は、はい…」


 未だ訳が分からない、といった風に片眉を持ち上げ紅茶に口を付けていたシオンに私は半ば祈るような気持ちで返事をする。

 すると紅茶のカップを持った体制のまましばらくフリーズしていたシオンは、極めてゆっくりとした動作でカップをソーサーに戻すと、急にプルプルと小刻みに震え始めた。

 

「ふっ、あは、あはははっ!」

「シ、シオン様……!?」

 

(まさかの爆笑!?)

 

 原作ゲームでも見たことのないほどの笑顔だ。

 しばらくは口元を抑えて耐えていたみたいだが、シオンは楽しくてしょうがないと言った様子で、についには大口を開けて笑い出してしまった。

 

 私はあんまりビックリしたので、その品のいいかんばせがくしゃくしゃに歪むのをポカンと眺めることしか出来なかった。

 こんなに爆笑していても美しいってシオン皇子もはや何者なの。

 今の私はわからないけど、前世の私だったら確実に顔面事故を起こしているレベルの大笑いだった。


 そうしてしばらく笑い続けたシオン皇子は、ゴホゴホと何度かせき込んで息を整えると「すみません…」とまだ笑いの跡が残る声でなんとか平静を取り戻した。

 しかしその目じりにはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

(シオン皇子も泣くほど笑うことがあるのね…いや笑われるの私だけど……)


 もう名誉なんだか不名誉なんだか訳が分からない。でもまぁ美少年が楽しそうなので全部良しとしよう。

 

「あなたは……なんというか、面白い人ですね」

「えっ、あ、ありがとうございます……?」


(いやありがとうでいいのかこれ)


 もしかして:バカにされてる? と脳内の優秀なGoogle先生がサジェストを弾き出したが、十歳の男の子にバカにされる三十路の図が我ながらあまりにも可哀想であったため、とりあえずお礼を言っておく。


「アリス姫さまは甘いものがお好きなのですか?」

「は、はい。まぁそれなりに……」


 またも微妙な表情を浮かべた私に、今度は何がツボに入ったのか、またしばらくシオン皇子は肩を震わせていたが、ふりっ切った!と言わんばかりのいい笑顔で彼は突然立ち上がると、ローテーブルを挟んだ私の方に身を乗り出してきた。

 国宝級の顔面が視界いっぱいに広がる。マズい、このままでは顔面偏差値に殺されてしまう!

 急に近くなった距離に慌てて私が身を引くと、シオン皇子は逃がさないとでもいうようにその距離を縮めてくる。

 

「でしたら姫さま、今度お茶会にお越しください。実はうちのシェフが作るスイーツは国一番の絶品なのです。ぜひ貴女に召し上がっていただきたい」

「ほ、ほんとうですか?」

「はい。国に戻ったらすぐに招待状をお送りしますね」

 

 シオンは先ほどの爆笑に引けを取らないいい笑顔をで小指を差し出してきた。

 指切り……ということだろうか。

 恐る恐るそのシオンの指に自分の指を近づけると、シオンはその指を絡める…のではなく私の手のひらをガシッと捕まえた。


「約束ですよ、姫さま」


 そのまま流れるように手を握り込まれ、あろうことかシオン皇子は私の手の甲にそのつやつやの唇を落とした。

 21年間を女として、そして10年間クルミナルの姫として生きてきたが、こんなおとぎ話のようなことをされたのは初めてである。


 しかし驚いて固まる私をよそに、シオンはパッと手を離すと、乗り出していた身なりをキチンと整えて、また西洋人形のような表情に戻ってしまった。


(シオン・アルハルトってこんなキャラだった!?)

 

 どちらかというと、もっと堅物でこんな…こんな王子様みたいなことをするキャラではなかったはず。


 火照ってしまった頬を誤魔化すようにパタパタと両手で仰ぎながらシオンに目をやると、彼は相変わらずの読めない表情で静かに紅茶を飲んでいた。

 まるで言外に「なにもありませんでしたよ?」と言っているようだ。

 しかし、気のせいでなければシオンの纏っている雰囲気は、初めよりずっと穏やかになったように感じる。

 やっぱりサヨのセリフを抜粋したのが効いたのだろうか。さすがは正ヒロイン。その効果はすさまじい。

 

(まぁファーストコンタクトにしては上出来じゃない?シオン皇子大爆笑だったし)

 

 何はともあれ、このまま大人しくしていればクルミナルと私の滅亡は防げそうだ。転生初日の成果としては上々である。

 あとは無難に目立たず披露宴を終えるだけ!


(異世界転生ってもしかすると楽勝なのでは!?)

 

 能天気にシオン皇子との対談を終えたこの時の私はまだ知らなかった……。まさか本当にシオン皇子からお茶会の招待状が届いてしまうことを……。


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