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いざ尋常に、婚約!

 クルミナル王国と言えば、天下に轟く魔法大国である。

 歴史に名を残すほど優秀な魔導士を数多く輩出しており、かの有名な風魔法の申し子/ラッド・チークも我が国の王国騎士団に籍を置いている。

 そんな大国の建国祭。もちろん、煌びやかでないわけがなく。

 まだ日が高いというのに人々はすでにほろ酔いで、木製のジョッキに並々つがれたビールを楽しそうに酌み交わし、町の方々でケルトの陽気な音楽が鳴り響く。

クルミナル王宮の城下町は大変な賑わいを見せていた。


 

 そんなクルミナルの街中を、私とラァラは黄金のバルーシュ(屋根のない馬車)に乗って見物していた。


「すごい!こんなに人が集まるものなのね!」

「姫様、あまり乗り出されては危ないですよ」

「わっ、危なっ」

「姫様!」

 

 ズル、と滑った手をすんでのところでつかまれて、バルーシュの上に引き戻される。

 あの後、驚異的な早さで回復したラァラは、もうすっかりいつもの調子を取り戻したのか「いわんこっちゃない……」みたいな表情を向けてきた。

 護衛の兵士からも「大丈夫ですか?」と声をかけられてしまった。恥ずかしい……。

 少しむくれて座りなおすと、ラァラはずれた王冠を直してくれた。


「せっかくの晴れ舞台なのですから、気を付けてくださいましね」

「わかってるわよ……」


(せっかくの晴れ舞台、か……)

 

 私、アリス・スプリングは今日、隣国のエスピノーザ帝国第三皇子シオン・アルハルトと婚約をする。


 なので建国祭、といってもメインイベントは私とシオン皇子の婚約発表なのだろう。………たぶん。

 

 この結婚にはもちろん目的があって、表向きには「皇女と皇子の結婚により両国の強い結びつきを示す」こと。言い換えれば、「お互いの肉親を人質にして裏切れないようにする」だ。

 つまり政略中の政略、大政略結婚である。


 もう触りから幸せな未来が微塵も予想できない。事実、「アリス・スプリング」は政略結婚の相手に恋をしたせいで悲惨な最期を迎えているわけだし。

 転生を自覚した初日に婚約とかほんと勘弁してほしい。抗いようがないじゃないか。

 

(この馬車が街中を一周して王宮に戻った時、もうそこにはシオン・アルハルトがいるのね……)

 

 私の思いを知ってか知らずか、馬車はクルミナルの街をゆっくりと進む。

 

「ねぇ、あの人はだぁれ?」

「こら!指をさしちゃいけません!」


 幼い子供の無邪気な声がケルト音楽に乗ってきこえてきた。

 何気なくそちらの方向を見ると、母親は焦って子供を隠すように抱きかかえる。

 

 子供の指先は、私に向いていた。

 

 ほんの些細なことのはずなのに、なぜだか胸がつきりと痛む。

 

 街の賑わいを見物しているつもりでいたが、見世物は私の方かもしれない。

 そう思うとさっきまで輝いていたはずの街並みが、なんだかくすんだように見えた。


「姫様、そんなお顔をなさらないでください。大丈夫ですよ。シオン皇子はとっても素敵な方だと聞きます」

「そんなのわからないわ。シオン様は私のことを嫌っているかもしれないし……」

「まぁ」


 私がそう不安げに溢すと、ラァラは口元を手で覆って少し愉快そうに笑った。

 嫌われているかもしれない、なんて弱音を吐く「アリス」の姿が珍しかったのだろう。

 仕方がないじゃないか。誰だって「嫌われ悪女の断頭台バットエンド」は恐ろしい。

 

「私の大切な大切な姫様にそんなこと言う者は、このラァラが成敗してやりますよ」

「え、えぇ。ありがとう……」


 ラァラはグッと顔の横で握り拳を作ると、にこりと美しく微笑んだ。

 きっと勇気づけようとしてくれているのだろうけど、その逞しい拳にどうしても先ほどの扉の惨状を思い出してしまう。

 頬の筋肉をひくひくさせて微笑むと、ラァラの滑らかな手が薄く施された化粧を崩さないようにそっと私の頬に触れた。

 

「自信をお持ちください、姫様。こんなにも愛らしい貴女様なのですから、シオン皇子とだってきっとすぐに仲良くなれますよ」

「そうかしら……」

「えぇ、きっと。この杖に誓って」

 

 ラァラは腰元のリボンに差し込んだ銀の杖を撫でて優しく言った。

 杖に誓う、というのは元の世界でいうところの「指切り」だ。魔法使いにとって命の次に大切な杖に誓いを立てる。それは魔法使いの間では大変重たい意味を持つ行為である。

 いつものクラシカルなメイド服をぬいで、落ち着いたグリーンのドレスに身を包んだ彼女は、ともすれば若い母親に見えるかも知れない。そんな慈愛に満ちた表情だった。

 

「さぁ、姫様。あと少しで王宮に戻りますよ」

「うん……」


 ラァラの声に促されるように俯いていた顔をあげると、ガタゴトと揺れるバルーシュはもう王宮の門の目の前に差し掛かっていた。

 固く閉ざされた門の向こうからは、ケルト音楽の代わりにパイプオルガンの厳かな演奏が響いている。


「ラァラ」

「はい、姫様」

「私、この国が好きよ」


 私がそう言って微笑むと、ラァラは「はい」とだけ答えた。それ以上、言葉はいらなかった。

 

 煌びやに飾り付けられ黄金に輝く外門は日の光を反射して、私はあまりの眩しさに思わず目を瞑った。


 王宮の、門が開く。

 

 魔法が栄え、科学が廃れた異世界《不思議の国》。

 手のひらの液晶端末も、車の排気音も、流れる人の雑踏も、眠らないネオンの光も。

 それは遥か遠い世界の記憶である。

 

 時計ウサギは殺された。なんでもない日の馬鹿騒ぎには統制令。

 ハートの女王はスポットライトの下に引きずり出され、物語は幕を上げた。

 

 コンテニューもリスタートも叶わない。

 世界は廻り続ける。


 これは私の、「アリス・スプリング」の生涯を綴った物語である。

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