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前世とか全部吹っ飛んだわ

「姫様!?ご無事ですか、アリス姫さま!!」


 その扉の厚さは、優に5㎝を超えていたと思う。

 しかしその障壁をものともせず、この豪勢な扉を細腕一本でぶち破る、という出鱈目人間万国ビックリショーを成し遂げたのは、美しい黒髪をギチギチのおさげに編み込んでいるものの、まとっている衣装はクラシカルなメイド服…という全オタクが好きそうなキャラデザのお姉さま。

 原作のゲームには登場しないこの方。なんとも頼もしいことに、我らがメイド長・ラァラである。


「ラ、ラァラ。私は大丈夫。アナタこそ腕は無事なの…?」

「え、えぇ。わたくしの方はなんとも」


 まだその握りしめた拳からパラパラと土埃を落とすラァラは、あまりにケロッとした私の態度を見ると、へなへなとその場にへたり込んでしまった。

 前世の記憶が戻って脳ミソショート寸前の私よりも、よほど具合が悪そうな様子に慌てて彼女の傍に駆け寄る。


「ラァラ、落ち着いて。私は大丈夫だから…」 

「申し訳ありません、姫様…あんな事があったばかりでしたので…」


 あんな事…というのは十中八九、つい一週間ほど前に起こった、クルミナル国王陛下毒殺未遂――つまり、今の私のお父様に当たる方の食事に毒が混ぜられていた、という事件のことだろう。

 幸いまだ食事に手をつける前だったお父様は大事には至らなかったが、代わりに毒味役の使用人が一人、命を落とすという王宮内で起こるにはあまりに悲惨な出来事だった。

 捕まった下手人はアダム・ロジャースという王宮務めの庭師の男。真面目で優しくて、私やお兄さまにも良くしてくれていたアダムおじさまがどうしてお父様を殺そうとしたのか。残念ながらこの一連の出来事は「King of sapphire」の原作では明かされていなかった事実なので、私には知る由もない。

 そうしてそれがきっかけとなったのか、かねてよりの心労で苦しんでいたお父様はついにお倒れになり、一週間が経った今でも自室から姿を表さない。お父さん子……というか早くに母を亡くしたため、肉親が兄と父親しかいなかった「アリス」は酷く落ち込んでいた……と思う。ちょっと前世のこととかいろいろありすぎて感情まで思い出せないけど。

 きっとラァラはそのことも相まって「アリス」が変な気を起こしているんじゃないか、と心配した結果、王宮のトイレの扉をぶち破る、という暴挙に出たのだろう。少々血の気は多いが、大切にされていることが伝わってくる。全く、アリス様はいいメイドを持っていたのだなぁ。


 あの性悪姫様にもこんなに思ってくれている人がいたとは……と感傷に浸っていると、なにやら今度はコンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえる。未だ座り込んでしまったラァラの背中を撫でながら「どうぞー」と声かけると、その人物はひょっこりと顔を出した。


「や、やぁ姫さま。こっちの方からもの凄い音が聞こえたから飛んできたのだけど……何かあったのですか?」

「ハジさん!」


 現れたのは、みんな大好きハジおじさんだった。おじさん、と言ってもまだ二十後半で、クルミナル王国騎士団に務める気のいい好青年である。ちなみにこの人も原作ゲームには登場していない。というかまず「クルミナル王国騎士団」という組織自体登場していないのだが。

 困り顔で恐る恐る入ってきたハジさんは、部屋の惨状を見るや否や、下がり気味だった眉毛を限界まで引き下げる。 


「あぁ、これはいけない。姫さま、ラァラ殿、お怪我はありませんか?」

「えぇ。私はなんともないのだけれど、ラァラは少し気分が優れないみたいなの。誰か人を呼んでもらえる?」

「もちろんです、すぐにお休み出来る部屋を用意してもらいましょう。……っと、その前にこの扉を直さなくてはだね」


 そう言うとハジさんは懐から銀の杖を取り出し、ラァラが破壊した扉の瓦礫にかざした。するとどうだろう。バラバラになっていた瓦礫たちが集まって、みるみるうちに扉に空いた穴を塞いでしまったのだ!

 いやー魔法ってやっぱり凄い!記憶を取り戻す前は普通に生活品の一部としか感じていなかったが、化学世界の記憶を取り戻した後だと大感動である。ゲームでのアリス姫は魔法の天才で、クルミナル王国きっての魔導士だった。きっとこの身体にはすごい才能が眠っているに違いない。

 魔力が開花するのは12歳の誕生日を迎えてからなので、今の私は、ええっと…10歳だから、魔法が使えるようになるのは二年後である。あーもう待ちきれない!


「さて、扉の方はこれで心配ありませんが……準備の方は少々長引きそうですね。ラッド団長には私から伝えておくよ」

「準備?出かける予定なんてあったかしら?」


 王女付きのメイドさんたちがラァラを回収していくのを見送りほっと一息を付くと、扉の修繕を終えたハジさんは銀の杖を丁寧に懐へとしまい込んで言った。

 準備…とは何のことか記憶が混濁していてさっぱりわからない。しかしものすごく嫌な予感がする。そう、例えるなら母親の電話相手が学校の先生だった時のような…。

 ジワリと嫌な汗が滲んだ手のひらで部屋着の裾を握りしめる。


「おや、姫さま。お忘れですか?」

 

 ハジさんは困ったような、宿題を忘れた生徒をちょっとだけ叱る教師のような声で言った。


「本日は我がクルミナル王国の建国祭にございますよ。各国からのお客様ももう時期お見えになられます」


 …………噓でしょ!?


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