一番目アリスは悪魔の子
「アリス・スプリング。貴殿との婚約およびクルミナルとの盟友条約は、本日を持って破棄させてもらう!」
クルミナル王国宮殿。建国記念の舞踏会場に、隣国エスピノーザの皇太子殿下/シオン・アルハルトのカンッと品のいい低音が響き渡った。
談笑を楽しんでいたお姉さま、優雅にワルツを踊っていたカップル、豪勢な食事に勤しんでいた公爵子息、ワインを配り歩いていた使用人…その全てに至る者たちが、一斉にそちらを振り返った。
何かしら、どうしたのかしら…と奇異で冷たい視線にさらされながら、しかしアリスは口元に笑みを浮かべている。
「いいわ、殿下。わたくしよりもその穢れた血の女が良いとおっしゃるのなら、このアリス、喜んで身を引きますわ!」
堂々たるものである。背中に刺さる視線をものともせず、アリスは勢い良く閉じた扇の切っ先を、シオンにしだれがかる女に向けた。
女はびくりと肩を震わせる。
「穢れた血だとッ!?巫山戯るのも大概にしろ!彼女に、サヨに流れるギリェの血は、貴殿の腐った王家の血の何倍も尊い!!」
シオンはサヨに向けられた扇を叩き落とすと、その勢いのままにアリスの胸元を掴み上げる。
アリスの首元に飾られた宝石たちがガシャンと苦しそうな音を出した。アリスのプライドに比例した塔のように高いヒールを履いているといえど、アリスの細い身体は簡単に宙に浮く。
キャア、とどこかの令嬢が悲鳴を上げた。
「アリス、君を不幸に思う。なにか少しでも君に慈悲の心があったならば、きっと結末は違った」
「慈悲の心ですって?笑わせないで頂戴。そんなもの。王族にとって足枷にしかならないこと、アナタもご存知のはずでしょう?」
二人は鼻先が触れそうな距離でにらみ合う。
観衆は息をのんで見守っていた。アリスの身を案じたわけではない。あの性悪姫がいつ癇癪を起こして、麗しいシオン殿下の顔に傷でもつけるのではないかとドギマギしたのである。
「殿下。わたくし、何か間違ったことを言っているかしら?」
アリスのエメラルドの双眼は、まるで鏡のようであったと後のシオンは語る。
そこに映ったものだけを、ただひたすらに反射するだけの、無機物。彼女の瞳に、意識や感情といった「人間らしさ」は何一つ込められていなかった。
「…やはり君はクルミナルと共に沈むべきだ」
それだけ言うとシオンはアリスの胸元から手を離した。諦めと、失望に満ちた声であった。
サヨの肩を抱き去っていくシオンの背中を、アリスはくだらなそうに・しかしいつまでも見つめていた。
――――その後、シオンの宣言通りエスピノーザとの盟約を解消されたクルミナル王国は、ほどなくして隣国と戦争になり滅亡。
アリスはギロチン台の上でその短い生涯に幕を閉じ、エスピノーザに戻ったシオンとサヨは、他の攻略対象とともにいつまでも幸せに暮らしたのでした。 めでたし、めでたし。
と、いうのが大人気乙女ゲーム「King of sapphire」の人気ナンバーワンキャラクター/シオン・アルハルトのハッピーエンドである。
(いやなっんにも目出度くないわ!!)
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