郷愁シガーキス
喫煙者は年々肩身が狭くなってきているな、と改めて感じる今日この頃だ。僕が通う大学でも、その禁煙化の波は例に漏れず襲ってきていて、喫煙所は全て閉鎖、灰皿も撤去されてしまった。タバコは身体に悪い、という事実は確かに正しいのかもしれないけど、自分の身体なんだから勝手にさせてほしいとは、どうしても思ってしまう。
閑話休題。
どれほど厳しい法律があったとしても、その僅かな穴を抜け道にしようとするのが、人間という生き物だ。脱法とか言う単語が態々必要になる程度にはそういう習性があるんだろう。
だから、喫煙者達の情熱はいくつかの脱法スポットを作り上げていた。まあ、そんなに大袈裟なものじゃなくて、単純に灰皿が置いてあるコンビニとか、喫煙がオッケーなカフェとかそういうやつなんだけど。
「すみません、アメリカンひとつ」
「はいはい、あと灰皿もね」
僕が今いる場所も、そんな脱法スポットの一つだ。大学から程近いカフェ。
店員のおばちゃんは、慣れた手つきで灰皿をテーブルに置いてくれる。
「院生さんも大変だねえ。 せっかくの長期休暇だってのに」
「そうですねほんとに……」
そういえば店内はやけにがらんとしていた。おばちゃんに言われるまで、世間的には春休みと呼ばれる期間に突入していることすら忘れていた。
ぽうと赤く点った火が、煙を吐きながら白色を黒く染めていく。僕は吸い込んだ煙を、細く吐き出していく。
からんからんと音を立ててドアが開く。
案の定顔見知りだった。
「ありゃ、今日もいるんだ」
「そっちこそ」
このカフェの常連になって五年目ともなれば、嫌でも顔見知りが増える。彼女もそんな一人だった。
「就活?」
同じく院生である知人の、見慣れない姿。
「ううん、研究室訪問」
「あー、進学するんだ」
当たり前のように四人がけテーブルの向かい側に彼女は腰かける。
「そうだよ」
軽くしゃべりながらバックから煙草を一箱。僕とは違う銘柄のものだ。
「あ、最悪」
「ん?」
「ライター忘れた」
ある意味で、よくあることで、ある意味で僕らのような人種にとっては死活問題だった。
「火、貸してくれない?」
目の前の女は煙草を咥えながらそう言った。
「良いよ、恩に着ろよ」
ポケットに入ったままのライターを僕は取り出そうとして、
「ありがと」
むせそうになった。
テーブルから身を乗り出した彼女との距離が一気に縮まる。
煙草の先が触れあう。
やがて、僕の口から伸びるあかいろが、彼女の口元のしろいろに届いて、黒く染めた。
世界中から、僕と彼女が煙を吐き出す音以外が消えたような錯覚。
「あんまり美味しくないねこれ……」
◆
「あ、最悪ライター忘れた」
「火、いる?」
「いる」
「普通にライター貸してほしかったんですけど」
「修士の時にいきなりやってきたのは誰だっけ」
「そんな昔のことは忘れましたー」
僕の恋人は、少し拗ねた風に、煙草の灰を落とした。