御朱印トレーディングカードゲーム
古く寂れた神社の境内。
大きな樹が見下ろす神社の社で、子供たちが頭を突き合わせて遊んでいる。
この神社の神職だろうか、腰が丸まった老爺が一人やってきて、
子供たちに向かって穏やかに微笑んで口を開いた。
「おやおや。みんな集まって何しているんだい?
押しくら饅頭かな?」
「違うよ。これ。」
顔を上げた子供が、老爺に向かって手を差し出して見せる。
差し出したのは紙片、遊戯に使うカードだった。
老爺は眼前のカードを寄り目になって見つめて、それから首を傾げた。
「これは、お札かい?」
「違うよ、お爺ちゃん。トレカだよ。」
「トレカ?」
「トレーディングカード。
カードを集めて、トレーディングカードゲームで戦うの。」
「ほほう。最近の子供たちは、そんなもので遊んでいるのか。
せっかく、こうして家の外に出たというのに。」
「だって、この神社には、他に遊び道具なんて無いじゃない。」
老爺に咎められたと感じた子供が、ぶすっとした顔で文句を一つ。
すると老爺は一層微笑んで、大きな樹を見上げた。
「そうさなぁ。
昔の子供たちは、ここで木登りなんぞをして遊んでいたものだが、
現在のこの樹は、木登りするには大きくなりすぎたかもしれんな。」
「そうだよ。
ここの木は腐っててあぶないから、ママが木登りしちゃだめだって。
だからこの神社には、トレカで遊ぶくらいしかすることがないの。」
「ほっほっほ、そうだな。
では、こうして年寄りの話し相手になってくれたご褒美に、
ここにしかないものを授けてやるとしようか。」
そう言って老爺が取り出して見せたのは、大判の判子だった。
「これはな、朱印というものだよ。」
「朱印?」
「あっ、ぼく知ってるよ。
御朱印って、神社に行くと押してもらえるスタンプだよね。
パパとママが御朱印集めが好きで、よく連れて行ってもらうの。」
そんな子供の反応に、老爺は嬉しそうに頷いた。
「そうだ、よく知っているな。
これは、あの大きな樹の枝から作った朱印だ。
あの樹は御神木などと呼ばれているから、きっとご利益があるだろう。
本来の朱印は、写経を納めた証に押していたもので、
昔はここでもやっていたものなんだがなぁ。
今では写経をする人はいなくなってしまった。
だから、この朱印の使い道もなくなって、ここで忘れられていたんだ。
でも、聞くところによると、
今では神社に来た記念に朱印を押すこともあるそうじゃないか。
せっかくだから、お前たちにもこの朱印を押してやろう。」
子供たちが顔見合わせて、にんまりと微笑む。
それから、わっと賑やかになった。
「御朱印を押してもらえるの?
押して押して!」
「ぼくもスタンプラリーしたい!」
「ああ、いいぞ。
ほれ、何か朱印を押すものは持ってないのか。」
「う~ん。
家に帰れば御朱印帳があるけど、今は持ってきてないなぁ。」
「服に押してもらったら、ママに叱られるかな?」
「御朱印ってスタンプなんでしょ?
じゃあ、このトレカに押してもらおうよ。」
「あはは、御朱印カードか。それはいいね。」
「御朱印を押したトレカなんて、対戦で勝てそうな気がするよ。」
そうして子供たちは、
それぞれが持ち寄ったトレーディングカードに、
御朱印を押してもらうことにした。
真っ赤な御朱印を押されたカードは御利益がありそうで、
なんだか本当に強くなったように見えるのだった。
トレーディングカードに御朱印を押してもらう。
そんな珍妙なことがあってから一週間ほど後。
古く寂れた神社の境内は、子供たちで賑わっていた。
「あのね、御朱印を押してもらったカードを使ったら、
対戦で勝てるようになったの!」
「ぼくも、今まで一度も勝ったことがない相手に勝てたんだ。
きっとこの御朱印カードのおかげだよ。」
「ねえ、トレカをたくさん持ってきたから、また御朱印を押して。」
子供たちは老爺を取り囲んで大騒ぎ。
冗談のような話だが、しかし子供たちが言っていることは本当のこと。
果たしてこれは現実か、はたまた気の所為か。
御朱印を押したトレーディングカードで対戦、カードゲームで人と勝負すると、
どうしたことか確かに勝率が上がった。
必ず勝てるというものでもないが、
御朱印を押したカードを持っている人と、持っていない人とを比べると、
両者が対戦した時の差は一目瞭然。
御朱印を押したカードは、必要な時に引けて手札にやってきて、
絶大な効果を発揮してくれた。
これは御朱印の御利益に違いないと、子供たちは持て囃し、
押しくら饅頭の真ん中で老爺が嬉しそうにしていた。
「そうか、この朱印の御利益があったか。
みんなに喜んでもらえたようで良かったよ。
ようし、じゃあ朱印を押して欲しい子はこっちに来なさい。
慌てなくても、今日は好きなだけ押してあげるからね。」
わぁっと子供たちの声が沸く。
そうしてその神社の御朱印は、
トレーディングカードゲームで勝てるようになる御利益があると、
近所の子供たちの間で評判になり、
勝負に勝つために無くてはならないものになっていった。
そんなこんながあって、数カ月後のある日。
子供たちは学校が終わると、いつものように、
あの神社へとやってきていた。
トレーディングカードに御朱印を押してもらおうと、老爺の姿を探す。
しかし、神社のどこを探しても老爺の姿は見当たらなかった。
「あれ?お爺ちゃん、どこ行ったんだろう。」
「今日は休みなんじゃないか?」
「まさか。神社に休みなんて。」
そうして子供たちが神社の中をうろうろとしていると、
見慣れない上品そうな老婆が現れて、子供たちのところに近付いてきた。
「あらぁ、あなたたち、うちに何か御用かしら。」
うち、という言葉に子供たちが反応する。
「お婆さん、この神社の人ですか。」
「ええ、そうよ。
普段はここじゃなくて自宅にいるんだけれどね。」
「ぼくたち、お爺ちゃんに御朱印を押してもらいにきたんです。」
子供たちが、御朱印を押してあるカードを見せる。
すると老婆は、御朱印を見て目を丸くした。
「まあ、本当。
これはうちの御朱印ね。随分古いものだけれど。
失くしたと思っていたら、ここにしまってあったのかしらね。
・・・あのね。
この御朱印はすごく昔のもので、今は失くなってしまったのよ。
息子夫婦が独立して、この神社は継いでくれる人がいないの。
今日は、立ち枯れしてしまった御神木の後片付けをするために、
たまたま私がここに来たけれど、普段は誰もいないの。
だから、御朱印も無ければ、押してあげられる人もいないのよ。
ごめんなさいね。」
老婆の言うことが、子供たちにはすぐに理解できない。
お互いに顔を見合わせて、浮いた魚のように口を開くしかできなかった。
「じゃあ、お爺ちゃんは今どこに?」
「お爺ちゃん?うちの人のことかしら。
もう亡くなってから十年以上経つから、きっと人違いよね。
普段はここには誰もいないはずよ。」
「じゃあ、御朱印は?」
「御朱印って、そのカードに押してあるものよね。
見覚えがあるから、確かにうちで作った御朱印のようだけれど、
もうずいぶん触ってないから、今どこにあるのかわからないわね。」
「ぼくたち、これからどうしたらいいの?」
「あのね、この神社は継いでくれる人がいなくなっちゃったのよ。
だから悪いけれど、何もしてあげられないの。
私も普段は自宅の方にいるから、ここに来てもらっても応対は難しいわね。」
説明はもう終わりとばかりに、老婆はてきぱきと掃除を始めてしまった。
つい先日まで御朱印を押してくれたはずの老爺は、
今は煙のように姿を消してしまった。
子供たちは狐につままれたような表情で、神社を後にするしかなかった。
それから、もうあの老爺の姿を見た者はいない。
だから、カードに御朱印を押してもらうこともできなくなった。
カードゲームで強力な効果を発揮する御朱印カードは、もう手に入らない。
では、残った御朱印カードは子供たちに重宝されたかというと、
しかしそうはならなかった。
それどころか、御朱印カードは疎まれる存在となっていった。
老爺と御朱印は、神社から忽然と姿を消した。
もう御朱印カードを作り出すことはできない。
既にある御朱印カードが残されたのみ。
カードゲームで絶大な効果を発揮する御朱印カード、
しかしそれは、段々と疎まれる存在になっていった。
それには理由がある。
ある子供が御朱印カードを使ってカードゲームをしていた時のこと。
「痛っ!」
「どうした!?大丈夫か?」
対戦相手のライフに1ダメージを与える。
そんな効果が書かれた御朱印カードを使ったところ、
対戦相手の子供の腕に切り傷ができて、ぱっくりと口を開けていた。
また別の子供が御朱印カードを使ってゲームをしていると。
「熱い!服から火が!」
「急になんで火が?とにかく、早く消火器を!」
突然、火の気のない部屋で火の手が上がって、
あやうく火傷を負うか火事になるところだった。
対象に炎の1ダメージを与える。
その時、子供が使った御朱印カードには、そんな効果が書かれていた。
似たような事故は他にいくつも続いた。
御朱印カードをカードゲームの中で使うと、
現実でも御朱印カードに書かれている効果の通りのことが起こった。
火のカードを使えば、火事が起こる。
稲妻のカードを使えば、感電や落雷が起こる。
対戦相手にダメージを与えるカードを使えば、実際に怪我をする。
では、もしも対象に死をもたらす御朱印カードを使ったら?
その結果は子供でも想像できた。
いくらカードゲームで絶大な効果を発揮するとは言っても、
実際に対戦相手を傷つけるなんて思いもよらないこと。
だって、カードゲームの対戦相手は、
同じカードゲームで遊ぶ仲間であって、現実の敵ではないのだから。
子供たちは、無差別に人を傷つける御朱印カードに恐れ慄き、
御朱印カードを使うのを避けるようになっていった。
書かれた効果が現実にも起こってしまう御朱印カード。
それはもう御利益などではなく、ある種の呪いと言ってもいい。
もしも間違ってカードゲームで使ってしまったら一大事。
対戦相手を怪我させたり、それ以上のことが起こるかもしれない。
かと言って、神社で授けてもらった御朱印カードを、
乱りに粗末に扱ったりゴミとして捨てたりすれば、
どんな祟りに遭うかわからない。
もう既に御朱印カードの効果は実証済みなのだから。
捨てるのが駄目だとすれば、売るのはどうだろう。
トレーディングカードとは、その名の通り、
カードを他人と交換したり売買することも想定されている。
しかし、御朱印カードの悪名は、既に近所の子供たちの間に知れ渡っていて、
欲しがる子供は容易には見つからない。
御朱印カードの悪名を知っていて、
それでも御朱印カードを欲しがるような相手には、
御朱印カードを渡すのもためらわれる。
個人に売るのが駄目なら、専門店に引き取ってもらう方法もある。
しかし、トレーディングカードショップに御朱印カードを買い取ってもらうにも、
スタンプが押されたカードは傷物扱いで、どの店も引き取ってはくれない。
結果、子供たちは、
御朱印カードをカードゲームで使えなくなったばかりか、
処分にも困る有様になっていた。
ある日の放課後。
子供たちは、老爺のいなくなった神社に集まって、
御朱印カードの処分方法の相談をしていた。
「御朱印カード、あれから誰か使ってみたか?」
「まさか。
御朱印カードを使ったら、火が出たり雷が落ちたりしたんだ。
あんなのを見たら、もう誰も御朱印カードを使おうと思わないよ。」
「だよね。
じゃあ、何とかして処分しないと。」
「それか、引き出しにでもしまっておいたら良いんじゃない?」
「それもあぶないよ。
隣のクラスの子が、引き出しに入れておいた御朱印カードを、
うっかり間違えてカードゲームで使っちゃったらしい。
カードの効果で、自分が怪我をしたんだって。」
「じゃあ、どこかの神社で供養してもらうのは?
古くなったぬいぐるみとか、燃やして供養してもらうよね。」
「それもまずい。
カードの中には、自分を生け贄に捧げることで効果を発揮するものもある。
燃やすことは生け贄に捧げたのと同じ、と受け取られるかも。」
「じゃあ、どうするんだ?」
子供たちがいくら頭を突き合わせても答えはでてこない。
頭を捻って捻って、身体を投げ出して大の字になってしまった。
「あー、だめだ!
じゃあもう、御朱印カードはここに置いておこう。」
「ここって、お爺ちゃんがいたこの神社に?」
「そう。
御朱印カードは、触らずに置いておけば何も起こらない。
だったら、この神社に置いておけばいいんだ。
お婆ちゃんが言ってただろう?ここにはもう誰も来ないって。
だったら、ぼくたちが御朱印カードを置いておいても大丈夫。
誰かが触ったりすることもないだろう。」
「なるほど。そうかもしれない。
御朱印カードを置いておけば、
いつか使用期限が切れて効果がなくなるかもね。」
御朱印カードを使わずに、誰の手も届かない場所に置いておく。
その方法は子供たちにとって最善手のように思えた。
そうして子供たちは、老爺がいなくなった神社の社に、
御朱印カードをまとめて置いておくことにした。
おっかなびっくり御朱印カードを置いて、
子供たちは逃げるように神社から走り去っていった。
そうして人気が無くなった神社には、御朱印カードが山積みになって残された。
陽が傾いて薄暗くなっていく中で、
御朱印カードの御朱印が赤く光を放っていた。
子供たちは、誰も気がつかなかった。
自分の手の届かないところにカードを置いておく意味を。
御朱印カードの中には、捨てることで効果を発揮するカードがあることを。
このカードを捨てる。次の手番でカードを2枚引く。
捨て去られた御朱印カードの一枚には、そう書かれていた。
それから半年ほどが経って。
トレーディングカードゲームは今も変わらずの人気。
子供も大人も、多くの人々がトレーディングカードの虜になっている。
数多あるカードゲームショップでは、毎日、
トレーディングカードが飛ぶように売れている。
今日も、どこかで誰かがトレーディングカードを買う。
そして開封したカードを見て言うのだった。
「・・・あれ?
このカード、スタンプが押してある。
なんだろうな、これ。」
「さあ?
きっと、当たりって意味じゃないか。」
「なるほど、そうだな。
言われてみればこのスタンプ、真っ赤な色をしてるし、
縁起が良さそうな気がするよ。」
子供たちが捨ててしまった御朱印カード。
それは今もどこかに存在して、現実にその効果を発揮し続けているという。
終わり。
現代のお札でもある、トレーディングカードがテーマの話でした。
もしも、トレーディングカードの効果が現実に現れて、
カードを魔法のお札のように使えたら。
空想してみると、カードゲームのカードは発動条件や効果が複雑すぎて、
思いのままに使うのが難しい。
結果として、御朱印カードを手に入れた子供たちは、
カードの呪縛から逃れることはできず、
効果が広がっていくことになってしまいました。
お読み頂きありがとうございました。