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06.ハインとメルセデス

「あらアナタ……もしかしてソミュア?」


 その声を聞いた瞬間、背筋が凍りつくような心地がした。

 声色だけでも誰であるかわかったが、向き直りその姿を目の当たりにすると、仮面越しでもはっきりと確信が持てた。


「メルセデス、お姉様……?」


 仮面舞踏会で偶然出会ったその人物は、一番上の姉であるメルセデスだ。


「あら、やっぱりソミュアじゃない。こんなところで会うなんで奇遇ね。さすがに知り合いだと仮面越しでもわかっちゃうわね。そちらの方は夫? それとも一夜限りのお相手?」


 すると、メルセデスの隣に立つ恰幅のいい大男が口を挟む。


「おうおう、コイツは俺の弟だな。ガキみてぇにちっこいからすぐわかったぜ。久しぶりだなアラド」


「ハイン兄さん……」


 一連の会話で、私は姉メルセデスとの間にある共通点を思い出した。


 メルセデスの夫ハインは、実のところアラドの実家であるファルマン家の嫡男だ。つまりハインとメルセデスは、私たちと同じくファルマン家とロワール家の間で引き合わされた夫婦であるという共通点を持っている。

 ただし、お払い箱同士の私たちと違って、長男長女夫婦であるハインとメルセデスは、ファルマン家の家督を継ぐ権利を持つ正真正銘の権力者であり、一族の代表格だ。


 そんな立場の差を示すかのように、メルセデスは仮面越しにもわかるくらい蔑んだ目を向けてくる。


「仮面舞踏会は気楽でいいけど、取るに足らない連中と対等に扱われるのが気に食わないわね。まっ、アンタみたいに外に出るのも恥ずかしいような子にはちょうどいいんでしょうけど」


 続いて夫のハインも同調する。


「まったくだ。アラドも一丁前に騎士号なんて貰いやがって。テメェはこんなところで踊ってないで馬の世話でもしてりゃいいんだ。叙勲式でも面白れぇことしてくれたみたいだしな」


「アレはウチのバカ妹が手を貸したのよ。この子、他の魔術はてんでダメなクセに加護魔術だけは使えるみたいだし。あの式典のせいで変な噂が立って恥ずかしいったらありゃしないわ」


「ああ、最弱騎士が実は最強だったってやつか。残りカスのアラドがンなわきゃねぇのに俺も参ったぜ。変な期待を持たれて戦場で足を引っ張られても困るからな。ザコはザコらしくしてろってんだ」


 さっきまでの浮かれていた私の気分は、すでに地の底まで落ちきってしまった。

 言いたいように言われ、惨めでたまらなくなってくる。


「メルセデスお姉様。ここでは身分を隠すのがマナーです。どうか、内輪話はそれくらいにしてください……」


「あらごめんなさい。嫌味に聞こえたかしら? 姉として忠告のつもりだったんだけど。都合の悪いことから目を背けていると、いつまでたっても成長できないわよ」


 歯を食いしばってメルセデスの嫌味を聞き流していると、不意にハインが私の前へと進み出る。


「ほぅ、この女がアラドの嫁か。顔を拝めないのが残念だが、お前の妹だけあってスタイルはいいな。若いぶん、抱き心地はよさそうだ。アラドはもう抱いたのか? 今晩は俺の屋敷に来いよ。アラドなんかより、よっぽど満足させられるぜ」


 ハインは私の腕を掴んで無理やり引き寄せ、下品な手つきで体を触ってくる。


「ちょっとアナタ、子供ができたらどうするのよ。まあ、ソミュアにとってはいいチャンスかしら? 愛人の子でも血筋がよければ使い道はあるものね」


 メルセデスは妻でありながら止めようともせず、それどころか愉快そうにせせら笑っている。


 怖い。気持ち悪い。

 でも、こんな場所で騒ぎを起こしたくはなかった。


「嫌っ……やめてっ」


「いい声出すじゃねぇか。ますます興奮――」


「やめろッ!!!」


 その瞬間、騒がしかった会場がスンと静まり返る。

 ホールを震わせる雷鳴のような大声を放ったのは、他でもないアラドだ。


 そしてアラドは、叫ぶと同時にハインの仮面に向けて手袋を投げつけていた。

 その行為の意図は、私でもわかる。


 状況を理解したハインは汚いものでも捨てるかのように手袋を払いのけ、不穏な雰囲気を放ちながらゆっくりとアラドに向き直った。


「おい……こりゃ、何かの間違いだよな? こう見えて俺は寛容なんだ。今すぐ地面に頭をつけて詫びれば、手が滑ったってことに――」


「謝るのはハイン兄さんの方だ。今すぐソミュアさんへの侮辱を謝れ。こう言っても、兄さんは僕の言葉なんて聞かないだろ。だから手袋を投げたんだ。僕の挑戦を受けるか、その気がなければ今すぐ謝れ」


 その瞬間、周囲で見ていた者たちが一斉に沸き立ち、まるで見世物が始まったかのようにホールは熱気に包まれた。


「決闘だ! 決闘の申し込みがあったぞ!」

「どこのどいつだ! 本気なら仮面をとれ!」

「この場でやっちまえ!」


 貴族が手袋を投げつける――それは、決闘の申し込みに他ならない。

 アラドは、私を庇うという目的だけでなく、自分より地位の高いハインを謝らせるために、決闘を申し込むという手段をとったのだ。


 それを目の当たりにした周囲は沸き立っているが、普通の舞踏会ではありえない状況だ。みな仮面で顔を隠しているからこそ、野蛮なハプニングでも気兼ねなく盛り上がれるのだろう。


 そんな空気の中で、ハインはいきなり激高してアラドの胸倉に掴みかかり、声を荒げた。

 

「ナメてんのかこの野郎ッ!!! 調子乗ンのも大概にしやがれクソガキが!!! 残りカスのテメェがこの俺様と決闘だァ? ンなもん必要ねぇ!!! この場でブッ殺してやらァ!!!」


 すると、すかさず観衆からブーイングが上がる。


「剣を使え野蛮人! 挑戦を受けろ!」

「デカい方は決闘にビビってるぞ!」

「貴族なら紳士的にやれ!」


「殴りたきゃ殴れよ。そうしたら、僕は素手でも受けて立つ」


 周囲の雰囲気と、毅然としたアラドの姿を目の当たりにしたハインは、握りしめた拳を震わせながら抑え込む。

 それでも、内なる怒りが収まっていないのは明らかだった。


「この俺がビビってるだァ? ……いいぜ。テメェの挑戦は剣で受けてやるよ。ただし、正式な決闘となれば、俺は容赦しねぇ。どうせお前が死んだところで困るヤツなんて誰もいねぇンだ。この言葉の意味がわかってンだろうな?」


「ハイン兄さんの方こそ、負けたらソミュアさんへの謝罪を忘れるなよ」


 アラドがそう告げると、ハインは盛大に高笑いする。

 そして、不意に己の仮面を外して高らかに掲げてみせた。


「どうやら本当に死にたいらしいな……テメェら聞けぇ! 俺はファルマン侯爵家継承順位第一位、ハイン・フォン・ファルマンだ! 我が名をもってこの決闘を受ける!」


 対して、アラドも仮面をとって応じる。


「僕の名はアラド・フォン・ファルマン……ファルマン侯爵家の騎士だ。我が名をもって決闘の成立を宣言する! 場所と時間は、後日申し伝える!」


「ファルマン家!? 六大貴族じゃないか!」

「あいつ、最弱騎士のアラドだぞ! 相手は長男のハインだ!」

「すげぇ兄弟対決だ! こりゃ大ニュースになるぞ!」


 ホールの盛り上がりが最高潮に達したところで、ハインはもう話すことはないと言わんばかりにその場から去ろうとする。

 そして彼に続くメルセデスは、心底不機嫌そうな顔を浮かべて、去り際に私へ耳打ちをしてきた。


「こんな騒ぎになったのも全部アナタのせいよ。やっぱり十三人目の妹なんていらなかったんだわ。恥を知りなさいロワール家の面汚し」


 私は、その口汚い言葉に何一つ反論することができなかった。

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