04.叙勲式
叙勲式の当日、私とアラドは他の貴族や兵士に交じって王城へ赴いた。
私は一応、アラドの婚約者という形で同行することになっている。
まだプロポーズはされていないが、互いの両親はすでに婚約したものと認識しているので、体面を保つために顔を出す必要があったのだ。
こうしてなあなあになるくらいなら早くプロポーズしてほしいのだが、待つと決めた以上は仕方のないことだろう。
そして、馬車を降りた私とアラドは、夫婦のように肩を並べて式典の行われる王城の中庭へと入っていく。
広々としたその会場には、すでに多くの貴族と兵士が集まっていた。
「うぅ、緊張するなぁ……」
「堂々としていればアナタも立派な貴族に見えるから大丈夫よ」
今日アラドが拝命することになる騎士号は、上流貴族にとって通過点のような地位だ。家督を引き継げる嫡男や、継承できる権力がある者を除き、若い男性貴族は騎士となり戦場に出たり政略に奔走したりして出世を目指すのが王道とされている。
大貴族の末っ子であるアラドも本来はそういう立ち位置なのだが、彼の場合は少し事情が変わってくる。
「前にも言ったけど、満足に魔術を扱えない僕は誰からも期待されてないんだ。たぶん騎士号を授かったらすぐ戦場に駆り出され、兄たちの引き立て役か、名誉の戦死を望まれるだけさ」
「いつ聞いても酷い話ね。私みたいにお払い箱にされるならまだわかるけど、死を望まれるなんて人として信じられないわ」
「貴族の世界で最も優先されるのは名誉だからね。恥をさらすくらいなら死んだ方がマシってことさ」
そんな会話を交わしていると、一人の男が私たちのもとに近づいてくる。
見物に来ている貴族だろうか。身なりからしてそれなりに地位が高そうだ。
「これはこれはファルマン様。ご機嫌麗しゅうございます。貴殿もようやく騎士の仲間入りですか。今日は叙勲の儀を楽しみにしていますよ。それではまた」
と、男は礼儀正しく挨拶を告げて去っていく。
一見すると、社交辞令をしただけのように見える。
「あら、アナタにも声をかけてくれる人がいるんじゃない。お付き合いは大事にしなきゃね」
「いや、今のは嫌味だよ……今日の式典で、騎士号を授かる貴族は魔術を披露しなくちゃいけないんだ。彼の言う楽しみってのは、僕が恥ずかしいくらい小さな魔術を披露して、笑い者にされることを言ってるんだよ」
「……」
さすがに、かける言葉が見つからなかった。
お払い箱にされた私は自分が不幸な星の下に生まれたと思っていたが、それはアラドとの運命的な出会いによって帳消しになったと思っている。
だが、アラドはどうだ。笑い者にされ、戦死を望まれ、そんな運命をずっと背負わされているのだ。
――僕と一緒になれば、ソミュアさんもきっと不幸になるから。
私たちが初めて出会った日に、アラドはそう告げて破談を迫った。
互いに惹かれ合う関係になっても、アラドはまだそのことを気にしているのだろう。だから、なかなか私にプロポーズしてくれないのだ。
だけど、私は納得していない。
いかに不幸な運命を押し付けられたとしても、私は幸せになりたい。好きな人のそばに寄り添い、好きな人と一緒に幸せになりたい――そう思うのは人として当たり前のことだ。きっとアラドも、本音ではそう思っている。
どうにかして、アラドの背中を押してやれないだろうか。
そんなことを考えていると、私はアラドの不幸を逆転させるとんでもないアイディアを思いついてしまった。
「ねえアラド。少しだけ手を借りてもいいかしら」
「え? これでいい?」
アラドから差し出された右手を両手で包んだ私は、集中力を高め全身全霊で魔術を行使する。少し息が切れるくらい、全力で行使してやった。
すると、アラドの右手がほんのり光に包まれ、私の体内にある魔力が手を伝って注ぎ込まれる感覚が得られる。
これこそが、私に唯一授かった『加護』の魔術だ。
私は今、最大出力で加護を行使し、アラドの魔力ステータスを可能な限り引き上げたのだ。
これしかできない私は、無能だと蔑まれてお払い箱になった。
それでも私は、この魔術を磨き続けた。己の授かった力を信じ、研鑽を続けた。
その成果がどれだけ実ったかは、これからアラドが式典の場で証明してくれるだろう。
「ソミュア! まさか、僕に加護を――」
「しーっ! 大きな声出したらバレちゃうでしょ! どうせバカにされるくらいなら、ちょっとくらいズルしたっていいじゃない」
「いやいやいや! 絶対バレるって! みんな僕が最弱だって知ってるんだよ!」
「頑張って特訓したって言い張ればいいのよ。証拠は残らないんだし。さあ、これで式典が楽しみになってきたでしょ!」
そう告げた私は、両手でアラドの口元を掴み、無理やり笑顔を作ってやる。
「私、アナタの暗い顔を見るのがイヤ。アナタがバカにされるのがイヤ。アナタには笑っていてほしいの。幸せになってほしいの。それが、私の幸せでもあるから……」
少し、積極的すぎただろうか。
だけど、これくらい言わなければ、アラドは気づいてくれない気がした。
私はもう、アナタ抜きでは生きていけないって。私の幸せの中には、アナタも含まれているって。
そんな気持ちを込め、私は弱々しくはにかみながらアラドの顔を解放する。
するとアラドは、どこか呆れたような、喜んでいるような、屈託のない笑みを見せてくれた。
「ありがとう……君を信じて、やってみるよ」
そんな言葉を残し、アラドは式典会場へと向かって行った。
王城の中庭で式典が始まると、衆目の前で若い貴族や兵士が順番に名前を呼ばれ、女王の代行者によって叙勲の儀式が執り行われる。
アラドの言っていた通り、貴族の場合は己の実力を誇示するために、一番得意な魔術を披露する時間が設けられている。
やはり名前を聞いたことがあるくらい有名な貴族は、誰も彼も派手な魔術を披露している。逆に言えば、下級貴族たちの方が気を遣って魔力を控えめにしているのかもしれない。
もちろん、アラドは大貴族の血筋を持っているので、派手な魔術を披露しても何ら問題はない。しかし、衆目が求めているのは、この大舞台で恥ずかしいくらい小さな魔術しか披露できず笑い者になるアラドの姿だ。
それを示すかのように、アラドの順番が回ってくると観客席からクスクスと笑い声がこぼれる。まるでサーカスの出し物のような雰囲気だ。
そんな中、私ははばかることなく堂々と微笑みながらアラドに視線を送る。
私がアラドの婚約者だと認識している者から見れば、奇異に映ったことだろう。周囲からは「ああかわいそう」「奥様はなにも知らないのね」と、そんな話声が聞こえてくる。
だが、この舞台は観衆の思い通りにはならない。仕掛け人である私は、まるでイタズラっ子のようにワクワクとその瞬間を待ちわびた。
そして舞台の中心に立つアラドは、いよいよ魔術行使の発声をする。
「我が主君のため、ここに力を示さん!」
誰もがアラドに嘲笑の目を向け、本来ならここで大笑いが起きるはずだった。
だが、そうはならなかった。
アラドは、火の魔術を行使した。
他に火の魔術を使った貴族は、せいぜい二階の屋根に届くくらいの炎しか出せなかった。
しかし、アラドが放った炎は桁が違った。
「おいおい、どうなってるんだ!」
「アイツ、本当に最弱のアラドか!?」
「こんなバカでかい魔術、見たことないぞ!」
観客席から驚きの声が上がる中、私は今この瞬間目に焼きついた光景を一生忘れない気がした。
式典会場から放たれた炎は王城天守よりも高く立ち昇り、降り注ぐ火の粉はまるで瞬く星々のように空を覆いつくす。
誰もが呆気にとられ、奇跡でも目の当たりにしているかのように目を点にする。
そんな中で、私はしっかりと見ていた。
特大魔術を行使したアラドが、驚きながらも誇らしげに、そしてちょっぴり楽しそうな顔を浮かべているのを、私は見逃さなかった。
そして私は確信した。
私が加護の魔術のみを授かったのは、このためだったのだと。この人に加護を授けるために、私の力はあるのだと。そう確信した。
そうしていつのまにか、私は涙していた。
嬉しかったのだ。今まで私を不幸にしていた魔術でアラドの嬉しそうな顔を見ることができて、心の底から嬉しかったのだ。
だから私は決めた。この人のために生きようと。
それからアラドと目が合った私は、涙をごまかすかのように満面の笑みを浮かべて頷いた。