31.愛を紡ぐ
その日の晩、私とアラドは1か月半ぶりに寝室でふたりきりの時間を過ごすことができた。
戦場ではテント生活だったことは言うまでもないが、王宮で匿われていた時は、ご丁寧にも寝室が別に用意されていたのだ。
あまりに広すぎる寝室に一人で眠る寂しさたるや、毎日アラドに「寂しい」と愚痴ってしまうほどだった。
それでも日中に神聖な王宮でいちゃいちゃするわけにもいかず、私たちは昨日までおしとやかな生活を強いられていた。
そんな抑圧から解放されれば、たとえ疲れていようと互いに求め合うのは必然だった。
もちろんお腹に負担がかからないよう、アラドは丁寧すぎるくらいに優しく愛でてくれた。
もう幾度となく体を重ねているのに、今日ほど幸せを感じた日はなかった。
何度「好き」と口にしたかわからない。何度互いの名を呼んだかわからない。何度キスを重ねたかわからない。何度果てたかわからない。
心は充足感で満たされているはずなのに、私たちは際限なく互いを求め続けた。
そうして疲れ果てた私たちは、ベッドの中で目を見合わせて微笑み合った。
今日は素直に笑うことができる。なんの憂いもなく、無類の幸せを笑みで表現することができる。
そうしていると眠ってしまうのがもったいない気がして、私は自然とアラドに話しかけていた。
「ねえ、アラド……私ね、戦場でこの子の声を聞いたの」
その話をするのは初めてなのに、アラドは素直に頷いてくれた。
「僕も聞いた気がするよ。ミノタウロスに負けそうになった時、励まされたような気がしたんだ」
それはきっと、陛下の言うようにこの子が放出している微弱な魔力を私たちが感じ取っただけなのだろう。
普段は感じとることができないので、戦場という過酷な環境で反射的に生存本能のようなものが働いた結果なのかもしれない。
それを思うと、私は母親として自分のことが酷く情けなく思えた。
「私ね、戦いが終わった後に、一度生きることを諦めたの。この子の声が聞こえたのに、アラドと笑ったままなら死んでしまっていいと思ったの。だけど、この子は最後まで泣いてた……なのに、私は……」
私の流した涙は、アラドによって優しく拭われる。
「そうだね。僕らの命は、もう僕らだけのものじゃないんだ。この子はそれを、僕たちに気づかせてくれたんだね……それなら、この子を褒めてあげようよ。めいっぱい褒めて、めいっぱいかわいがって、元気に育ててあげなきゃ。もちろん、この子だけじゃないよ」
その言葉を聞いて、私はたまらず笑いをこぼす。
「もう次の子のこと考えてるの? 私たちの両親も子沢山だったけど、あんまり子供がたくさんいると、私たちみたいに割を食う子ができちゃうんじゃない?」
「そんなことないよ。僕らだって、幸せになれたじゃないか。もちろん平等に愛情を注ぐつもりだけど、きっと僕らの子供たちはみんな強い子になるよ。ミノタウロスを前にしても怖気づかないくらいにはね」
「子供たちにあんな怖い思いはさせたくないけど、きっと私たちみたいに、なにかと戦わなきゃいけない日が来るのかもしれないわね……」
「そうだね。生きていれば、必ず困難があるだろうからね」
私はうとうとしながら、甘えるようにアラドへ顔をすり寄せる。
そうしているとアラドの匂いが鼻をくすぐり、とても心地よく感じた。
「でも、困難だけじゃないわ。この子もきっと恋をして、誰かと結ばれて、愛を紡いで幸せになれる……そうして、ヘンシェルス家は幸せを紡いでいくの……」
アラドは私の髪を指ですくようにして、優しく撫でてくれる。
きっと髪の感触が好きなのだろう。
「僕らがその初代かぁ……責任重大だね」
「せっかくなら家訓でも決めておく? 人前でいちゃいちゃするべからずとか」
「ああ、それはとっても大切な家訓だね。僕らのせいでブレダとシュミットが夫婦になっちゃったみたいだいし」
「フフ、きっと私たちに節操があっても、あのふたりはくっついていたと思うわ。だってお似合いだもの」
「じゃあその家訓は不要ってことで、これからは人前でもいちゃいちゃしていい?」
「だーめ。必要な家訓なの。ヘンシェルス家では、人前いちゃいちゃ罪は重罪なんです」
「まあ確かに、普段は我慢していた方がこういう時に盛り上がるもんね。ソミュアの気持ちもわかるよ」
私はアラドのひねくれた発想に対して「むー」と唸り頬を軽くつねってやる。
それからキスをしてクスクスと笑い合った。
そんなやりとりを続けていると、徐々に眠気の限界が近づいてくる。
「アラド……もっとお話ししていたけど、とっても眠いの……」
「うん。僕もなんだか、今日は眠るのが惜しいよ……」
「明日も、明後日もあるのにね……」
「それじゃあ、明日はもっと、楽しい日にしよう……」
『――』
「ねえ、今……」
「うん。きっと、おやすみって言ったんだ……」
「おやすみ」「おやすみ」
『――』




