28.謎の部隊
ガタガタと鳴る不快な振動に体を揺さぶられ、私は目を覚ました。
天井に布が張ってあったのでテントの中かと思ったが、独特な床の振動によって馬車の荷台で寝かされているのだと気づいた。
「体調はいかがですか」
ふと横に視線を向けると、顔を白いスカーフで覆った女性らしき人が私に付き添っている。
簡素な防具と白基調の服を合わせたその装いは見慣れない格好だが、彼女も兵士なのだろうか。
「アナタは……?」
「申し訳ありません。我々は立場上、身分を明かせないのです。私のことは白ユリと呼んでください」
「白ユリさん……素敵なお名前ね」
そう告げると、白ユリはスカーフ越しにもわかるような、かわいらしい笑みを浮かべる。
私は疲れているせいもあって、いかにも怪しげな彼女に対して警戒心を抱こうという気にもなれなかった。
ふと反対に顔を向けると、隣でアラドが寝息を立てている。
どうやら、私とアラドは寝ている間もずっと手を握っていたようだ。
「私たちは、助かったの?」
「はい。とある方の命により、我が隊がおふたりを救助いたしました。ソミュア様が最後まで諦めずに伝心魔術を行使されていたお陰で、おふたりの位置を特定することができたんですよ」
伝心魔術うんぬんという部分の意味はわからなかったが、とにかくあの空間から助け出されたことは間違いないらしい。
はっきりとそう自覚した私は、安堵のあまり涙を流していた。
同時に、命の恩人であろう彼女に対して心からの感謝の言葉を口にした。
「ありがとう……」
「我々は命に従ったまでです。どうか、感謝は我があるじに」
「それは一体、どなたなの?」
「申し訳ありません。それも規則で、私の口からはお伝えできません」
「そう……じゃあ、アナタにもちゃんと言わせてちょうだい。ありがとう」
そう告げると、白ユリは恥ずかしそうにもじもじして視線を下げてしまった。
* * *
それから私とアラドは、すべてが謎に包まれた「花の名で呼び合う部隊」に連れられ、馬車での移動を続けた。
彼らに助けられてから二日もたてば、回復魔術と丁寧な看護のお陰で私たちはほぼ万全の状態まで回復したが、それでも実質的な軟禁状態が続いた。
彼らは目的地すら教えてくれなかったが、方角からして王都に向かっていることはわかった。
しかし、私たちを戦場から連れ出した目的は依然として不明だ。
アラドはそれなりに警戒心を抱いていたようだが、私は看護役の白ユリさんと仲良くなったこともあり、あまり不信感を抱くようなことはなかった。
まあ、そのお陰で白ユリさんが上官らしき人から「あまり余計なことをしゃべるな」と怒られていたので、彼女には悪いことをしたかもしれない。
そんなこんなで、謎の部隊は粛々と私たちを王都まで送り届けてくれたが、王都に入ってからは調度品の輸送隊に偽装させられ、そのまま馬車から顔を出すことも許されず王都内の「どこか」へ連れ込まれた。
ようやく馬車を降ろされると、巨大なお屋敷に隣接する倉庫のような場所に出たが、そこから先はなんとも不可解な経験をすることになる。
私とアラドは別々の部屋に案内され、徹底的に体を綺麗にされた後、式典にでも出席するかのような正装を宛がわれたのだ。
使用人のような人に「服装や色のお好みはありますか?」と問われた時は、さすがの私も苦笑いを浮かべてしまった。
もしかして、私はもう死んでいて、正装を着て天国へいざなわれる途中なのではないかと疑ったほどだ。
それから私とアラドは、完ぺきにおめかしした状態で大きすぎる応接間のような空間で再会した。
まるで上品なお茶会に夫婦で出席するかのような装いだ。
「ええと、どこかのお偉い様が私たちに会いたがってる、ってことでいいのかしら?」
「たぶんそうだと思うけど、それにしては仰々しすぎるような……」
「奥から精霊王が出てきて生前の罪を問われたりして」
「ここまでくれば、そうなっても驚かない自信があるよ」
などと雑談をしながら小一時間近く待っていると、ようやく奥の扉が開かれる。
そして、扉の奥から現れたひとりの女性を目の当たりにした私たちは、なにがあっても驚かないという言葉を前言撤回する勢いで驚き飛び上がり、床に跪いて深々と頭を下げた。
それから思いつく限りのへりくだった挨拶と自己紹介を述べると、彼女は驚くほど気さくな雰囲気で口を開いた。
「そうかしこまらず、顔を上げてちょうだい」
その言葉に促され、私たちは恐る恐る顔を上げる。
間違いない。この国に住んでいて、彼女の顔を知らない者はいないだろう。
頬に刻まれた皺は柔和と威厳を兼ね備え、それでも年齢を感じさせない熟れた美しさを持つ彼女こそ、齢六十八にして今なおこの国のトップに君臨する『女王陛下』で間違いない。
「今からお茶を出すわ。どうか座って楽にして」
などと言われても、絶対権力者である女王陛下を前にして楽にできる者などいないだろう。
しかし、この場に現れた陛下の服装は、肖像画に描かれている姿ほど派手ではなかった。
特徴的な大きな襟も付けておらず、頭に載るティアラも控えめで、ドレスの裾も普通の広さだ。
その装いは一見すると一流貴婦人といった粋を出ていないが、それでも控えめなドレスに施されたきめ細かすぎるレースや刺繡に権力の大きさがうかがい知れる気がした。
「恐れながら陛下、なぜ我々のような取るに足らない者の前にお姿を……?」
おずおずと告げられたアラドの言葉に対し、陛下はクスリと微笑む。
「なぜ、と言われると困っちゃうわね。実はわたくし、あの決闘を見てアナタがたのファンになってしまったの。正確に言えば、叙勲式の時から気になっていたのだけれど」
驚いて顔を見合わせた私たちは深々と頭を下げ、アラドが先に謝罪を述べた。
「も、申し訳ありません! 神聖なる叙勲式であのような……」
「謝る必要はないわ。叙勲式で加護魔術を使ってはならない、なんて規則はないもの。むしろ、神聖な儀式で笑いが起きるくらいなら、あれが正解だったんじゃないかしら。わたくしも人づてに聞いただけだから、どうか気になさらないで」
そう告げる陛下の表情は屈託がなく、本当にお茶の席で雑談をしているかのような雰囲気を纏っている。
きっと、恐縮している私たちに気を遣っているのだろう。
「まあでも、今のわたくしは女王としてではなく、ただのおばあちゃんとしてアナタがたに興味を持ち、話をしてみたいと思ったの。要するに気まぐれみたいなものね」
そう告げる彼女の表情は、嘘をついているようには見えない。
「ええと、その、誠に光栄なのですが、恐れながら陛下が我々のような者と気まぐれでお会いになるのは、いささか危険では……」
アラドの懸念に対し、陛下はいつの間にか用意されたお茶に口をつけ、静かに言葉を返す。
「危険、ですか……時にアナタがたは、わたくしがどうやってこの地位に登り詰めたかご存じ?」
不意の質問だったが、アラドは当たり障りのない言葉を選んで口を開く。
「確か、前王陛下が崩御されたあと、第三王子の反乱を鎮圧されて……」
すると、静かにティーカップを置いた陛下は目を細め、一瞬にしてピンと張りつめた空気を纏った。
「そうです。わたくしはふたりの弟とひとりの妹を殺して女王の座についたのです。そんな権力闘争を戦ったわたくしは、今まで二十四人の刺客に命を狙われて生き延びました。たとえ、アナタが二十五人目の刺客になったとしても、わたくしには驚かない覚悟と、殺されない自信があります」
そう告げる陛下の表情は、息を飲んでしまうほどの凄みがあった。




