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26.ふたりの全力

『――』


 不意に、誰かの悲しむような声が聞こえた気がした。

 それはとてもか細く、弱々しい声だったが、私が役立たずの()()であると思い込んだことを強く否定してくれた気がした。


 そして私は、その声に気づかされた。


 加護の魔術を付与するだけが、私の役目ではない。

 魔術に頼るだけではダメだ。この身を捧げる覚悟があるのなら、私にできることを全身全霊で考えなければならない。

 魔力で勝てなければ、別の方法を考えるまでだ。


 考えろ。脳が焼ききれてしまうくらい考えるんだ。

 今の私にはそれしかできない。だからこそ、考えることにすべてを賭ける。


 どんなに可能性が低くてもいい。万にひとつもない可能性でもいい。それでも勝てる方法を考えるんだ。


 そうして私は、ひとつの答えを導き出した。


「アラド。今から、私の言う通りにして」


 私はアラドに耳打ちし、あまりに無謀なその作戦を伝える。

 すると、アラドはまるで冗談を聞くかのように苦笑いを見せてくれた。


「やっぱり、君にはかなわないや。きっと僕より、君の方が負けず嫌いなんだね」


「ええそうよ。親に見放されて育ったお陰で、私はこんなにも負けず嫌いになったの。私が負けてもいいと思えるのは、アナタくらいよ」


「僕が君に勝ったことなんてあったっけ? ああ、ベッドの上――」


 私はアラドの口をつまんで、その先の言葉を遮る。

 そしてわざとらしく頬を膨らませて不満げな視線を送った。


「アナタって、こんな時でもそういうこと考えてるの? 信じられない」


「君がそうさせたんだよ。僕はもう、君のことしか考えられないんだ」


 そう告げて、アラドは私の唇を奪う。

 お互いにこれが最後のキスになるかもしれないと思ったのだろう。

 そのキスは、いつもより少しだけ情熱的だった気がした。


 同時に、私たちはキスに乗せて魔力の交換を済ませる。

 これこそが、作戦の第一段階だ。


「追加強化ハ済ンダカ? アノ程度デハ我ノ足元ニモ及バン。モット強クナッテ我ヲ楽シマセロ」


「ああ、悪かったな。これで準備は万端だ」


 そう告げて再び拳を構えるアラドの姿を眺めたマウザーは、呆れたように鼻を鳴らす。


「フン、所詮ソノ程度カ……少シ、期待ガ過ギタヨウダ。下ラン戦イヲ続ケルツモリハナイ。次ノ一撃デ終ワラセヨウ」


 対するマウザーも腕を振りかぶり戦いを再開しようとする。

 それが、第二段階開始の合図だ。


「そらよっ!」

 

 その瞬間、アラドは悪ふざけでもするかのように炎魔術を行使し、マウザーの顔に強烈な爆炎をお見舞いした。


 当然ながら、この程度の攻撃では一切ダメージを与えることができない。

 だからこそマウザーも、こけおどしのような爆炎に対して、あえて回避をしなかったのだろう。


 それらすべてを見越して行使された爆炎魔術は、陽動と目くらましをする目的で放たれたのだ。


「これでどうだあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 それをチャンスとばかりに、アラドは雄叫びをあげて黒煙に覆われたマウザーに殴りかかる。


「小賢シイッ!」


「があぁッ!」


 だが、視界を奪われつつもアラドの攻撃を察知したマウザーは、冷静に反撃を繰り出す。

 強烈な殴打を食らったアラドは、再び吹き飛ばされて地面を転がった。


 ここまでもすべて計算通りだ。

 なぜなら、一連の攻撃と反撃が行われているうちに、私は作戦の第三段階を遂行していたからだ。


「ムゥッ!!!」


 その刹那、マウザーは今日一番の驚きを見せた。

 なぜなら、アラドではなく()()人間離れしたスピードで地面を蹴り、マウザーの懐に入り込んでいたからだ。


 私は事前に、キスを通じてアラドから肉体強化加護を付与してもらっていた。

 私がアラドの魔力を高め、その魔力でアラドが私の肉体を強化するというこの方法は、発想自体は以前から思いついていたが、使いどころはないと思っていた。


 なぜなら、一切武術を嗜んでいない私の肉体が強化されたところで、恐ろしく速く走れるくらいしか恩恵がないからだ。

 だが、その恩恵こそが今この瞬間に必要だった。


 まさかマウザーも、肉体強化された私が高速で迫ってくるなど予想もしなかっただろう。

 そうしてマウザーの体に触れることに成功した私は、作戦の最終段階を発動させる。


「邪魔ダッ!!!」


 同時に私は、纏わりつく虫を払いのけるかのようなマウザーの殴打をもろに食らった。

 全身が軋み、初めて自分の骨が砕ける音を聞いた。


「っ……ああぁッ!」


 痛みで反射的に悲鳴が上がる。


 それでも私は、眉を歪めながらニタリと笑うことができた。

 きっと、私の人生の中で最も憎たらしい笑みになっただろう。


 それくらい、強敵に対して「してやった」という達成感は心地よかった。


「オオッ、オオオォォォッ、オオオオオオオオォォォォォォォッ!!!」


 私が地面を転がると同時に、マウザーは狂ったような雄叫びをあげる。


「貴様アアアアアァァァァァッ!!! ナニヲシタアアアアアアァァァァァッ!!!」


 そう叫ぶマウザーの四肢は、文字通りの意味ではち切れんばかりに膨れ上がっている。

 その肥大化はとどまることを知らず、瞬く間にマウザーは肉の塊へと化す。


 私は、マウザーに触れたあの瞬間に、一体なにをしたのか。

 なんてことはない。残る魔力をすべて吐き出して、マウザー自身に肉体強化加護を付与してあげたのだ。

 

 私が普段アラドにかけている肉体強化は、今までの経験則を用いて最適化されたものだ。

 しかし、肉体強化はその方向性を変えれば、肉体の肥大化といった効果を与えることもできる。あのハインが巨大化した原理がそれだ。

 

 もちろん肉体を肥大化させることによって得られる恩恵もあるが、実際には肉体の芯になる部分を強化させた方が効率よく力を発揮することができる。だからこそ、私の肉体強化加護を授かったアラドは外見があまり変わらないのだ。


 では逆に、その肉体強化をもっとも効率の悪い方向へ向けたらどうなるのか。

 正解は、今のマウザーのように肥大化した肉によって体が埋まってしまうのだ。

 あれでは、満足に体を動かすこともできないだろう。


 これこそが、私の考えた逆転の一手だ。


「アラドッ! とどめを!」


 私は痛む体を押して渾身の力で叫ぶ。

 もはやアラドは満身創痍だが、それでも味方の死体から剣を拾い上げ、ゆらりとマウザーのもとに向かう。


 アラドの手にしている剣に、私は見覚えがあった。

 あの綺麗な湾曲を持つ剣は、コルトが使っていたものだ。


 最後は笑っていたコルトも、きっと悔しいと思っていたのだろう。

 その意志が剣に宿り、私たちに力を貸してくれている気がした。


「貴様ガッ、貴様ラガッ、我ノ死カアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!」


「そうだ。せめて楽に逝かせられるよう、全力を出すよ」


 アラドはどこか悲しそうにそうつぶやき、剣を振るう。

 一切の乱れなく、目にもとまらぬ速さで、舞うように剣を薙ぐ。


 そうして、マウザーの首は静かに落とされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど!そう来たか! やるな〜!ソミュア!
[一言] 楽しく読ませていただいております。 最後の断末魔が、某型月の○ロ・カ○スを彷彿されてしまいくすりときました。それだけです。 失礼しました
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