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22.決戦

 ファルマン軍の侵攻は順調で、交戦を始めてから早くも五日でハインの目論見通り敵の本拠地へ一番乗りで取り付くことができた。


 そんな中、明日の総攻撃を前にしてハインが作戦会議を開くと言うので、私とアラドは日が暮れてから一旦本陣へと戻っていた。

 しかし、いざ会議に出席してみると、その雰囲気はもはや会議とは呼べるものではなかった。


「いやぁ、今回の魔物どもは雑魚で助かったぜ! この戦争も明日で終わりだ。これでまた俺の領地が増えるってもんよ。さぁ、祝勝会の前倒しだ! テメェらも飲め飲め!」


 などと言い放つハインに感化され、すでに多くの貴族がまだ勝ってもいないのに酒に口をつけている。

 その様子を苦々しい表情で見つめたアラドは、明日からの作戦方針だけを聞いてその場を去ろうとする。


 すると、顔を赤くしたハインに呼び止められた。


「おいアラド。テメェ、なかなかがんばってるみたいじゃねぇか。言わなくてもわかるぜ。お前も戦功を挙げて領地が欲しいんだろ。自前の領地があれば、親父に頼らず暮らしていけるもんなぁ。その気持ちは、よぉーくわかるぜ。なんたって兄弟だからな」


 その言葉を聞き、アラドは振り向かずに立ち止まる。

 珍しくハインが柔和な態度を見せているのは、酒に酔っているからだろうか。


「仮にこの土地がファルマン家のモノになったら、そうだなぁ……アラド、お前が治めてみるか?」


 驚いた私は、思わず振り返ってしまう。

 だが、次の瞬間ハインが大笑いしだしたので、私は真顔のままでよかったと心底思った。


「ヴアアアアアアアアアァァァァァカ! 誰がテメェなんかに領地をやるかよ! テメェがいくら活躍したところで、手柄は全部俺のモンなんだぜ! ンなこともわかんねぇのか? だとしたらおめでたい野郎だ! 親父の言ってた通り、お前が得られる名誉は戦死だけなんだよ。わかったらさっさとファルマン家のために死ねや三下ァ!」


 ハインの言葉に続き、他の貴族もアラドを蔑むような笑いを向けてくる。

 

 もはや、こんな空間にいる意味はないだろう。

 そう感じた私とアラドは、逃げるように本陣を離れていった。


 そして、しばらく歩き人気がなくなったところで、アラドは地面を蹴って何度も「クソッ、クソッ」と悪態をついた。

 そんなアラドの姿を初めて見た私は、なんの言葉もかけられず、肩をさすってやることしかできなかった。



 * * *



 本陣を去った私たちは、夜のうちに前線へ戻ってコルト隊と合流した。

 そして、総攻撃の準備を整えつつ交代で仮眠を取り、日の出を前にして攻撃開始の合図が下されるまで待機を続けていた。


 敵の本拠地は正面に見える山中にあるようだが、薄らと明るくなってきた山のふもとは一面の草原になっており、不気味なくらいに静まり返っている。


 本来であれば他諸侯の軍を待って戦力を整えてから総攻撃を仕掛けるべきところだが、ハインの目的は魔物の討伐ではなく、あくまでこの戦争における戦果の独り占めだ。

 だからこそ、ファルマン軍のみで総攻撃を行うという判断が下されたのは、当然の成り行きと言えた。

 

 ちなみに、ハインの指示によりコルト隊はこの総攻撃で最前線に立つことになっている。

 わかりやすい嫌がらせだったが、緒戦で勝利を重ねてきた私たちにとって、激戦区に投じられるのはむしろ望むところだった。


 ハインの言う通り、いくら活躍しても手柄にはならないかもしれない。

 だが、私たちが活躍すれば、そのぶん味方の戦死者が減るのも事実だ。

 それを考えれば、仲間と共に全力を出して戦おうという私たちの決意に揺るぎはない。

 きっと、コルトたちがいたお陰で、そう思えたのだろう。


 この五日間、私とアラドはほぼすべての時間をコルト隊と共有し、気が付けば戦友と呼べるような関係を築いていた。

 彼らは粗暴で悪ふざけの過ぎる面がある一方で、勇気と実力を兼ね備え、戦いには誰よりも真剣に取り組み、とても仲間意識の強い人たちであることがわかった。


 そして彼らは、戦場でもよく笑っていた。


 隊長のコルトと共に戦場を転々としている彼らにとっては、恐らく戦場が家であり日常なのだろう。

 彼らは戦いそのものを楽しんで笑っているわけではない。彼らにとって戦いは仕事であり、それ以外の時間は家族のような仲間たちと共に楽しく過ごす時間なのだ。


 私でさえ、彼らと共にいる時間が楽しいと思える瞬間が何度もあった。

 そんな時間を過ごしていると、人の幸せとはなんなのだろうかと、私は改めて考えさせられてしまった。


 と、総攻撃を前に余計なことを考えていると、茂みの中で隣に座るコルトも珍しく考え込むような表情をしている。

 普段は戦闘中でも飄々としているだけに、少し気になってしまった。


「コルトさん。何か不安でもあるんですか?」


「ああ、いや、大したことじゃねぇんだが、今まで倒してきた魔物がザコばっかりだったのが気にかかってな」


「敵が弱すぎるってことですか? それはいいことなんじゃ……」


「弱い敵しか倒してないってことは、まだ強い敵が残ってる可能性があるってことだぜお嬢ちゃん。大体、こういう魔物の溢れてる土地には魔王軍残党のおっかねぇネームドの魔物がいるもんなんだが、まだそれらしい奴と出会ってない。普通は強ぇやつほど前線に出張ってくるんだが……」


 すると、その会話にアラドが割り込んでくる。


「そのネームドってヤツがいない可能性は?」


「当然ある。魔物を率いてたのは小賢しいゴブリンシャーマンでした、なんてことはザラだ。今回も雰囲気からしてそうだと思うが、まあ警戒するに越したことはないな」


 などと会話を交わしていると、日の出と共に総攻撃開始の合図であるラッパの演奏が戦場に響き渡った。


「テメェら攻撃開始の合図だ! 人間様の方が魔物よりおっかねぇってことを思い知らせてやろうぜ! 全軍突撃! 突撃だッ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」


 コルトの掛け声に合わせ、草木で身を隠していた兵士たちは一斉に立ち上がり、怒号を挙げながら攻撃目標の山に向かって駆けあがっていく。


 私とアラドは、その後で少し控えた位置につけていた。

 コルトいわく、私たちは強敵が出てきた時の切り札として温存しておきたいらしい。


 だが、いざ戦いが始まってみると、そうも言っていられない状況がすぐさま訪れた。

 

「たっ、隊長! オークだ! オークがいやすぜ!」


 彼の言葉を聞くまでもなく、岩場の陰から姿を現したその巨人を、私も視界に捉えていた。ざっと見ただけで、正面に十体はいるだろうか。


 実際にオークを目の当たりにするのは初めてだが、その恐ろしさを表す逸話くらいは知っている。

 オークは魔力を持たない魔物の中で最上位の戦闘力を持っていると言われ、魔王がいた時代には、たった百体のオークがとある国の王城を一夜で陥落させたという伝説が残されている。

 そんなおとぎ話に出てくる恐ろしい魔物が、目の前に現れたのだ。


 彼らの肉体は話に聞く通り少し緑がかっており、背丈は人の二倍近くある。それに加え、魔物でありながら革製の鎧を纏い、味方と会話らしきものを交わしていた。ゴブリンのような獣に近い魔物と異なり、知性も高いのだろう。


 前線に立つ兵士たちも、その強烈な威圧感にたじろぎ足を止めている。

 だが、コルトはそんな状況でも焦りを見せなかった。


「オークのお出ましたぁメインディッシュにふさわしいじゃねぇか。恐らく、奴らがこの土地を仕切ってるネームドだ。俺の見立てじゃ、おふたりさんが三体ほど引き受けてくれりゃ、あとはこっちでどうにかなりそうだが、いけそうか?」


 その言葉を聞いたアラドは、剣を抜いて堂々と前に進み出る。


()()()三体でいいんですか?」


「はっ、言ってくれるじゃねぇか。俺たちゃ戦争のプロだ。魔術なんか使えなくたってオーク七体くらい余裕よ」


 そう言い放ったコルトは、大きく息を吸い込み全軍に喝を入れるかのように叫ぶ。


「テメェら怖気づいてんじゃねぇ! オークがなんだってんだ! 一体につき十人がかりでやっちまえ! 戦いは数だ! 足を止めるな! 行け行け行けッ!」


 すると、足を止めていた兵士たちは我に返り、再び怒号をあげながら突撃を再開する。

 そんな光景を目の当たりにして己の役目を自覚した私は、優しくアラドの手を握って指示を仰ぐ。


「アラド、オーダーを」


「両強化加護・中だ」


 加護を受けたアラドは、私と手を繋いだまま視線を交わす。

 その目を見ていると、アラドの求めていることがわかる気がした。


「キスしてほしいの?」


「正解だけど、勝った時まで取っておくことにするよ」


「わかった。気をつけてね」


 そうして私と手を離したアラドは、臆することなくオークの群れへと突っ込んでいった。

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