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21.初陣

「がぁッ!!!」


 私たちが無駄話をしていると、少し離れた場所にいた兵士が短い悲鳴を上げた。


「伏せろッ! なにかわかるやつは状況報告だ!」


 コルトの切り替えの早さは凄まじく、驚いた私とアラドが伏せる頃には完ぺきな戦闘指揮が開始されていた。


「投石です隊長! 恐らくスリングによる投石攻撃を受けています! フランツが頭をやられました!」


「敵位置は!?」


「不明です! 頭を上げたらやられちまいます!」


 そんな会話が交わされている間にも、何発かの石が近くの地面に着弾してヒュンと嫌な音をたてる。頭に当たれば絶命してもおかしくない威力だ。


 すると、アラドは何かに気づいた様子で声を上げる。

 

「上からだ……コルトさん、敵はたぶん木の上だ!」


 その言葉を聞いて石の着弾を観察したコルトは、感心したように声を漏らした。


「ほう、確かに上からの弾道だ。なかなかいい目してるじゃねぇか。だとすりゃ、まんまと誘い込まれちまったな。俺たちの頭上はきっとゴブリンだらけだぜ」


 私はそんなピンチな状況を察して冷静でいられるコルトが信じられなかった。


「のん気なこと言ってないで、敵の場所がわかったなら早く戦わないと! 指示を出してアラド! 魔術で蹴散らせるでしょ!」


「待ちな嬢ちゃん。敵の姿が見えなきゃ遠距離魔術は当たらねぇ。範囲魔術を撃とうもんなら、味方が巻き込まれるぜ。ここは頭をブチ抜かれないことを祈って後退するしかねぇな」


「いや、方法はある。ソミュア、僕に魔力加護・小を」


 アラドがなにを考えているかわからなかったが、私は指示通りの加護をアラドに付与する。


 私とアラドは、この戦争に備えて加護魔術の使い方について簡単な決まり事を設けていた。

 強化してほしいステータスの指定は、私の集中を容易にするため魔力か肉体強化の二択、もしくは両強化という三パターンだけにしている。そこに小・中・大の魔力投入量を加えてオーダーするというルールだ。


 つまり、先ほどのオーダーだと小レベルの魔力強化を付与したことになる。

 ちなみに私の体力が万全の状態で付与できる限界は、大が数回程度、中は十数回、小はいくらでもといった具合だ。大は本当に数回使っただけで疲れきってしまうので、切り札的なものと言えるだろう。


「本当に小でよかったの!?」


「まずは腕試しさ。みんなは伏せててくれ」


 そう告げて立ち上がったアラドは、剣を構えて集中するそぶりを見せる。


「バカ野郎! そのままじゃいい的に――」


 そうコルトが叫んだ刹那、アラドは勢いよく剣を薙いで空を斬る。

 その瞬間、突如として体が飛ばされそうになるほどの暴風が生じ、周囲の木々が激しく音を立てて揺れ動いた。


 すると、まるで巨大な木の実が落ちてきたかのように大きな影が次々と落下し、「キキッ」と鳴いて地面を這っていく。

 なんとアラドは、味方に無害な風魔術で木の上の敵だけを振り落としたのだ。


「ナイスだぜ坊ちゃん! テメェら落ちてきた敵を斬り払いつつ後退だ! 負傷者の確保も忘れるなよ! 急げ急げ!」


 こうして窮地を切り抜けた私たちは、敵の追撃を受けることもなく早々と戦場を離脱することができた。




 撤退の完了後、私とアラドは一旦本陣へ戻って偵察の結果を報告した。

 当のハインは歯切れの悪い反応を見せたが、もしかしたら偵察結果に満足しつつ、私たちがうまく立ち回ったことへの不満が入り混じっていたのかもしれない。


 そんなわけで、一仕事終えた私たちは有言実行すべくコルトのもとへと舞い戻っていた。


「いやぁ、アンタら()()()()のお貴族様だったんだな。どうにも見た目が頼りないから、てっきり口だけだと思ってたぜ」


「偉そうにしないし、今時のお貴族様にしちゃ珍しいタイプっすよねぇ」

「それにしても奥さん美人だよなぁ。戦場でこんな美女を拝めるとは眼福だぜ」

「あーあ、俺も貴族だったらこういう嫁さん貰えるのかなぁ」

「テメェの顔じゃ爵位と金貨百枚の支度金があってもこんな嫁さん来ねぇよ」


 アラドの活躍により、コルトとその部下たちからの信用は十分すぎるくらいに得られたようだ。

 まあ、私に向けられる視線がどこかいかがわしい気もするが、いざという時はアラドが守ってくれると信じて気にしないことにした。


 と、そんなことを考えていると、不意にコルトの部下が私の肩を叩いた。


「お嬢、ベッドのご用意ができました。さあさあこちらでお休みを」


 彼が手でいざなう先には、本当に綺麗なベッドが用意されている。しかもテント付きだ。まさかここにある資材だけで作ってしまったのだろうか。


 私も彼らと寝食を共にすると宣言した手前、こうして気を遣われるのは不本意なのだが、正直に言えばベッドで横になりたいという願望には勝てそうになかった。


「ええと、それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 すると、アラドはどこか羨ましそうな視線を私に向ける。


「それなら夫の僕も一緒ってことで……」


「テメェは俺たちと交代で監視番だ。寝る時は座ったまま剣を握っていつでも起きられるようにしておけよ」


「はい……」


 私はそんなアラドに向けて、「戦いが終わったらゆっくり一緒のベッドで寝ましょ」という気持ちを込め、憐れむような視線を送る。


 対するアラドは、いつもの苦笑いで応じてくれた。



 * * *



 翌日、指揮官のハインは私たちが偵察で得た情報をもとに、ファルマン軍主力を総動員して早朝から魔物の住み家へ侵攻を指示した。


 部隊正面にはゴブリンの群れが待ち伏せしていることがわかっていたので、ハインは魔術による範囲攻撃を行ってから歩兵を前進させるという作戦をとった。

 あんなハインでも戦い慣れしているだけあって、部隊指揮の腕はそれなりのようだ。戦列に加わっていた私たちは、コルト隊と足並みを揃えて順調に進軍することができた。


 そんな中、森で掃討戦をしていた私たちは、突如としてゴブリンの残党に襲われた。


「ソミュア! 肉体加護・小だ!」


「はい!」


 小レベルとは言え、肉体強化加護を受けたアラドの前では、ゴブリンなど相手にもならなかった。

 迫りくる投石や矢はまるで羽虫を払いのけるかのように容易く弾き、剣を薙げばゴブリンの首がひとつ、またひとつと飛んでいく。


 歴戦のコルトも、その様子に感服した様子だ。


「はえぇ……坊ちゃんの剣筋もなかなかだが、加護魔術の恩恵ってすげぇな! あれで三段階のうち最低なんだろ。最大にしたらどうなっちまうのか見てみたいぜ。なあなあ嬢ちゃん、俺にもかけてみてくれよ」


「ダメです。これはアラド専用の力なんです。それに、もともと魔力を持っている人に使わないと、あまり効果がないって言ったじゃないですか」


 すると、近くで話を聞いていたコルトの部下が割り込んでくる。


「ええー! おいら、戦場で瀕死になったところを美人の聖女様に治癒魔術で助けられて恋に落ちるのが夢なんですよぉ! おいらの夢を叶えてくださいよぉ!」


「じゃあまずは瀕死になるところからだな。俺が半殺しにしてやろうか?」


「隊長が相手だと殺されちまいますよ!」


 そんな掛け合いをし、二人は戦闘の真っ最中にもかかわらず笑い合う。

 コルトの部下が言うように、本来聖女隊は治癒魔術による戦傷者の応急処置を担う場合が多い。

 もちろん加護しか使えない私ではその役割が担えないので、心苦しく思う部分はある。


「嬢ちゃんよう、このバカの言うことなんて気にすんな。最初はアンタらが使い物になるか心配だったが、二人でこれだけの力が発揮できれば十分だ。むしろ、俺たちの出る幕もねぇよ」


 コルトの言うとおり、今ほど奇襲をかけてきた敵はほぼすべてアラドの独力によって撃退された。

 私たちに無駄口を叩く余裕が生まれるのも当然だ。

 

 もちろんアラド以外の兵士が手を抜いているわけではない。

 状況的に、一騎当千のアラドが率先して戦った方が被害が少なくて済むと誰もが理解しているからこそ、アラドが進んでその役目を果たしているのだ。


 アラドにばかり負担をかけてしまうのは心苦しいが、こんなところでも他人のために自分を犠牲にしようとする姿勢は、とてもアラドらしいと思えてしまった。


 そんなアラドのお陰で敵の逆襲を凌いだ私たちは、状況確認もかねて小休止をとることにした。


「お疲れだな坊ちゃん。体力はまだ残ってるか」


「ハァ、ハァ、あ、あと……三割、くらい……」


 戦場に出てわかったことだが、加護魔術は体力消耗が激しく連戦には向いていないようだ。

 効果時間が五分程度しか持続しない点はお互いに気をつけていたが、今後はアラドの体力管理にも気を配る必要があるだろう。

 

「ごめんなさいアラド。私が回復魔術さえ使えれば……」


「いや、ソミュアは僕に利く回復魔術がひとつ使えるよ」


 そんなの初耳だと言わんばかりに驚いて顔を上げると、アラドは目をつむり、すぼめた自分の唇をトントンと指している。

 なんとまあ、キスされれば体力が回復するとでも言いたいのだろうか。アラドにしては珍しい冗談だ。


 私は周囲に見られているという恥ずかしさも相まって、勢いでアラドの頬をつねってしまった。


「もう! こんなところでふざけないで!」


「いへへへへ、ひょ、ひょうはんはよ……」


 それでも、引っぱってカエルみたいになったアラドの口に軽くキスをしてやる。

 周りに見せつけるようで恥ずかしかったが、今の私にはこれくらいの労いしかできないのも事実だ。少しくらいはわがままを聞いてあげるべきだろう。


 そして当然のように、一部始終を見ていたコルトの部下たち「おおー!」と沸き立ち「俺も俺も!」と冗談っぽく迫ってくる。

 だが、そんな雰囲気の中でコルトは珍しく騒いでおらず、じっと私を見て微笑んでいた。


「なんだ? 俺にイジられないのが不思議だって顔してるな。いいじゃねぇか戦場で愛し合ったって。俺の親父とお袋も、そうして俺を生んだんだぜ。なんつーか、からかうより先に見惚れちまってよ」


 その言葉を聞いて、私はコルトに対して抱いていた疑問がほんの少し解けた気がした。


 戦場で生まれ育ったコルトは幸せだったのか。

 きっとコルトは、たとえ戦場であろうと両親に愛され、幸せを享受していたのだろう。ともすれば、両親に愛されなかった私より幸せだったかもしれない。


 コルトの母は貴族でありながら、なにを思い兵士と恋に落ちたのか。なにを思い、コルトを生んだのか。

 きっと彼女は、今のコルトと同じ顔を浮かべながら彼を抱いていたのだろう。


 根拠はないが、そんな気がしてならなかった。

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