14.引っ越し
元お父様から絶縁を言い渡された私は、ブレダを従えてその足でアラドの邸宅へ向かっていた。
絶縁となれば、ロワール家の所有物である別邸にはもう帰れない。
そんな私とブレダが身を寄せられるのは、アラドの邸宅くらいしかないだろう。
そもそも元お父様は、前々から「さっさと嫁いで別邸を引き払え」と口うるさく言っていたので、遅かれ早かれ引っ越しをする予定は立てていた。
想定外があるとすれば、式を挙げる前に同棲することになってしまう点だろう。もちろんアラドは、それを承知の上で私を迎え入れてくれるのだ。
そんなわけで、私とブレダは急きょ引っ越しをするハメになったが、移動中の馬車内でアラドは私たちの身軽さに驚いている様子だ。
「ええと、着替えとかは事前に運んでもらったけど、家財とかはいいの? このまま僕の家に来るにしては、随分と荷物が少ない気がするけど……」
「ブレダ。あれを見せてあげて」
促されたブレダは、先ほどから大事に抱えている革カバンの蓋を開けて、その中身をアラドに見せつける。
すると、アラドは目を点にして驚いてくれた。
「うわ! 金貨じゃないか! それも、これだけあればかなりの額に……まさか、実家から盗んできわけじゃないよね!?」
「そんなこと……いや、うーん、実質的にはそうなっちゃうかしら」
革カバンの中にある金貨は、別邸に置いてあった家財をあらかた売り払って得たお金だ。
元より私は、引っ越しする時はこうしようと決めていて、アラドと婚約してからちまちまと家財を売っていたのだ。
その話を聞いたアラドは、苦笑いを浮かべる他ないようだ。
「ま、まあ、確かにそれだと家財を盗ったと言えなくもないね……本当に大丈夫なの?」
「別にいいのよこれくらい。私はあの家を引き払えとしか言われてないもの。家財は私のために用意されたものだし、私の好きにしたっていいでしょ? このお金は、私からの支度金とでも思ってちょうだい」
「なんと言うか、ソミュアは相変わらず肝が据わってるね……まあ、君のお金なんだし、いざという時のためにとっておきなよ」
「それなら、当面はブレダの賃金をここから出そうかしら。なんでもかんでもアラドに負担させるわけにはいかないものね」
話題に上がったブレダは、申し訳なさそうに視線を下げる。
「すいません、私なんかがついてきてしまって……どうかお邪魔ならすぐ暇をお与えください……」
などと遠慮しているが、ブレダは幼い頃に親に売られてロワール家の使用人になった身の上だ。他に行くあてがないことは、私もアラドも知っている。
そんなブレダに対し、アラドは優しく微笑んでくれた。
「もともと僕の家には執事が一人しかいないし、使用人は二人でも足りないくらいだよ。こんな僕が主人でよければ、どうか雇われてくれないかな」
「ありがとうございます……ソミュア様のおっしゃる通り、アラド様はとても優しいお方ですね。ソミュア様がお慕いする理由がよくわかった気がします」
「あら、アラドの魅力ならいつも寝る前に教えていたじゃない。まさか、全部聞き流していたわけじゃないわよね?」
「ええと、恋して盲目になった乙女の話はアテにならないと思いまして……」
「もう、ブレダったらいつもこんな調子なのよ」
話を振られたアラドはクスクスと楽しそうに笑みをこぼす。
「これから家での暮らしが楽しくなりそうだよ」
そんな言葉を聞いて笑みを浮かべた私とブレダは、揃って首を縦に振っていた。
* * *
アラドの邸宅に着いた私たちは、引っ越しに伴う作業もほとんどなかったので、リビングに集まってすぐに落ち着くことができた。
だが、執事のシュミットと顔合わせをしたブレダは、かなり萎縮しているようだ。
「あっ、あの、ソミュア様のもとでメイドをしていたブレダと言います! ふ、不束者ですが、どうかよろしくお願いしますっ!」
対するシュミットは、「こちらこそ」と一言だけ応じ、そこで会話が途切れてしまう。
二人は初対面ではないが、こうして面と向かって会話をするのはほぼ初めてだ。
なんとなくふたりの噛み合わせが気になった私は、アラドに耳打ちをする。
(シュミットさん、口数少ないけどブレダとウマが合うかしら)
(どうだろう。シュミットが僕以外と親しくしゃべってるところは見たことないしなぁ……)
(もしかして、嫌がってたりしないわよね? 根回しはしたの?)
(ちゃんと話はしたよ。だけど、いつもあんな調子で感情が読めないから……)
(それなら、私たちが少しフォローしてあげた方がいいかしら)
(そうだね。ちょっと気にかけておこうか)
そんなコソコソ会議を開催している間も、ふたりは沈黙を共有している。
当面の方針を決めた私とアラドは、すぐさま視線で合図を交わしてフォロー作戦を実行に移した。
「とりあえず、ブレダはなんでも聞いてみるところから始めればいいんじゃないかしら? 仕事はコミュニケーションが大事って言うし」
「そうそう。シュミットも聞かれたことにはちゃんと答えて、手伝ってほしい仕事があればどんどんお願いしてみるといいよ」
「が、がんばります!」
「承知いたしました」
その言葉を最後に、四人の介するリビングは再び沈黙に支配される。
しばらくすると、シュミットはなにも言わずに廊下の奥へと消えていく。
そのまま待っていると、淹れたてのお茶を抱えて戻ってきた。
それは特になんてことのない気遣いだったが、ブレダはそうは思わなかったようだ。
「はわわわ……す、すいません! 給仕くらいなら私が手伝うべきなのに……ええっ! 私の分まで!? 私にお茶なんて必要ありません! 今日来たばかりとは言え、私もメイドです! お客人のように扱われては困ります!」
「申し訳ありません」
それから三度目の沈黙が訪れる。
ふたりの関係は恐らく時間が解決してくれると思うが、妙に噛み合わないブレダとシュミットを見ていると、私は落ち着いてアラドと談笑することもできない気がした。




