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10.剣と剣

「両者、前へ!」


 立会人ベリエフの掛け声に合わせ、練兵場の広場へアラドとハインが進み出る。

 すると、観客席にひしめく観衆が盛大な声援をあげてふたりを迎え入れた。

 

 ご丁寧にも決闘場は柵で囲われ、競技場のように観客席まで設けられている。

 入場料も取っており、非公式の賭けまで行われているので、ベリエフは完ぺきにこの舞台を興行化してしまったようだ。

 それも含めて立会人を引き受けた理由が打算だったとしても、この場を整えてくれたことには感謝すべきだろう。

 

 そんなベリエフは、この決闘を演出がかったものにするため、粛々と前置きを進行させた。


「この決闘、ベリエフ侯爵家現当主アレクセイ・ベリエフが立会いを務める! 決闘を申し入れたアラド・フォン・ファルマンに問う! 貴殿は、婚約者への侮辱を受け、ハイン・フォン・ファルマンに決闘を申し入れたことを認めるか!」


「認めます」


「では、ハイン・フォン・ファルマンに問う! 貴殿はアラド・フォン・ファルマンから申し込まれた決闘に応じるか!」


「前置きはいい。さっさと始めようぜ」


 礼儀知らずなハインの態度を見て群衆はブーイングをあげる。もはや完全なヒールだ。

 だが、当のハインは動じるどころか、その声を歓迎するかのように両手を挙げた。


「おうおうおう、随分な歓迎だなァ! テメェら紳士ぶってても、どうせ血が見たいだけなんだろ! なら存分に見せてやるぜ! 知っての通り、俺は戦場で何千という魔物をブっ殺してきたんだ! そんな俺に賭けてないやつなんていねぇよなァ!? さあ俺に賭けたヤツはアラドの死を祈れ!」


 すると、ブーイングが一転して歓声へと変化する。

 ハインは思慮の浅そうな振る舞いをする一方で、こうしてヒールになっても堂々としていられるところに凄みがあるのかもしれない。


「決着は、どちらか一方の降参により決する! 剣を交えるにあたり、魔術の使用、他者の介入、顔及び胸への刺突、戦意を失った者への追撃、その他卑劣な行為すべてを禁ずる! あくまで紳士的に行うように! 両者、この掟に同意するのならば剣を抜け!」


 その言葉に応じ、アラドとハインはためらいなく鞘から剣を引き抜く。


 決闘の当事者であるふたりは、揃って決闘用の正装である無地の白シャツを着ている。白シャツが正装である理由は、()()()()()からだそうだ。

 そして武器となる剣は、戦争で使う物とは異なり、短く細い専用のショートソードが用いられる。軽いため取り回しが利く一方、殺傷能力が低いので互いにズタボロになるまで斬り合うことができるらしい。

 どちらもアラドから聞いた話だが、思い出すだけで寒気がしてくる。


「アラド……」


 観客席に座る私は、血がにじんでしまいそうなほど両手を強く握り込み、剣を構えたアラドに視線を送る。


 小柄ながらも堂々としたその姿は、ちょっぴり弱気で底抜けに優しいあのアラドとは思えないほど殺気立ち、ハインに負けず劣らず貫禄がある。

 だが、そんな姿を見てかっこいいだとか立派だなんて思えない。普段のアラドを知るからこそ、戦いの舞台に立つその姿はどこか痛々しくさえ感じ、私はただひたすらに胸が痛かった。


 それでも、目を背けてはならない。なにかあれば、私がまっさきに動く必要がある。

 それにアラドは、私のために戦ってくれるのだ。なにがあっても、見届けねばならない。


 そんな決意を固めると共に、戦いの火ぶたが切られた。


「始めッ!」


 最初に動き出したのはハインだ。

 大柄なハインは四肢の長さによるリーチを生かすため、アラドを圧迫しつつ優位な位置取りまで前進する。

 対するアラドは、後退すると一方的に斬りつけられてしまうため、少し強気で前進するしかない。


 すると、何度も刃が交わり甲高い金属音を奏でた。

 牽制ぎみな立ち回りとは言え、油断していればどちらかの右腕が一瞬で飛ばされてしまいそうな斬り合いだ。


 怖い。怖い。怖い。今にも心臓が飛び出そうになり、目を覆いたくなる。

 状況はリーチのあるハインに傾いており、アラドは圧されている。


 そして、ハインが一歩踏み出し鋭い薙ぎを払った瞬間、試合が動いた。


「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 観衆がどよめく中、余裕を見せつつハインが一歩引き下がると、アラドの右袖にじわりと血が滲む。

 私は心臓が止まってしまうかと思ったが、かすり傷だとわかって息を震わせながらも深呼吸することができた。


「さぁて、この決闘が一本勝負ならもう決着はついてるが、あいにく降参ルールだったな。怖気づいたなら負けを認めてもいいんだぜ」


 対するアラドは勢いよく剣を素振りし、戦いに支障がないことをアピールする。


「兄さんの方こそ、そんなへっぴり腰じゃいつになっても試合が終わらないよ。僕なんかに怯えてないで、もっと踏み込んできなよ」


 アラドの言うとおり、ハインは大柄でリーチが長いぶん、的が大きいので踏み込んだ戦いを避けている。相手に傷を負わせた時点で勝利となるルールなら有効な戦い方だが、踏み込まねば致命傷は与えられないというアラドの指摘も正しい。


「おうおう、一本取られたクセに言ってくれるじゃねぇか。だが、手合わせしてはっきりしたぜ。お前もそれなりに腕が立つようだが、普段俺の相手をしている連中と比べれば中の上ってとこだな。もっと踏み込んだとしても、俺には勝てねぇよ」


 悔しいが、ハインの主張は部分的に正しい。

 リーチの長さを差し引いても、単純な剣捌きでは明らかにハインの方が上手だ。


 それでも勝負の行方はまだわからない。

 強がりや願望ではない。アラドには、この決闘に勝つための秘策があるのだ。

 緒戦で後手に回りハインを油断させたのは、その布石だ。


「そこまで言うなら試してみなよ。命を張ってこその決闘だろ」


「はっ、見え透いた挑発だが……それに乗るのも悪くねぇなァ!!!」


 その瞬間、大きく踏み込んだハインは、大柄な体格からは想像できないスピードでアラドに迫る。

 先ほどまでは互いの腕を剣先で斬り合う距離感での戦いだったが、ハインの突進によって戦いはインファイトへと移行した。


 すぐさまつばぜり合いが生じ、より激しく剣と剣が交わる。相手の攻撃を剣で防げなければ、瞬時に胸が切り裂かれてしまうような状況だ。

 だが、それこそアラドの望んだ展開だった。


 一見するとインファイトは、押し切る腕力の強いハインの方が有利に見える。

 だが、そうはならない。


 剣が交わってもアラドは押し切られることなく、力を受け流してくるくると左右に身を交わし、有意なポジションを得てから反撃に転じている。

 その様は、まるで――


「おいおい、なんだあの身のこなしは!」

「まるでダンスだ!」


 そう。身軽で隙のないアラドの身のこなしは、まさに巧みなダンスだ。


 そもそもアラドは、驚くほどダンスがうまい。その理由は、体が柔らかくバランス感覚に優れているからだ。

 小柄で魔力の弱いアラドは、幼い頃からなにか自分に強みはないかと模索し、得意なダンスに着想を得てこの戦い方を会得したという。

 まさか、舞踏会で見せてくれたあのダンスが戦いに生かされているとは驚きだ。


 アラドの巧みな立ち回りは回避や防御にとどまらず、旋回時の回転力を利用した撫で斬りとなって絶え間なくハインに襲い掛かる。


「くっ、この野郎ッ!」


 アラドの猛攻を凌ぎつつも、ハインは苦しそうに声を漏らす。

 大柄な体が災いし、左右に振られる戦い方に苦戦している様子だ。


 これなら勝ち切れる。

 そう思って顔をほころばせた瞬間、私は些細な異変に気づいた。

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