01.お払い箱の令嬢
私は今でも、あの日のことを鮮明に覚えている。
己に授かった魔術を見極める儀式を終えてから、お父様は露骨に機嫌が悪くなり、お屋敷に帰ってからお母様と言い争いを始めた。
盗み聞きするつもりはなかったが、隣の部屋にいてもその声ははっきりと聞こえてきた。
「そう気を落とさないで。他の子たちはみんな優秀だし、十三番目の子なんてどうだっていいじゃない」
「どうだっていいだと? アレを養うのにいくらかかると思ってるんだ! 買い手がつけば売りたいくらいだ」
お父様が私のことをモノ扱いしていることは、まだ五歳だった私にも理解することができた。
名門六貴族に名を連ねるロワール家の現当主でもあるお父様は、もともと私にはあまり興味を示してくれなかった。
子供が十三人もいれば、末っ子など眼中に入らないのだろう。
それでも儀式が始まる前には、上機嫌で私を聖堂まで連れて行ってくれた。
私が稀有な魔術を授かっていることに期待していたのだろう。
だが、結果はお父様の望む形とはかけ離れていた。
私が生まれもって授かった魔術は、対象者のステータス上昇が行える『加護』だけだった。
良い血筋を持つ貴族であれば、普通は複数の基礎魔術を授かり、それらの組み合わせでさらに上位の魔術を体得するのが王道とされている。
私のように、基礎魔術をひとつしか扱えないというのは、悪い意味で極めて珍しい例だった。
火も水も土も風も操ることができず、ケガ人を治療することも呪いを浄化することもできない――そんな私は、お父様にとって役立たずのモノになった。
そして、儀式の翌日から私の住まいはお屋敷から離れた別邸に移され、祝い事でもなければ両親に会うことすらできなくなった。
もちろん、会ったところで馴れ馴れしく会話することなど許されない。お父様とお母様に纏わりついて楽しくおしゃべりすることができるのは、私より優秀なお兄様やお姉様たちだ。
「あら、どちらさま? 十三人目の妹なんて我が家にいたかしら」
一番目のお姉様は、その嫌味が口癖になっていた。
だけど腹立たしくはなかった。お父様にモノ扱いされて泣き腫らしたその日から、私も家族はいないと思うようにしていたからだ。
むしろ、私にとって家族と言えるのは、メイドのブレダくらいだろう。
ブレダは私より五つ年上の若いメイドで、経験が浅く賃金が安いという理由で私の専属に任命されたメイド。それでも腐ることなく、たったひとりで誠実に私と向き合ってくれた。
そんなブレダは、私にとって母代わりであり、時には姉のように接することのできる家族も同然の存在だ。幼い時には、「貴族なんかやめてブレダの子供になる」と喚いて怒られたこともある。まあ、今でもその気持ちに変わりはないかもしれないけど。
そんなわけで、名門貴族一家をお払い箱になった私も、ブレダのお陰でそれなりに平穏な日々を送ることができていた。
ただし、その平穏な暮らしは、あくまで期限付きだった。
私が十七歳を迎えたある日、暖かな春風にのせられてその手紙は届いた。
「名門六貴族ファルマン家の末っ子と縁談ねぇ……」
慎ましいバルコニーで手紙を読んだ私は、ブレダの淹れてくれたハーブティーを口に運びながらため息をつく。
手紙には縁談と書いてあるが、実質的には嫁に行けという要請だ。
「あのファルマン家とご縁があるなんて、いいお話じゃありませんか」
と、話を聞いていたブレダは素直に喜んでいるが、世の中そんなに甘くない。
「わかってないわね。私なんかに宛がわれる夫がマトモなわけないでしょ。ファルマン家にも私みたいなお払い箱がいるのよきっと。いらないモノ同士をくっつけてポイすれば両家も安泰ってね」
「もう、お会いする前から失礼ですよ。きっと素敵な殿方ですから」
それにしても、私なんかの相手に名門ファルマン家の子を引き出せたのは素直に驚いた。しかも、末っ子とは言え庶子ではなく直系の子だ。
お父様は、どうにかしてモノとしての私を有効活用したかったのだろう。
そもそも、お父様が安くないお金を投じてお払い箱の私に住まいとメイドを宛がったのは、見栄と世間体もあるが『政略結婚』という最大の使い道があったからだ。
要するにその役目を果たせというのが、お父様から送られてきた手紙の内容だ。
「未来の夫の名前はアラド・フォン・ファルマン、歳はひとつ上……約束は明日の午後三時。ここでの気楽な日々も近いうちにオシマイね」
私に拒否権はないだろう。とは言え、今のところ駆け落ち予定の恋人もいないし、逃げ出したところで路頭に迷うだけなので断る理由もない。
それに、モノ扱いとは言えお父様のお陰で何不自由ない生活が送れていた自覚くらいはある。愛情もない父の意向に従おうとするのは、恩返しと言うより借りを返すという感覚に近いだろう。
と、そんなことを考えていると、ブレダがどこか控えめに口を開く。
「あの、ソミュア様……もし縁談がまとまった折には、その、ご迷惑でなければ、私もご一緒に……」
言いたいことはわかっている。ブレダは私の嫁ぎ先についていきたいのだ。
私の家族は口うるさい連中しかいないから、今さら実家のお屋敷に戻って働きたくないのだろう。
「アナタのことは未来の旦那様にお願いしてみるわ。一緒に地獄へ付き合ってくれるなんて、アナタも物好きね」
「だから、地獄だって決めつけないでください!」
それから私たちは、耐えきれなくなってクスクスと笑い合う。
だが、こうしてブレダと何の憂いもなく笑い合える日々が終わるかと思うと、無性に寂しく思えた。




