5 軋み
10月6日(木) 実習4日目
生徒の顔もある程度覚えてきた。
掃除時間のことが気になっていた。ついつい秋山と、岩嶺の様子に注意をはらうようになった。
昨日、水曜の放課後、掃除の時間まで残って一緒に掃除をしてみた。5班の女子は全員残り、机運び、掃き掃除……と順調に作業は進んだ。初日に遠慮のない質問をしてきた荻野奈月と、その取り巻きのように振る舞う数人の女子、そして秋山……今日は違う班の岩嶺はいない。
しかし、よく見ていると、動きにムラがあることに気付いた。掃除の時間には机の中を空にするように小柳先生は指示をしていたが、教科書やノートをそのままにしている生徒や、部活の道具をかけたままにしている机がいくつか混ざってる。当然左右バランスも悪いし、重いので運ぶのは一苦労だ。
そういうクセモノの机を運んでいるのは、よく見ると秋山ばかりだった。掃き掃除の流れを見ていても、ある程度までゴミを集めるようには動いているが、最後にちりとりを使ってゴミを集め、掃き掃除を仕上げるのは秋山の担当になっていた。
それだけではない。あと一息、で掃除が終わるまで作業が進んだところで、秋山以外の女子たちは「もう、いいですよね」と、道具を片付け始めた。ほんの一、二分の差。でもそこには、明らかな序列がある。タイミングを見計らうように、さっさとホウキを片付けて荷物を手に持つ班員たちにも、秋山は文句を言わず作業を続けた。
様子を観察しながら、俺も一緒に掃除をする。
最後に残ったゴミをちりとりで集め終わるときには、俺と秋山の二人になっていた。秋山に「お疲れ様」と声をかけると、彼女はほんの少し、複雑な顔をしてから、前回と同じ、少し困ったような笑顔を見せて「ありがとうございました」と言った。
岩嶺に言われたこともわかるが、やはりこの状態はよくない。
注意深く見るようにすると、掃除以外の時間の違和感にも気付くようになった。
秋山に対して、クラスの一部からいじめというか、いじる空気、のようなものがある。国語の時間も彼女を揶揄する空気を感じた。いじめられっ子、教室にいるのがつらいジョバンニの話をしたときに、チラリと秋山を盗み見たクラスメイトの視線。それを認めて、くすり、と笑みを浮かべる他の生徒。
……こういうの、どこにでもあるんだな。
子供の頃、自分は酷く無口だった。周囲のクラスメイトから変人扱いされて、からかわれたこともしばしばだ。
集団でやっている側からどう見えているのかはわからないが、こういうのは、やられる側からは本当によく見える。自分が虐げられてる、軽んじられている存在だ、と突きつけられることは、自尊心を酷く傷つけられる。これだけ露骨に周囲から見える、ということは、当の秋山には嫌というほど見えているはずだ。
給食を食べた後の昼休み、教室の中をうろうろとして、生徒と何人か話したあと、階段を降りようとすると、その陰で岩嶺が話しかけてきた。
周囲に人の目がないことを確認した岩嶺が小さな声で、顔を近づけて話してくる。
「小柳先生には、何も言ってないんですよね」
「ああ。でも君は、秋山さんのこと、そのままでいいと思ってる?」
「秋山さんは、小学校からずっとここの地元で、荻野さんたちとも同じ学校から上がってきてるんです。いじられても本人が……それに、先生たちだって、わかっててそのままにしてるんです」
「どうして秋山さんが、いじられ役なの」
「理由なんてないです、こういうの。秋山さんは、ちょっと気が弱くて、のんびりしてて、イヤなことを我慢したまま愛想笑いするから……あとは、これまでの積み重ねみたいな……私が転校してきたときには、もうすっかりこんな感じで」
「君は、そんな秋山さんが気になるから、一緒にいるんだよね?守ろうと思って……」
「そんなに、私……いい子じゃないです」
そこで岩嶺は口をつぐんでしまった。クラスの方から他の生徒の声が聞こえてきた。ふいっとすれ違い、何事もなかったようにクラスへ戻っていく。
クラスの中にできている、外からは見えない序列。その上位にいるのは、声が大きく、発言力の強い一部の女子たち。そのトップにいるのは、おそらく荻野奈月。
先生方からは、小学校の頃から地元で度々問題を起こしている子と聞いていた。学校での指導がなかなか効かない、難しい子だという。暗に、実習期間にトラブルになるような指導はしてほしくない……そう釘を刺された気がした。
職員室に戻ったタイミングで、やはり気になって、小柳先生に話しかけた。岩嶺との会話は伏せたまま。
「……秋山さん、なんだか、すごく遠慮しているというか」
「いじられやすい子、という印象はあります。でも……本人にはときどき声をかけるんですが、大丈夫、と」
「深刻な感じ、ではないですか」
「クラスのほとんどの子とは、小学校からの付き合いですし……実のところ、一度関係ができあがってしまうと、なかなか動かせなくなるものなんです。秋山さんは、とても優しいところがあるので、いじられ側になりやすくて。ただ、そこに大人がすぐ介入して指導しても、余計にギクシャクしたり……」
「もし、いじめである、とはっきりしたら……」
「何か……あり、ました?」
踏み込みすぎた、と思ったが、なんとか取り繕う。
「授業のときなども、少し、揶揄する感じ、ありますよね。女の子特有のチラリと見たり、ひそひそ話したり……あれだけでも、やられると凄く気になると思ったので」
「ああ……」
小柳先生は少し間を置いて、大きく息をついた。先生も疲れているのだ、と気付いた。
「本当に難しいんです。実際に秋山さんには声かけもしていますけど、本人が、遊んでいるだけ、と言ってますし。もちろん、そういう風にしか言いにくい空気があるってことはこっちもわかってます。それも含めて、難しい」
「……本人が、その辺りをはっきりさせないと、でしょうか」
「せめて彼女が話せる相談相手がいるといい、ということでカウンセラーの先生との面談を設けようとしたこともあるんですが……そんなに心配しないでください、と断られてしまいました」