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3 教室の中


10月4日(火)  実習2日目


 朝は定時より30分以上早く学校へ到着したが、その時間でも半分以上の先生方は出勤している。


 今日の一日の流れを確認して、小柳先生からの指示を受ける。ホームルームの様子を一緒に見て、授業時間中は小柳先生や、その他の先生方の授業を見学させてもらう。見学した一つ一つの授業について記録を書いて、自分の授業の参考にできそうな項目をまとめていく。


 昼休みも小柳先生と教室に行って、生徒と一緒に給食を食べつつ様子を見た。給食の片づけが終わったら、すぐに午後の授業。6時間目まで忙しく時間が流れていった。


 帰りのホームルーム。来週は森林公園への遠足がある。その準備の話が終わって、掃除の時間になった。

 放課後すぐに小柳先生の出席する会議があったので、急ぎ階下の職員室に戻ることになった。その間、俺は職員室で待機して、今日の振り返りをしておくよう指示されたが、席に着いたタイミングで、教育実習の記録簿を教室に置き忘れたことに気づいた。


 もう一度教室に上る。廊下を下校していく生徒、部活に向かって急ぐ生徒たちの流れとすれ違う。職員室に降りてまだ3分少し。教室掃除を5班がやっているはず……だったのだが。

 机40個を動かし、掃き掃除をするには、それなりの労力がかかる。それなのに、掃除をやっている姿は一人……二人。


 近くにいた方の生徒が、俺に気づいて、ぎょっとした顔をした。

「君の、名前は、確か」

「……秋山(あきやま)(かえで)です」

 顔に狼狽が見える。この状態を見られるのは、どうも彼女にとって困った事態らしい。

「掃除、班のみんなはいないの?」

 秋山は黙る。瞳が不安そうになり、声が小さくなった。

「……みんな、急いでたんで。私がやっとくって言ったんです。あの、部活とかやってる子は忙しいので」


 秋山は視線をさまよわせる。もう一人、掃除をしている生徒を目で探し、そちらにすがるような視線を向ける。もう一人の生徒は、岩嶺ハルミだった。


 掃除当番は教室内の列で班分けしているから、窓際の岩嶺は6班のはずだが。

「岩嶺さん……だったよね。確か、君の掃除班は5班じゃなかった、と思うけど」

「先生、よく覚えてますね。昨日来たばかりなのに」

「……カタカナの名前で印象に残ってたから」

「おかしいですか……カタカナ」

「いや、ごめん……そんなことはないよ」


 無神経だったか、失言だったか、と考えるこちらに構わず、岩嶺が言った。

「私、特に用事がないんで。掃除手伝っちゃいけないですか?」

 真っ直ぐにこちらを見る。


「そうじゃなくて。5班、本来のメンバーがもう少しいたように思ったんだけど」

「秋山さんの言う通り、いろいろ忙しい人もいるんで、やってあげてるだけです……何か、問題ありますか」

「……いや」

 岩嶺の警戒心は強い。これ以上突き詰めても良いことはなさそうだ。


「二人じゃ大変だろ。せめて俺も手伝うよ」

 掃除道具のロッカーからもう一本ホウキを取り出した。


 三人いればそれなりにはかどる。ゴミを集めて片付いたところで職員室に戻ろうとすると、秋山に「ありがとうございました」と深々とお辞儀をされた。おずおず、という表現が似合う気の弱そうな生徒。にこっと見せた笑顔にも、いつも愛想笑いをしているだろうな、と思わせてくる慣れがある。


 職員室へ戻る途中、階段をしばらく降りたところで、後ろから岩嶺が呼び止めてきた。

「なんだい」

「……先生、小柳先生に報告とかするんですか」

「どうして?」

「先生は実習で、すぐいなくなりますよね。でも、楓は、これからもずっと学校にいるんです。だから……」

 こちらをじっと見てきた。


 しかし、その視線がふっと揺らぐ。

「だから……でも……いえ、なんでもないです」


 目線を逸らして、彼女は足早に立ち去ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ううん、リアルゥ。 こういうの学校ではありがちですよね。
[一言] さすがです。 思春期の微妙な感情の描写。
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