三十四 六角の状況と新たな家臣
1563(永禄6)年8月下旬 近江国小谷城 山中橘内
近いうちに六角家中で何か起きそうな気がすると大将は言うが、確かにきな臭い。
六角義賢から家督を譲られた義治だが、家中の評判がよくない。能力はさほどないのに誇りは高く、家臣の言うことに耳を貸さないようだ。
一昨年、河内の畠山高政と共に京に出兵した六角義賢は、将軍地蔵山の戦いで三好義賢と松永久秀に勝利した。畠山高政も久米田の戦いで三好実休を討つなど、三好家を相手に有利に戦を進めていた。
しかし昨年になり、六角義賢は京での動きを止め、畠山高政が催促しても動かなかった。
実はその裏には兵糧の不足があったんだ。前の夏は涼しかったせいか米があまり取れず、新米の出回る秋はまだよかったが、冬になると品薄になってきた。
そのときに大将が米を買うぞと言い出した。北国街道や東山道を通じて諸国から産物が集まる近江では、普段は米を買い集めるのは難しくない。だが大将が鮒の黄金煮や清酒で儲けた銭で米を買いまくった結果、米の値はずいぶん上がった。
困ったのは義治だ。京の遠征軍に米を送る必要があるが、米の値は上がって銭が足りない。そこで家臣の反対を押し切って関銭を上げたんだが、これが悪手だった。
重い関銭に怒った商人たちは米を近江に持ってこなくなり、さらに米は足りなくなった。
このときに大将は、浅井領で備蓄していた米を高値で六角に売り、随分儲けていたな。
それと同時に、朝廷や将軍家には朽木谷を経由して米を送り、恩を売った。
さらに三好にも田屋を通じて密かに連絡をとり、六角は兵糧が足りなくて身動きが取れないはずだと教えていた。
大将は身内には甘いが、敵には容赦ない。
まだ若いのに海千山千の親父のように、えげつないときもあるな。
兵糧が足りず、かなりの兵を近江に戻さざるを得なくなった義賢は、五月に畠山軍が敗走すると、三好長慶と和睦して京から撤退している。
帰国した義賢は随分と義治に怒り、親子の仲も悪くなったようだ。
義治は父とも不仲になると、軽んじられたくないと思ったのか、ますます家臣に居丈高になったようだ。
そして、特に後藤賢豊とは意見が対立することが増えたようだ。
六角の重臣といえば六人衆だが、その一人の平井定武は、娘の小夜が大将に嫁いですぐに離縁されている。しかし、大将は娘に手を出さず、清いままで送り返していた。小夜に次の縁談があったときのための配慮であり、そのおかげもあって平井定武はそこまで浅井家を恨んでいないようだった。
それでも、適当な嫁ぎ先も見つからないと思ったのか、この世を儚んだのか、小夜は出家して大原三千院に行くことを選んだ。六角義治が余計なちょっかいをかけたという噂もあったな。
出家の直前に、実は大将は平井親子に会っている。
密かに会いたいと大将から言われたときには困った。南近江は敵地なんだが。
しかし、わざわざ会いに来て離縁した不義理を改めて詫びた大将に、平井親子は好感をもったようだ。 さらに小夜が大原に向かうための船は浅井家が用意し、友好関係にある朽木家に働きかけて領内通過の了解をとり、大原への護衛まで出した。
そのおかげで平井定武への調略は良い感触になった。次に六角家と浅井家が戦うときには味方してくれるかもしれない。
市姫を救いに美濃に入り込んだときも無茶だと思ったが。結果的に嫁入り行列を襲った齋藤家が評判を落とし、姫を救いに行った浅井家は名を挙げた。
とても計算しているとは思えないんだが、大将が無茶をすると、結果が付いてくるな。
1563(永禄6)年9月上旬 近江国小谷城 浅井長政
最近、浅井家に仕官してきた者がいる。
名の知られた武将だが、どちらかというと妻の方が有名だ。
小谷城で面接をしたが、貧しい暮らしをしていたのだろう。解れ(ほつれ)のある着物でやって来た。
しかし荒んだ雰囲気はなく、実直そうな若者だ。
「その方、名を何と申す。」
「はっ、山内伊右衛門一豊と申します。」
仕官してきたのは、歴史では後に土佐藩主となった山内一豊だ。馬揃えのために貯金をはたいて名馬を買った妻が有名だ。
山内一豊は岩倉織田家の重臣の家に生まれ、織田信長が岩倉織田家を滅ぼしたときに一豊の父である当主も亡くなり、その後は諸国を流浪していたようだ。
「そなたは岩倉織田家の重臣の子と聞く。浅井家は織田家と同盟関係にあるが、当家に仕えたいということで良いのか。」
「はい、某はただ良い主を探しております。過去は捨てて参りました。」
過去は捨てたか。歴史では主家を滅ぼした織田家に忠実に仕えた男だ。
ずいぶん苦労をしたはずだが、それでもなお実直そうな雰囲気をまとっているのは、この者が根っこのところで良い気性なのだろう。
近習に取り立てることにした。
念のためにお市に話したら、尾張の義兄上はきっと気にしないだろうし、浅井家のために優秀な若者はどんどん召し抱えるべきだと言ってくれた。
年齢は17歳。まだ若いので、浅井の新しい農業や商業を柔軟に学べるだろう。将来は浅井の一翼を担って活躍してほしい。




