二十四 救出と出逢い
1561(永禄4)年10月上旬 美濃国不破郡 山中 お市
少しずつ前に進むが、敵は人数が多い。まだ二十人くらいはいる。
「諦めるな!」
周囲に檄をとばし、片鎌槍を振るう。
五十人くらいいた敵をかなり減らしたが、周囲の護衛も一人、また一人と倒れていく。
残っているのは十名ばかりか。
後ろや左右も少人数で多数の敵を相手しているため、こちらに来れない。
そんな中、どうにかして丹羽殿は側にきてくれた。
血糊がこびり付き、片鎌槍の切れ味が落ちている。
切り裂くことは難しいので、殴りつける。
丹羽殿が「後ろは諦めましょう」と言ってきた。
分かってはいる。私は生きて近江に行く必要がある。
しかし、後ろの守りを捨てて前方に戦力を集中すれば、侍女たちの命はないだろう。
中には長年私の面倒を見てくれた者もいる。
みな危険を承知で私に付いてきてくれた。
諦めなければならないのか。
そもそも皆を見捨てても、私が助かる保証もない。
絶望を感じ始めたとき、敵の後ろから集団が駆けてきた。
その先頭を大柄な武士と僧兵が走っている。
「どけー!」
武士が叫び、大槍を振るうと敵が倒れる。
「どりゃあー」
僧兵が気合を入れて長薙刀を振り回すと、二人の敵が吹っ飛んでいった。
すごい力だな。
二人に率いられた一団も鍛えられた武士たちのようだ。
一団の先頭にいる武士も大柄で、槍を振るう姿に迫力がある。
敵を排除し、みるみる近づいてきた。
「浅井家の者だ。助太刀致す!」
「姫はいずこに!」
大柄な武士と僧兵がすぐそばまで来た。
ああ、これで助かった。侍女たちを見捨てずに済む。
丹羽殿が答えた。
「助太刀、まことにかたじけない。姫は駕籠の中におられます。」
大柄な武士はにっと笑った。
「そうか、ご無事か。では参ろう。」
暖かくて力強い気をまとった人だな。
ドクン。いつもよりも強い鼓動を感じた。
前田利家
いや、浅井家は滅茶苦茶だな。
まさか当主とその姉が先頭に立って敵に突っ込んでいくとは。
俺も傾奇者のつもりだったが、殿の傾奇っぷりには負けたね。
だが、後ろから「かかれ、かかれ」という奴よりも余程いい。
三郎殿も前線に身を置いておられた。
家臣に体を張らせ、自分は安全なところから見ている当主など忠義を尽くす価値がない。
まつと子どもを食わせるために仕官したが、これは良い家に仕えたかもしれぬ。
実宰院
弟と並んで、敵を吹っ飛ばしながら進みます。
私の武芸もまだ錆びついていないようですね。
寺の境内でも稽古を続けていた甲斐がありました。
やはり私は読経よりも武芸のほうが向いているようです。
長薙刀は峰うちで振るいます。
一人の敵を斬るよりも多くの敵を排除するためには、峰うちのほうが良いのです。
じきに織田家の一団と合流しました。
将と思しき武士に聞くと、姫は駕籠の中のようです。
将の隣にいる若い武士も片鎌槍を振るい、奮戦していました。
んっ、若い武士?
何か違和感があります。
上背はありますが、どことなく華奢な体格、ほっそりした首、髭の剃り跡のない肌。
これは…ああ、そういうことですか。駕籠の中の姫は囮ですね。
なるほど市姫は大柄と聞いていましたが、なかなか武者姿も似合っています。
武芸もいけるようですね。
私が鍛えたら、もっと強くなりそうです。
浅井長政
織田勢の先頭にいた数名と共に駕籠に向かう。
敵は援軍が現れたことで、撤退していった。
近づくと駕籠は壊されていたが、中の女性は無事だった。
「市姫、ご無事か!」
声をかけると気丈な声で返事があった。
「ありがとうございます。私は無事です。」
俺と一緒に来た織田家の若武者が姫の手を取り、座り込んで無事で良かったと泣いている。
随分お市と仲がよさそうだが、この武士は織田の一族だろうか。
「さあ、早くここを離れましょう。」
俺が声をかけると、二人は立ち上った。
お市は噂通りの美人だった。
だが、俺の目はその隣の若武者に釘付けになった。
初めて正面から見たその容貌は圧倒的だった。
切れ長の美しい目が長い睫に縁どられている。
意志の強さを秘めた漆黒の瞳は吸い込まれそうだ。
まっすぐ通った鼻筋に涼やかな口元。
敵の返り血を浴びて、その美貌は壮絶さを増しているようだった。
「行きますよ。」
隣から姉にどつかれて、正気にかえった。
確かに早く近江に戻らねば。




