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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: スタジオぞうさん
第一章 家督の継承と織田家との同盟

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十二 清水山城の陥落

1560(永禄3)年11月 近江国高島郡 中島直親

 高島越中の本陣を目指し、我らは敵中を進んでいく。

 敵をなぎ倒していく殿の豪勇は凄い。味方は勇気づけられ、敵は怯える。

 「雑兵に目をくれるな!我らが目指すのは高島越中の本陣だ!」

 殿が叫んでいる。

 敵に組織だった抵抗はない。こちらには勢いがある。二十名ほどの近習が殿を中心に魚鱗の形になり、敵陣を切り裂いて進む。

 やがて前方に平四ツ目結の旗印が見えた。

 高島越中の近習と思しき者たちが数名向かってくるが、我らが馬上から槍を振るうと、バタバタと倒れていく。浅井の近習は強い。領内から腕の立つものを選りすぐっているからな。

 立派な甲冑の武士が馬に乗って逃げようとしていた。しかし、馬はまだ鉄砲の音に驚いた混乱が収まっていないのか、すぐに進もうとしない。

 馬に鞭を入れ、追いすがる。敵が振り向いたところに、槍を繰り出す。呆気なく敵はくず折れた。その顔には驚愕の表情が張り付いていた。この顔には見覚えがある。

 「高島越中守、浅井家の中島宗左衛門直親が討ち取ったり!」

 味方の武将たちも「高島越中を討ち取ったぞ!」と大声を上げる。

 敵は潰走した。もともと寄せ集めの軍だ。中心の高島家が崩れれば、戦線を立て直せない。

 高島越中守を討ち取るため、戦の前に噂を流して高島軍を全面に立たせ、押していると思わせておいて鉄砲隊で迎撃し、そこに騎馬武者で突入するという殿の作戦は成功した。この戦、殿はただ勝つだけではなく完全な勝利を狙っておられる。そのためには敵の主将を討つ必要があった。

 敵の足軽たちは身軽になるために武器を捨て、旗印を投げ捨て、一目散に逃げていく。その後ろを味方が追いすがる。

「足軽に構うな。敵の武士だけを追え。手柄になるのは立派な鎧を着た者の首だぞ。」

味方には、農民が主体の足軽には構わず、敵の武士だけを狙うように指示する。

 占領後には領民となる足軽は、あまり犠牲にしたくないというのが殿の考えだ。

 味方は次々に高島七頭の武士たちを討ち取っていく。


高島郡清水山城 高島七頭軍の武将

 負けた。完敗だ。今回の浅井の出兵は様子見だと高を括ったのが間違いだった。

 戦場を離脱した我らは、どうにか戦場から近い清水山城にたどり着いた。

 「開門、開門。」

 味方が大声を上げる。早くしないと、浅井軍に追いつかれてしまう。

 しかし、門は開かず、城の櫓から矢が飛んできた。

 「我らは味方だ。敵ではない。」

 必死に叫ぶ者がいるが、返事は次の矢だった。

 目をこらすと、城門の上に「丸に井桁」の旗が掲げられている。

 何ということだ。清水谷城は浅井方の田屋家の手に落ちている。

 これほどまでの酷い負けは経験したことがない。

 我らは戦意を失い、武器を捨て降伏した。


高島郡清水山城 浅井新九郎

 戦場を逃げ出した高島七頭軍も、清水山城に入ることができず、降伏した。領地まで逃げ延びた者は少ないだろう。完全な勝利だ。

 伯父上はいつか高島越中を攻める日が来ると考え、清水山城の情報を集めて弱点を探ってくれていたようだ。

 清水山城の兵の大半が出兵した隙に、首尾よく城を奪ってくれていた。戦の前に流した噂も役に立ってくれたようだ。

 俺が近習と共に清水山城に近づくと、味方の歓声が聞こえてきた。

 城には浅井家の家紋を染めた「三つ盛亀甲に花菱」の旗が翻っている。

 右手を挙げて、歓声に応える。


 今回の戦で、長政の武勇の凄みを知った。流れ矢で死ぬのはさぞ無念だっただろう。

 もしかすると長政の執念のようなものが、俺の意識を転移させたのかもしれない。俺で良かったのかなと思うが、戦場では勇猛で、家族思いの優しい青年である長政の記憶を継いだ以上、姉や弟たち、それにまだ見ぬ妻や子供たちが歴史のような悲劇を迎えることがないよう、精一杯やってみよう。

 もとの世界の記憶は欠けているが、こんなにエキサイティングな人生を送っていなかったことは断言できる。信用できない家臣も多いが、忠義を尽くしてくれる家臣もいる。転移したことに不満はない。

 これからお市の方や信長にも会えるかと思うと、ワクワクする。


 敵方の武士の多くが領地に戻れなかったことで、数日のうちに、朽木家を除く高島七頭の六家の城は残さず接収できた。

 戦国時代の戦いでは不利になった側が降伏し、そのまま領地を安堵されて家臣になることが多い。だが、それではいつ寝返るか分からないし、関所の廃止や楽市楽座もやりにくい。信長がそうしたように、家臣は基本的に城代にして、領地は大名が持つことにして中央集権化することが良いと思う。

 今回は狙い通り完全な勝利を収めたので、領地を安堵する必要はなかった。降伏した者のうち、俸禄で仕えることに同意した者は召し抱えたが、そうでない者は追放した。

 これで直轄地を大幅に増やせる。浅井は北近江二十万石の大名といっても、家臣たちはそれぞれ領地を持っていて、浅井家の直轄地はその一部に過ぎない。

 高島郡全体で七万石くらいだが、朽木家はもとの所領八千石に二千石加えて一万石とした。もともと他の六家とは仲が良くなかったようだし、領地も増えて不満はないようだった。朽木家は足利家の信頼が厚く、将軍が京から避難することもある家である。高島七頭を攻めるにあたり、朽木家と戦って将軍家も敵に回すことは心配の種だった。姉上が京極家を動かして朽木家を調略したことは、その意味でも大きかった。朽木家には領地の安堵状を出した。これで将軍家とも繋がりが出来る。

 浅井家の領地は約二十六万石となった。南近江、大和の一部と伊勢の一部を領する六角家に比べればまだまだ小さいが、今は素直に喜ぶべきだろう。

 新たに得た領地の中から田屋家に五千石、井口家に三千石、国友の野村家に千石加増した。調略に協力してくれた京極家にも千石献上したが、そのうち三百石は姉の化粧料とした。

 田屋家は久政が当主の頃はひっそりとしていたが、これから表に出て活躍してほしい。清水山城は規模こそ大きくないが、堅牢な山城だ。その城を落としたことで田屋家の武名も上がる。井口家も勇戦し、高島七頭の名のある武将を数人討って武名を挙げた。

 武名といえば、忠実に仕えてくれる中島宗左衛門が敵の大将を討って名を上げたことは、俺も嬉しかった。近習なので領地は与えられないが、いずれは重要な拠点を任せよう。

 野村直隆は、たかだか30人の加勢で千石の加増は多すぎると言ってきた。家督継承に協力してくれたことにも報いたかったのだが、実直な直隆はそれでは納得しそうになかったので、国友村は鉄砲生産に特化して、米は加増した領地で作ってもらうためだと説明した。加増した分だけ多くの鉄砲を納めてほしいと言うと、納得してくれた。

 野良田の戦いがフロックではないことを示せたと思うし、直轄地を増やし、信頼できる一族の領地を増やしたことは家中を掌握する上でも重要だ。湖北の主要な港を全て手に入れたのも大きい。



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