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長政記~戦国に転移し、家族のために歴史に抗う  作者: 象三
第一章 家督の継承と織田家との同盟
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十一 高島郡への侵攻

1560(永禄3)年11月上旬 近江国高島郡 浅井新九郎

 米の収穫が終わると、戦の季節が来る。

 家中には六角を攻めるべきだという声も多かったが、まず地力をつけるべきだと主張し、高島七頭を攻めることにした。高島郡の高島七頭は六角家の家臣ではないが、強い影響下にある。野良田の敗戦で六角家が混乱している今が攻め時だ。

 どの武将を出陣させるかだが、佐和山城の磯野員昌、鎌刃城の遠藤直経はそれぞれ六角家、斎藤家の動きに備えているので動かせない。

 今回は浅井家の直轄地と高島郡に領地がある田屋家、母の実家の井口家を中心に兵を出すことにした。信頼できる一族の者に功績を挙げてもらうためでもある。阿閉貞征など信頼できない家臣には声はかけていない。

 兵数は浅井から1000人、田屋から400人、井口から400人の合計1800人だ。浅井本家の1000人の中には、野村直隆に頼んで国友村から出してもらった鉄砲衆30名と浅井家の鉄砲足軽20名も含んでいる。

 野良田の戦では一万人強の兵士を集めたことを思えば、六角と斎藤に備えているとはいえ、兵数は少ない。

 別に準備不足というわけではない。高島七頭の兵力は多くないので大軍で押し寄せると籠城し、六角の援軍を呼ぶだろうと思われたからだ。野戦に持ち込み、六角の援軍が来る前にけりを付けるために、兵力を少な目にした。 

 また、今回は浅井の新当主の武勇を見せるための小競り合いだという噂を高島郡に流し、家中でも一部の信頼できる家臣たち以外にはそう思わせておいた。

 さらに、たいていは相手にプレッシャーをかけるために実際の兵力より多い兵力を称して出兵するが、今回は1400人だと少な目に称しておいた。

 実際には、田屋勢の半数の200名は別動隊にして、1600名で高島郡に侵入する。

 いくら高島七頭が小勢力といっても、兵数で劣る相手に籠城などすれば恥である。

 予定どおり城から出てきてくれた。名前のとおり七つの家の兵力をあわせて1500名だ。その内訳は最も大きい高島家が300名、あとの六家は200名ずつだ。

 高島家の清水谷城の少し北にある平地で両軍は接触した。

 初日は小雨が降っていたので様子見で済ませた。互いに矢を射て、相手を挑発しあうだけで終わった。高島七頭は浅井軍を追い払えれば良く、寄せ集めの軍でもあるので、積極的に打って出てくることはない。

 翌日は朝から晴れた。中島宗左衛門が嬉しそうに寄ってくる。

 「殿、晴れましたな。」

 「うむ、これで今日は決戦できる。」

 最初は前日と同様に互いに矢を射たが、前日とは違い、浅井は槍隊を前に出した。高島七頭も応じて槍隊を前に出す。

 しばらく揉み合ってから、少しずつ浅井の槍隊が押し込まれる。特に中央の部隊はぶつかる前から下がり、左右に逃げていく感じになった。敵の部隊は意気が上がり、押してくる。


近江国高島郡の戦場 高島越中守

 味方の軍が押している。

 浅井は倍の数の六角を破ったことで名を上げたが、大したことはないようだ。

 野良田ではたまたま勝ったのかもしれない。

 「者ども、かかれ、かかれ。」

 檄を飛ばし、儂の本陣も押し出していく。

 この戦の前に、高島家は他の六家を浅井にぶつけてすり潰すつもりだという噂が流れた。

 だから止むを得ず城の守兵を少なくして、我が家の軍は高島七頭軍の前の方に位置していた。

 被害が多いのを心配していたが、これなら行ける。高島家の武名を上げる好機だ。


近江国高島郡の戦場 浅井新九郎

 味方は押されている。

 敵は前に押し出してきた。旗印を見ると、高島家の軍が前方に出てきているようだ。

 よし、予定どおりだ。中央の浅井本家の軍の鶴翼の陣への移行は何とかうまくいった。戦場に来る前に何度か練習したが、最初はうまくいかなった。

 俺が軍配を振り下ろすと、足軽頭たちが「開け!」と叫び、薄くなっていた中央の槍隊がさらに左右に分かれる。これで槍隊の後ろの少し離れたところにいる鉄砲隊の射線が通る。

 「撃てえ!」鉄砲頭が叫ぶと、五十丁の火縄銃が一斉に火を噴いた。

 轟音が周囲に鳴り響く。身近で聞くと迫力のある音だ。バタバタと敵の兵士が倒れ、馬は驚いて棹立ちになる。敵の武士には落馬する者が相次いだ。

 「何だ、今の音は。」

 「雷でも落ちたのか。」

 「倒れている者がいるぞ。」

 敵軍は足を止め、ざわめいている。

まだ多くの鉄砲が戦に使われていない時期だ。五十丁の鉄砲で十分に慌てさせることができる。

 「今だ、かかれ、かかれ。」

 味方の足軽頭が叫ぶと、左右に別れていた槍隊が敵軍を左右から挟み込む。

 浮き足だった敵軍はさらに混乱する。

 さらに、敵の後方で騒ぎが起きた。

 「裏切りだ!朽木家が裏切ったぞ!」

 朽木家は戦の前に、姉を通じて京極家の協力を得て調略していた。そのことも小数の兵で出陣した理由である。京極高吉は将軍義輝の近侍だったが、義輝は三好に追われて朽木家に身を寄せることもあったので、朽木家と縁がある。姉が高吉を動かしてくれたので調略は成功した。浅井家の言葉だけでは朽木家は納得しなかっただろう。姉も戦場ではないところで一緒に戦ってくれている。


 「今だ!突撃するぞ!」

 俺は馬にまたがると、先頭に立って本陣から駆け出す。鉄砲隊も一回射撃すると左右に分かれているので、その奥の本陣の前は空いている。近習たちも馬に乗り、俺を前に出すまいと先を争って駆け付けてくる。

 心臓がバクバクと鳴っている。

 俺にとっては初陣だ。アドレナリンがドクドクと出るのを感じる。

 それでも、槍を握ると使い方は自然と分かる。この体が覚えている。

 人質だった頃、六角家の当主は名君の定頼だったから長政は学問や武芸を学ぶこともできた。

長政は浅井家の弱さ、自分の弱さが悔しくて、幼いときから武芸の稽古に打ち込んでいた。

 間もなく接敵する。俺も近習も速度を落とさず、濁流のような勢いで敵に乱入する。

 間近に金属のぶつかる音や叫び声が上がる。戦場では生と死の境は薄い。

 俺も馬上から槍を振るう。槍をどう動かせば良いか考える必要はない。体が自然に動く。

 敵の槍を跳ね上げ、兜に槍を叩きつけると、それで敵の武者は落馬する。

 長政の槍は体格にあわせた特注の剛槍だ。並みの者では打ち合うことも難しい。槍を深く刺すと抜けなくなるので、長政の膂力りょりょくなら叩いた方が良い。

 そんなこともすべて、この体が覚えている。

 前方の敵をなぎ倒しながら進むうちに敵は怯え、道が開け始める。

 凄い、これが江北の麒麟児たる長政の実力か。

 落馬させた武士には味方の足軽が群がる。武士を討てば手柄になるので、皆必至だ。

 近習たちと俺は、さらに敵陣深くに踏み込む。

 味方は押している。敵は鉄砲で混乱したところに朽木家が裏切り、さらに騎馬隊に突入された。

踏みとどまって戦う敵を討っていると、たまらず逃げ始めた。

 「追え!逃がすな。」

 味方の武将たちが叫ぶ。

 これで勝ったな。戦で最も被害が出るのは逃げるときだ。敵に背中を見せると、討たれるリスクは格段に高まる。


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