十 新たな人材の登用
明けましておめでとうございます。
昨年は思ったよりも多くの方に拙作を読んで頂き、ありがたく思っています。
今年もよろしくお願い致します。
1560(永禄3)年10月下旬 近江国高島郡 浅井新九郎
黄金の稲穂が秋風に揺れている。
収穫が済んだ田んぼでは、稲束が木の枠に干されている。
今年はまずまずの収穫のようで、民の顔も明るい。
当主になってから、まずは領内を見回ろうと思い、あちこちに出かけている。
村によっては早くも収穫を祝う秋祭りをするようだ。
しかし、俺が戦に負けると、この農村も敵に蹂躙されてしまう。
大名というのは重い責任を負っているんだなと思う。
領内を巡回するのは、領地の様子を見るためでもあるが、人材登用のためでもある。
有為な人材の登用は必要なことだが、楽しみでもある。もとの世界で歴史シミュレーションゲームをするとき、人材を集めることこそ醍醐味だと思っていた。
さあ、史実武将を探しに行こう。
10月下旬 近江国浅井郡増田村 増田仁右衛門長盛
浅井家の若き当主が新しい家臣を探している。
その知らせに私の周囲も沸き立っていた。野良田の戦いで六角家を破った新九郎様は領内では人気者だ。
今日はついに、その若殿がうちの村にお出ましになる。
村の領主の館の前には近隣の村からも地侍の子など若者が集まっている。
私はそれなりの知恵者だと自負しているし、槍もそれなりに振るえる。だが、後ろ盾になってくれるような縁戚などはいない。血筋が重視される時代だ。元服はしたが、未だに良い仕事には就けていない。 今回、出自は問わぬというお触れだったので来てみたが、さてどうだろう。
まずは武芸だ。
広場に集まり、それぞれが木剣や先を丸めた槍を持ち、振るってみせる。
若殿と近習の方たちがご覧になり、これはと思われた者は声がかかり、声がかかった者たちで模擬戦をした。若殿は噂に違わぬ長身だ。涼しい目をしておられる。隣にいるのは側近の中島宗左衛門だろう。
私もお声がけをして頂き、模擬戦でも勝てた。これまで、それなりに武芸は磨いてきた成果だ。
次に、領主の家の広間で面接が始まった。
私の番が来た。
「次の者、名は何と申す。」
「はっ、増田仁右衛門長盛と申します。」
なぜか若殿が目を瞠って、私の顔を見た。どうしたのだろう。そんなに変わった名前でも顔でもないと思うのだが。
その後の問答は無難にこなせたとは思うが、結果はどうなのだろう。結局は家柄が重視されるのだろうか。面接を終えた者は領主の家の前にたむろしているが、某は重臣の誰それの甥だなどと自慢している者もいる。
集まった者がすべて若殿にお目通りし、しばらくした後で領主から呼ばれた。
領主の屋敷の奥座敷に案内されると、若殿が側近と共におられた。
「そなたは知恵があり、武芸もできるようだ。」
驚いたことに側近ではなく若殿からお声がかかった。
「俺の近習として仕えてくれないか。」
「ははっ、ありがたき幸せにございます。」
何と、出自を問わずに登用するというのは本当だったのか。私の他にもう1人声がかかったが、その者も家柄は良くない。
ようやく運が向いてきたようだ。
10月下旬 近江国浅井郡三川村 浅井新九郎
先日は、増田長盛を登用できた。長盛の出身地は尾張という説もあったが、近江にいてくれて良かった。
自己紹介を聞いたときには興奮した。有名武将を家臣にできるのは、やはり心が浮き立つ。
秀吉の五奉行の一人として石田三成や長束正家と共に活躍した武将だ。
それに、長盛は内政特化型が多い五奉行の中にあって珍しく戦も得意だった男だ。文武に活躍することを期待している。
近習に取り立てて、内政の評定にも顔を出してもらおう。
今日は浅井郡の別の村に来ている。
こちらでも事前に領主に依頼して、近隣の若者を集めてもらっている。ただしターゲットは12、3歳のはずなので、小姓の候補を探していると伝えておいた。
順番に自己紹介をしてもらうと、ここでも目当ての少年がいた。
その名は田中吉政。後に秀吉の信頼を得て、岡崎城主や柳川城主になった人物だ。
高島郡田中村の出身という説もあったが、浅井郡にいた。
確認すると12歳で元服前だったので、事前の説明どおり、小姓に取り立てることにした。
小姓として雑用をこなしてもらいながら、浅井の内政について勉強してもらおう。
長盛も吉政も将来性のある優秀な若者だ。
しかし、現時点で発掘できそうな史実武将はこの二人くらいだ。
北近江は人材の宝庫といってよいが、藤堂高虎は五歳、石田三成と渡辺勘兵衛の二人が生まれるのは二年後だ。大谷吉継に至っては生まれるまで五年待たなければならない。じれったいが、こればっかりは時が来るのを待つしかない。
領内を回って集めた近習や小姓の中から人材が育ってくれることも願っている。歴史に名が残っていなくてもチャンスがあれば活躍できた人もいるはずだ。
史実武将では、内政担当の家臣として三成の父の石田正継と小堀遠州の父である小堀政次を登用した。子どものほうが有名な二人だが、内政には確かな手腕を発揮している。
あとは領土を拡大して、他領にいる人材を獲得したい。勢いがあるとなれば、各地を流れている人材が仕官してくれることもあるだろう。
野良田の戦いで傷を負った者もだいぶ復帰してきた。近習も増やしたし、そろそろ次の戦だ。