候補から外れましたが、結婚です。
「どうやら、わしは息子をここまで愚かなことはしないだろうと甘く見ていたようだな」
「おや、これはオズワルド陛下」
グイードの言葉に割って入ったのは、今まで不在だった国王オズワルド。グイードは涼やかな顔をしているが、ルドウィックやほかの面々は焦りを見せている。
勝手に国王の名の下で断罪の場をつくり、本人不在の中で証人としているように命じられていたのだから。
「ち、父上!?」
「どうやら私の名前で勝手に大臣たちを招集していた挙句、帝国の次期皇帝をつまらないことで愚弄していたようだな」
「しかし、このものは……――!」
「黙れ。お前も帝国との繊細な事情を知っておるだろうが」
突然現れ、国王に一喝されたルドウィックはその言葉に黙らざるを得なくなった。
たしかに今は王国との戦を起こしてない。しかし、子のいない老皇帝に側近たちを抑える力があるかどうか。次期皇帝と目されているグイードは血筋が近いとはいえまだ若い。その彼を旧来の側近たちがどう思っているのかなどというのは、他国を見ずとも自国を見れば十分だろう。
グイードは二つの目的をもってここにおり、そのうちの片方は王国の後ろ盾を得ることだった。
「帝国で暴走を止めることができるのは、彼しかいないのも知っておろうが」
「ですが、それとこれは別の話で……――!!」
「つくづく残念な奴だな。そもそも彼が最初なんと言ったか、忘れているようだな」
「……――――!」
父親に指摘され、自分がしでかしたことを思いだしたルドウィック。
「私に会いに来たと。そして、私がいるはずの場所、すなわちここに来たが、お前しかいなかったと」
国王の言葉にまさにその通りだと頷くグイード。ことの壮大さにあっけにとられているほかの王族や大臣たち――エマンズル公爵家の三人以外はこの二人の成り行きを見守るしかできなかった。
「ルッフェンドル公子は私に帝国内で起こったある事件の報告に来てくれた。だからこそお前ではなく私に会いに来た」
「ごもっともです」
「しかし、帝国内の事件で我が国に関することって、いったい……?」
ようやく冷静になった王太子はそっと尋ねるが、国王に呆れた目で見られた。
「我が国に報告に来たということは王国もかかわる事件。帝国内で起こり、王国にかかわりそうな事件ということは」
「王国のだれかがかかわっている……そして、最近、いえ、近年起こった事件といえば――――まさか」
国王の促しにハッと気づいたのは王太子だけではない。この場にいるエマンズル公爵一家以外は三人のほうを、エマンズル公爵一家はグイードを見る。
「ええ、あの事件の真相をお話に参りました」
ちょうどよかったと破顔するグイード。
「あのときになにがあったか、つまびらかにするときが来ましたね」
すべてお話しさせていただきます。
そう事件の被害者であるシャルロッテに一礼して話しだす。シャルロッテもあの事件の真相をこの場で公にすることについて、異論はなかった。
「二年前、毎年行われる和平条約確認のために帝国を訪れていらっしゃったエマンズル公爵とその娘シャルロッテ嬢は、いつも通りにこの儀式を終えました。そしてその晩には夜会が開かれたのですが、その直前にシャルロッテ嬢がさらわれたんです。当然、我が国の大事な客人、皇宮の隅々まで探してみましたが彼女は見つかりませんでした。しかし、最終的には帝都のある廃屋敷に監禁されたところを保護いたしました」
そこまで一気に言ったグイードは当時のことを思い出していたのか、震えていたシャルロッテの肩を抱く。
「あなた方がどういう聞き方をされているのか知りませんが、彼女は至って無事でしたよ。むしろ彼女は勇敢で、見張り役の男を気絶させて逃げようとしたぐらいでしたからね。礼儀作法や語学、歴史、音楽のような社交界で必要なことだけでなく、体術まで学ばれていたとは未来の皇妃にふさわしいですね」
彼の言葉にざわつく大広間。
国王とエマンズル公爵家は事実を知っていたから驚かなかったものの、ほかの人は例の“噂”を信じ切っていたために、まさかという顔をする以外にできなかった。
「今日報告しようと思っていたのはその黒幕が公爵家の一つ、アインシュバッハ家だったということです。当時、すでに王国との交渉役を任されていた私を廃そうとしていたようですね」
もちろんきっちりと処分は受けてもらいましたよ。
にこやかに言われたグイードの言葉にだれしもが戦慄を覚えた。しかし、ルドウィックは別のことを考えていたようで、それに気づいたグイードはにこやかに尋ねる。
「そういえば、ルドウィック殿下はそこの娘と結婚したいんでしたっけ?」
「いや、それだが、やっぱりシャルロッテと結婚したいなって――――」
「なんで!? なんであの女を選ぶの? ずっと私がいいって言ってくれてたよね!! それに、あの女のことが嫌いだって言ってたじゃない!」
突然の心変わりをした王太子と、自分の立場を保証しようと躍起になるアリアナ。
どちらにも醜さしか覚えなかったシャルロッテだが、それはほかの人たちも同様で、とくにルドウィックの父親であるオズワルドは頭を抱え、唸るように王太子を叱る。
「やはり頭が悪いな。エマンズル公爵令嬢は自己を封じてまでお前に尽くしてきてくれたのに、お前の言動の数々でこのような目にあっているんだぞ! それをいまさら結婚するだと? お前は国王となる資格なんぞない。アリアナ嬢とともに市井で暮らせ」
国王からの宣告にそれ以上言葉が出なかったルドウィック。アリアナは贅沢したかったのにぃと嘆くが、だれからも助けはなかった。
「それに比べてエマンズル公爵令嬢、この度は不肖の息子で申し訳なかった」
「いえ、わたくしも出すぎた真似をしてしまったので、このような事態を引き起こしてしまいました。まことに申し訳ございません」
シャルロッテは国王からの謝罪にわたくしもですと言って、頭を下げる。そんな様子にグイードは強引に自分のほうに注目を浴びせる。
「では、彼女との結婚を許可していただいてもよろしいでしょうか?」
突然の宣言に驚く一同。さすがのシャルロッテも凝視してしまった。しかし、グイードは彼女の手を取り、にっこりと笑うだけだった。
「そうだな。たしかにあの事件の黒幕を暴き、彼女がルドウィックの妃にふさわしくないと判断したら、構わないと約束していたな」
オズワルドもシャルロッテの父親、エマンズル公爵も頷く。
『ルドウィックの妃にふさわしくない』。それは、彼女の能力が低いだけに限られることではない。ルドウィックのほうに瑕疵があった場合でも、この条件は適用される。
「ええ。ですから、迎えに来たんです。こちらの動向は数か月前から探りを入れていましたので」
「やはりお前は侮れないな。油断していたら建国以来最大の敵になりそうで怖いな」
「それはこちらのセリフですよ、あなたがエマンズル公爵閣下をなかなか冷遇されているから、こちらの計画が思うように進んでいるのかわかりゃしませんでしたよ」
「すまない。ルドルフが、いやエマンズル公爵がどうせ不作にあえぐ領民の税金を軽くしたことなんぞほかの貴族に伝わらんだろうから、自分を悪者にしてくれて構わないって言ったもんで、ぼんくら息子とともにそれに便乗する奴は掃除してしまおうと思ってな。公爵令嬢には大変肩身の狭い思いをさせてしまった」
エマンズル公爵家の不正が出てこないのも当然。彼は不正など行ってないのだから。
グイードとオズワルト王のやり取りに今までの出来事がすべて彼らの掌の上で転がされていたことに気づいた一同は、この青年に対して圧倒的な恐怖しか覚えなかった。王太子はすでにグイードにかなわないと判断したのか、なにも言うことはなかった。
「しかし、エマンズル公爵令嬢をグイード殿下の妃に出すっていうことは、彼女は未来の皇妃……――」
誰かがそうつぶやいた瞬間、アリアナはふざけるなと言ってルドウィックが佩いていた短剣を鞘から抜き、シャルロッテのほうに向かってきたが、グイードの侍従によって、取り押さえられた。
「お前が皇妃だと? ふざけるな! お前は私からなにもかも奪った! なんで、お前だけこんな贅沢が許される!? お前だけが贅沢するなんて許さない!!」
彼女は叫んだが、シャルロッテもエマンズル公爵夫妻も、グイードやオズワルト王も彼女を擁護しない。憐憫の視線さえも彼女に向けられることはなかった。
地下牢に連れて行けというオズワルト王の静かな命令に近くにいた衛兵たちが、アリアナを連れていく。
「重ね重ねこちらの不手際で申し訳ない。今後なにか埋め合わせはさせてもらう」
「いえ、シャルロッテ嬢も大事に至りませんでしたので。お気遣いありがとうございます」
嵐が去った大広間には先ほどまでとは一転、和やかな雰囲気があった。グイードが一礼すると、シャルロッテも小さく頭を下げた。
流れは逆になったが、シャルロッテがルドウィックの婚約者候補という話は白紙となり、グイードとシャルロッテの婚約が成立した。
本来ならば公爵令嬢という立場上、隣国への輿入れにはたいそうな行列を作っていくが、今回はグイードもシャルロッテもそれを望まなかった。
なにも知らない民衆は彼女たちの門出を祝うだろうが、自分を悪く言っていた貴族たちの顔を見たくないというのが本音だった。それに国王もエマンズル公爵も同意し、今回は国王と公爵がミリニア帝国に赴くという形で収まった。
「やはりあなたには嫌われてしまっていたようですね」
二人の婚礼直後、居室近くの庭園の四阿。
シャルロッテは火照った体を覚ますために夜風にあたっていたところを、夫にそう言われてしまった。
「申し訳なかった。私もあの男と同じことをしてしまいました」
彼が頭を下げたからあわてて駆け寄り、手を握った。
「いえ、私は嬉しかったのですよ。グイード様にもう一度お会いできて。覚えていらっしゃいます? 十四年前のことを」
「ああ、もちろんだ」
シャルロッテの言葉にグイードの顔が赤くなる。
「私、その時からずっとグイード様のことが好きだったんです。だからあの晩もあの日も求めてくださって、すごく嬉しかったんです」
彼女の言葉にそうだったのかと肩をなでおろすグイード。
「じゃあ、また一緒にダンスを踊ってくれないか」
「ええ、もちろんですわ」
二人は満天の星が輝いている夜空をバックに手を取り、無音の中、踊り始めた。おとぎ話のように――――