第三話 異世界転生した従者は商業ギルドへ行く
次の日。ロルフは横で眠るレリーナの間近な顔が目の前にあり、まじまじと目を見開いて目を覚ます。
「ここで記憶が蘇っていたら…はは」
『従者の分際で!なんっっで隣で寝ているのよ!破廉恥なっっ!』
と、顔を真っ赤にしてグーパンチが飛んでくることだろう。
(それもいいかな…)
ロルフはレリーナの寝起きの反応を楽しみに、そのまま頬を撫でレリーナの起こそうとする。触れた頬はもう熱くない。一晩で無事に熱も下がったようだ。
「ん…」
「おはようございます。レリーナお嬢様」
ニコニコと全く悪びれずにロルフがうっすら目を開け目を覚ましたレリーナにそのままの距離でおはようの挨拶をする。もちろん、従者モードでだ。
「…おはよう。ロルフ」
ピシリとロルフが固まる。照れたように微笑むも、拒否感がまるでない。横で恋人が寝ているのは当然と思っている反応だ。これは、記憶は失われたままだ。
「…具合はどう?何があったかは覚えてる?」
労わるように優しく頬を撫で、額にかかる髪を退け心配そうに顔を覗き込む。瞬時に恋人モードへ切り替えた。
「もう大丈夫よ。私、熱を出してしまったのよね…?心配をかけてしまってごめんなさい…」
無抵抗に髪をかき上げるロルフの手を止めもしない。少しくすぐったそうに目を閉じるも、しっかり愛おしそうに恋人へ向ける目でもう大丈夫だとアピールするようにロルフを見て朗らかに笑った。そして、心配をかけたことを申し訳なさそうにしてしゅんとする。
甘々な恋人のやり取りでしかない。
(洗脳?俺、洗脳してる?)
少しばかり動揺するも、恋人モードで対応を続ける。ロルフにとって、好都合でしかないからだ。罪悪感など、投げ捨てる。記憶を取り戻した時にボコボコにされるのをわかっていても、このチャンスを不意にするつもりはない。
そっと抱き寄せ、ぎゅうっと抱き締める。
「レリーナ…君が無事で本当によかった。リー…またルフと呼んで」
「ルフ…」
ああ、レリーナがロルフを受け入れ背に腕を回してくれる。顔を撫で、目を見つめて愛称で呼び、愛称でまた呼んで欲しいと強請るとなんの抵抗もなくルフと呼んだ。ルフなんて呼び方一度もしたことがないのに。
吸い寄せられるようにお互いが顔を近付け唇に口付けをした。
ちゅっ――
(……――しまったぁぁ!!)
うっとりと口付けをし、ゆっくり離してお互い微笑み合うも我に返る。もちろんロルフがだ。
朝一の無防備全開の姿で、それもベッドの上で恋人と思ってこちらを目を潤ませ見つめるレリーナを前にして、愛称を呼び合い受け入れ態勢で目を閉じられて口付けしないなんて自制心があっても無理だろう。
パッと離れるとキョトンとした顔のレリーナ。また思わず軽くチュッと口付けをし、違う。となり、体を離す。
「病み上がりの奥さんをこのまま押し倒すことはできないからね。今日は新しい馬車の手配と荷物の回収をしてくるよ。リーは大人しく寝ていてね」
起こしてごめん。と、また今度は額に口付けをした。自制心が一応仕事したようだ。もう後の祭りだが。
「ふふっ、わかったわ。気をつけて行ってきてよね。…ルフ」
(あ、お嬢様っぽい反応…)
『気をつけて行くのよ!失敗は許さないんだから!』
男爵令嬢への嫌がらせの命令をする時、よく言っていた。何気なく気遣いがあるのだ。まぁ、内容は全く気遣いもないとんだ命令の数々であったが。
中身が変わったわけじゃない。公爵令嬢として生きて身につけた己を守る為の虚勢やプライドが也を潜めただけで、ツンデレは健在のようである。
思わずレリーナの頭を少し雑にくしゃくしゃと撫でつけ、ベッドから降りて身支度をする。
忘れないように昨夜の食器も手にし、扉を開ける。
「またすぐ帰ってくるから。…いってきます」
「早く帰ってきてね。行ってらっしゃい」
振り返り、いってきますと言うと、ベッドの中から行ってらっしゃいと返してくれる。なんだこれは。新婚か。そうか、夫婦設定か。
トトトトト――
「おはよう!女将さん」
「ロルフ!嫁さんの具合はどうだい?よくなったかい?」
下へ降り、すぐに女亭主へ声をかける。
随分迷惑をかけたが、女亭主はただただレリーナの心配をしてくれている。有難い。
「ああ、熱は無事下がったよ。パン粥もありがとう。助かったよ。これ――あと悪いけど、また朝飯を運んでやってくれないか?俺はこれから馬車の手配を頼むのに商業者ギルドにちょっと行ってくるから、帰ったらまた声をかけるよ」
「あいよ。しっかり料金はもらってるんだ。気にしなくていいよ。あんたはそんなに動いて平気かい?無理すんじゃないよ」
「ありがとう!奥さんの為ならこれくらい平気さ。じゃ、また後で」
「気をつけておいきよ〜」
追加で金を渡してレリーナの様子を見てくれるように頼む。食事もだ。昨夜のパン粥の皿をそのまま女亭主へ渡し、軽く手を振りそのまま目的の商業者ギルドへとロルフは出かけていった。
商業者ギルドとは、商業を始める者達が必ず登録しなければならない役所である。村ができたら簡易でも冒険者ギルド、商業ギルドを作らなければならない。他にも様々なギルドがあるがどこへ行こうと必ずあるのはこの二つ。なので、街になれば必ず一つあるのが商業ギルドだ。
「次の方、お待たせしました。こちらへどうぞ」
少し朝であった為に少し並ぶも、まだ動き始めるには早い時間であった為に少しすれば窓口に立つことが出来た。
「ご用件をお伺い致します」
「ロルフです。お金を引き出したいのとグルリー商会に連絡を頼みたいので、手紙を飛ばしてもらえますか?」
ギルドカードを提示し、用件をすぐに切り出す。
「かしこまりました。まずは、こちらに引き出したい額をご記入ください」
すぐに金額を記入する用紙を手渡され書き始める。
その間にギルドカードを受け取った職員が手早く確認をする。
「グルリー商会…会長のロルフ様ですね。手紙は職員に代筆させますか?」
「そうだな…いや、自分で書くよ」
口頭で言えば職員が商業ギルド同士を繋ぐ連絡網を使い、簡単な伝言を伝えてくれる。グルリー商会のある商業ギルド経由で伝わるというシステムだ。
ただ、馬車の手配だけでなく、細々した物を頼みたいので代筆を頼まず自分で受注した方が早い。代筆を断った。
「かしこまりました。お金のご用意にお時間頂戴しますので、お待ちの間にこちらの別室で手紙をお書きになりお待ち下さい。別の職員がすぐにご案内致します」
「ありがとう。そうさせてもらいます」
間を空けず、男性職員が近付いてロルフに会釈する。
「ロルフ様、お待たせしました。こちらです」
こちらの方を別室へ案内お願いします。とすぐに窓口の女性職員が男性職員へ指示を出し、案内係らしい男性職員がカウンター内からこちらへと回ってきたのだ。ほとんど待っていない。
ここからは先程の女性職員からこちらの男性職員が案内してくれるようで素直に従った。
男性職員の後を追い、別室まで歩く。
冒険者ギルドと違い、お客様第一の商業者ギルドな為、物腰が低く冒険者ギルドと比べてかなり職員の質がいい。対応がとても迅速丁寧である。
「では、しばしこちらでお待ち下さい。手紙はそちらの便箋をお使いください。封はこちらのボックスにございます。すぐに指定額をご用意しお持ち致しますので、一旦失礼します」
すでにデスクの上にはペンと便箋が用意されていた。契約などをする部屋だからだろう。
黒い箱の中には封セットが置かれていた。
「案内ありがとうございました。よろしくお願いします」
丁寧に男性職員が腰を折り曲げ、扉から出ていく。
まるで執事だ。
「さて――商会に何を頼むかな」
グルリー商会とは、ロルフがレリーナと暮らすために用意した、一からロルフが立ち上げた商会である。
ロルフには前世の記憶があった。日本でごく普通に生きていた記憶がある。レリーナが没落貴族になることも国外追放になることも産まれる前から知っていた。いや、予想していた。
本当にそうなるかまではわからなかったからだ。異世界転生といえば、乙女ゲームの世界へ異世界転生するよくある小説のパターンなのではないか――と思っただけなのだ。他にも異世界最強になるチート異世界転生のパターンもあるが、公爵令嬢が初期から登場するのなら前者かな、と。
公爵家に代々仕える従者の家に生まれ、まだ3歳くらいの時に奥様のお腹に子供がいることを教えられ、これからお前はこの方に仕えるんだと今世の父に育てられた。
すくすく育つお嬢様を見て、悪役令嬢じゃないか?と思うのは自然なくらいだった。真っ白な綺麗な肌、大きな紫の瞳のツリ目、黒に近い濃い紫の髪色をした豊かな髪。悪役顔のキツい美人になると予想できる美少女であったし、幼少期から面影があったから。
それに身分が公爵となればピンとくる。
よくある設定に近い登場人物達。なんのゲームなのかなど乙女ゲームをしたことがないロルフはわからなかった。読んだことのある小説かもしれないと思ってもどの小説かも不明であった。
だが、既視感があった。一々、タイトルも物語の細かな設定、国名なんてのは覚えていない。ただ、レリーナという名の悪役令嬢がいる小説を読んだことがあると思っただけだ。男爵令嬢に婚約者を奪われ断罪され身分剥奪の上、国外追放――家は没落。前世ではよく聞くストーリーだった。
だから、ずっと準備していた。よくある悪役令嬢を従者が更生させる物語かと思い、色々するも物語の強制力があるのか、性格も可愛らしいが高飛車はそのままだった。なので悪ノリして付き合った。これはこれで可愛いと思っていたからだ。
男爵令嬢へのいじめや仕返しも、犯罪スレスレのものは実行犯のロルフが馬鹿をし全て失敗しているので可愛らしいものばかりだ。
予想していた中で案の定、学園入学の頃に男爵令嬢は現れたし、卒業の頃に思った通り断罪イベントが行われた。ただ、思っていた頭お花畑の男爵令嬢とは違い、あざとい相手であったのだが。単なる醜い女の戦いであった。一応ヒロインと思えるピンクゴールドの髪色に桃色の瞳と、髪がピンクという定番の可愛らしい容姿はしていた。
ちなみに第二王子はザ・王子様の金髪に青色の瞳だ。
俺は茶髪に茶色の瞳で平凡色だが、第二王子より高身長のイケメンだ。
これはもう、決まりでしょ。と思ったね。
だから、ずっと公爵家の没落回避や、断罪イベント回避の為に動きつつも没落後の国外追放にむけても行動していた。
その一つが身分剥奪後のレリーナの身分証を作ること。その後の生活の為に金がいると思い商会を使ったのもだ。前世の知識を活かして商人になるという小説も沢山読んでいた。商会を立ち上げるのに公爵家の力を借り、せっせと用意した。
グルリー商会が大きくなり、公爵家も安泰と思われたのだが、王族に目をつけられてしまった。むしろ、公爵を万全にしようとロルフが動き過ぎた為に力を付けすぎた公爵家を潰そうと一丸になって王族と第一王子派閥や驚異に感じた寝返った第二王子派閥にやられてしまうことになった。四面楚歌だ。俺のせいかな?
物語の強制力が働いたのだから仕方ない。
グルリー商会はあくまで後ろ盾が公爵家であっただけであり、王族も後ろ盾に名乗りを上げて断る商会などない。当然受けた。だから、公爵家が没落しようとグルリー商会は無事であり、王族御用達の大商会へと一発屋から登り詰めた。
売ったのは定番の日常品だ。そして、魔道具。更に娯楽に音楽だ。
まずは小説でもお決まりのシャンプーを売った。ただし、技術なんてないので知識だけを売り物にした。売った金で百均でもあるような便利道具達。色々作った中でピューラーが当たった。シャンプーよりも一時的にだがかなりの利益になった。消耗品のが後々もずっと金を産むがピューラーは制作もグルリー商会だった為に専売特許になった。
そこから魔道具に手を広げ髪を乾かすドライヤー、冷風も温風も自在の扇風機、物が腐らない保蔵庫、全てこの世界にはまだなかった物達。ああ、当然のように魔法のある世界だ。
言ってしまえば前世の小説で出てきた品々をモロパクリしただけだ。ピューラーはたまたまだ。
予想より音楽が凄かった。前世で流行った曲をこちらで売り付けるだけで凄い金になった。こちらの世界にも特許があったからだ。吟遊詩人の所属する音楽者ギルドへも登録した。さすがにプロデューサーまではしていない。世界観ぶち壊しだろうな。
まぁ、そんなこんなで今は莫大な金がある。隣国に家も用意していて、使用人もすでに待機させている。
使用人はレリーナも気心知れた者達だ。公爵家の使用人を引っ張ってきた。引き続き雇われる者達以外の溢れた者は採用するように手配済みであり、ロルフの祖父である執事はレリーナの両親である公爵と奥様とお家再興の為に残るが、次代の執事予定であったロルフの父はグルリー商会の代理会長に就いてもらった。
だから、変わらずの生活を送ってもらう予定ではあった。ただし、身分だけは変わる。
レリーナの身分証は『レリーナ・グルリー』
会長夫人としてグルリー商会が発行した身分証であった。