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第一話 悪役令嬢、国外追放される道中で記憶喪失になる

「……――よって、レリーナ・グルッセル公爵令嬢との婚約をこの場において破棄とする――!そして国外追放とする!」


 この日、学園にて大々的に婚約破棄が行われ、一人の元公爵令嬢が一人の従者だけを連れ、国外追放された。




「〜〜ッ!!我慢ならないわっ!なんっで付いてくるのが貴方だけなんですの?!私はっ!公爵令嬢ですのよ?!それも、第二王子派閥筆頭のグルッセル公爵家令嬢!最大派閥の令嬢が!こんなのおかしいですわっっ!」


 レリーナの嘆きは、実際その通りなのだ。

 本来なら、学園で少しばかりお痛をしようと公爵令嬢が国外追放になどならない。

 つまりは、陰謀があったということだ。まんまと策にハマり、敗北した。それだけのこと。


 だが――従者はのらりくらりと返事するに留める。


「はは、人望のなさからですよ。お嬢様」


「なッ――クビよっ!主人になんて口を聞くのかしら!」


「またまた〜俺までクビにしたら生活できないでしょ」


 もうステージからは降りたのだ。これからの生活のことを考えなければならない。

 防げなかった、いや半ばからは防ごうとせずにあえて傍観していた従者は、こうなることを見越し既に色々と準備を進めていた。


「なんて生意気なのっ!それにしてもなんなのよ、このボロい馬車は〜!!」


 ボロい馬車と思っているのに、そのボロい中で地団駄を踏むのは自殺行為じゃないか?壊れるぞ。と従者は思うも口にはしない。


「着の身着のままほっぽり出されるよりいく分にはマシでしょ。よかったですね?老いた馬でもボロ馬車でも歩きでしたら今頃もっと悲惨でしたよ。公爵様の温情があってなんとか移動には困らずに済んでますよ」


 この馬車も本当は従者が用意したものだ。馬や馬車を与える程の余裕は、没落した貴族にはない。あえて中古の馬車を用意したのだが、見た目程、実は乗り心地は悪くないのだが――。


「〜〜!!ふざんけんじゃないわよっ!」


 こんな馬車に乗ってるということがそもそも気に食わない様子だ。乗り心地なんて関係ないのだろう。


「はは、今から下町の人間に溶け込むための喋り方の練習ですか?や〜前向きですね」


「ほんとっっ!なんでよりにもよってこんな生意気な従者が一人だけなのよ!!」


 ボロ馬車とは言え、平民からしたらこれでも立派な馬車だ。何度も修理され重宝して使われること間違いなしである。


 それでも、第二王子の元婚約者であった元公爵令嬢は追放されてる最中もずっとこの調子であった。


 市井で育った男爵令嬢が引き取られ学園に入学し、第二王子が心を奪われた。婚約者であったレリーナは男爵令嬢に嫌がらせをし、やり返され、第二王子を取り合って、負けたのだ。


 第一王子派閥がここぞと乗っかった。政治にまで及んだこのいざこざで第二王子派閥筆頭の公爵を排除すべく動きに動き、ついにはグルッセル公爵家が没落。第二王子は自ら王妃にできない位の男爵令嬢を妃にすると公言した。


 これにて、長い不安定な情勢が幕を下ろした。公爵令嬢が一人国外追放になっただけでこの結末。まずまずと言えよう。御の字だ。最も血の流れない方法で第一王子と第二王子で真っ二つになっていた派閥問題が、第一王子が次期国王と確立することで落ち着いたのだから。王太子殿下万歳。


「――これからは平和ですね」


 従者がひと仕事終えた達成感を感じつつ呟いた言葉にまたレリーナが反応し激怒するも、従者は変わらずヘラヘラと笑って受け流していた。



 ガタンッ!



「――!!」


「ッ――きゃぁぁぁ!!」


「お嬢様!!」


 走行中の車輪がいきなり外れ、そのまま支えを失った馬車が左に大きく傾き、崩れるようにレリーナを乗せた荷台部分が地面へと叩き付けられた。


 馬が引きずってしまっては中にいるレリーナが危ない。すぐに中の様子を確認したい逸る気持ちを抑え、驚く馬をすぐさま落ち着かせるのを優先する。


 その僅かな時間で従者は気付く。はかられた、と。

 これは、従者諸共レリーナをこの機に暗殺してしまおうと男爵令嬢が動いたのだと。タイミングが実にいいのだ。

 本来のルートならばちょうどこの時間、この馬車は崖を通る頃だ。


 馬車に細工がされていたのだろう。自分で手配したからと油断した。老朽化し壊れたのではない。何度も修理を繰り返している馬車が軋むことすらなく突然車輪だけが外れるなど。軸が割れるでもなく弾け飛ぶなどない。おそらく崖を通る頃に壊れる計算で車輪部分が破損するように細工されていたと考える方が自然だ。


 幸い、従者は王族が予想するであろうルート通りには向かってはいなかった。だからここは崖でもなんでもない。だだの平坦な道だ。だが、崖下へと馬車諸共従者共々レリーナが引きずり落とされることはルートを変えたことで奇跡的に免れはしたが、平坦な道であろうとレリーナは地面へと叩きつけられることになった。まだ囲われているとはいえ落馬と同じこと。破損した馬車板で怪我をしたかもしれない。スピードは出していなかったが頭の打ちどころが悪ければ最悪死ぬこともある。


「ご無事ですか?!」


 馬を落ち着かせ手網を切り離すとすぐさま従者はレリーナの無事を確認すべく行動に移る。大破した板を退けレリーナの安否を確認する。幸い下敷きになることもなく気を失っているが血を流すような大きな怪我は見受けられない。息もある。


「頭を打ち付けられたか…お嬢様!レリーナお嬢様!」


 従者は冷や汗をかくも、意識がすぐ戻ることに期待し声をかける。


「――……うぅっ」


「お嬢様!あぁ、よかった…」


 意識を失っていたもののすぐに呻き声を上げたことで、軽い脳震盪であったかと安堵する。


「お嬢様、失礼します。おそらく脳震盪だと思いますが、吐気などありませんか?」


 コブができていないか、頭に手を添える。少し腫れがある。発汗していないかなど様子がおかしくないか見るのに顔を覗き込み、意識がハッキリしているか確認を繰り返す。強く肩を打ち付けられただろうが脱臼はしていない様子。馬車が大破した中でこれ程の軽傷で済んだのは奇跡だ。


「…吐き気?いえ、ないわ…」


「そうですか。よかった。いつもならここで触れることへのお怒りがあってもいいのですが…そんな元気もさすがにないですよね」


 状況が飲み込めてない様子で素直に質問に答えるレリーナにいつもの調子で返事するも、先程までしていた元気な言い合いとはならず、黙っているレリーナの少しばかり気弱な様子に心配になる。


「ここでは往来の邪魔になってしまいますし、横になられた方がよろしいでしょう。あちらの木陰へ運ばせて頂きますね」


「え、ええ。…お願いするわ」


「かしこまりました。では、首に腕を回して下さい。力が入らないようでしたら無理にすることはありません。胸に頭を預けるようにしてもたれかかって下さい」


 これも素直におずおずと腕を回してくる。それも両手で抱っこをせがむように。違う。抱き上げやすいよう左手を首へ回し右手は左胸へ添えるようにしてくれればいいだけなのだ。顔をこちらへ向ける必要はない。


 おかしい。足を怪我された時にお体へ触れることに文句を言いながらも抱き上げて運べと命令されたこともあるのに。なぜか、どのようにしていいかわからず抱き着くようにして腕を絡め、少し悩んでからぴとりと胸へ顔を埋めたが、これだとただ恋人に甘える女性のようだ。


 抱きあげようと既に足へと腕を入れ、肩を抱く体制で居たので思った以上の密着っぷりに少し動揺して固まった。


「…?」


「ッ!では、頭をそのまま低くしていて下さい。ぶつけないように」


 動かない従者へ眉間を寄せるでなくどうかしたのかと単に気になった様子で胸に寄せていた頭を少し持ち上げ従者を見る。無警戒に上目遣いをしてくるレリーナに固まっていた従者は更に血が上るも、慌てて邪念を振り払い冷静さを取り戻すように心がけ行動を再開する。


 大人しく抱き着いたまま運ばれる。気恥しさから騒ぐ、ということをしない。運ばれる間何かと文句を言い続けるのが普段のレリーナであるのに無言だ。やはり事故直後だからか。


 よく知るレリーナであれば、事故直後であろうと憎まれ口を叩いて、その様子に従者を安心させるのに。虚勢を張れもしない程の衰弱しているという様子でもない。


 腕はしっかりと回されている。どうしたというのだ。


「ありがとう」


 そっと木陰へ下ろすといつもならそんな素直に礼など言わないレリーナが自然にツンケンもせずに言う。頭でも打ったのか。いや、打ったのか。


『痛いじゃない!もっと丁寧に扱いなさいよ』


 弱っていようと噛み付くのがレリーナだ。弱々しい声であってもこれくらいは言うはずなのだ。


「はは、お嬢様の為です。これくらいのこと。従者兼恋人のロルフにお任せ下さい」


『誰が恋人よ!馬鹿なこと言ってないでさっさと水でも寄越しなさい』


 そんな元気な返事を期待していつものように軽口を叩く。ずっと一緒にいたのだ。これくらいの気安さをこの令嬢は許してくれる。これからもずっとこの関係でいられると思っていたし望んでいた。それ以上を望んだこともあるが、それはこれから先ゆっくりと攻略する気でいたしそのつもりですでに動いている。


 なのに、さっきから本調子ではないにしろあまりにもおかしいのだ。


「ロルフ…そう、ロルフ。従者兼恋人…?あなた恋人だったのね」


 目を潤ませ照れたように俯き納得してしまうレリーナ。思わず目を見開く。


「レリーナ?もしかして記憶が…」


 つい、素で喋るが取り繕う余裕もなくガン見である。なんだこの恥じらう反応は。嫌悪感もなく受け入れた。これは?これは信じてるだろう。しかも嫌ではないと。


「…ええ。そのようね。ごめんなさい…あなたのこともわからないわ」


 途方に暮れ、迷子のような顔でこちらを見るレリーナは、どうやら恋人であるレリーナがロルフのことを忘れてしまってロルフが傷付いているだろうことを思い、後ろめたく感じている様子だ。


 元々この令嬢は根は優しい人間だった。だが、素直ではなかった。それに負けん気が強かった。


 だから男爵令嬢ともやり合った。男爵令嬢は第二王子の前ではちゃんとしおらしくしていたのに、その豹変ぷりに激怒したりと第二王子の前でも辛辣にやり合ってしまって敗北したくらい激情タイプであったのだが。


 目の前にいるのは、根っこの部分が同じ優しいままの虚勢を張ることも忘れプライドも削げ落とされ、元々の信じやすい性格のままに純粋な反応をするレリーナだった。


「お嬢様――。ご安心下さい。このロルフがずっと世話をします。記憶もいずれ戻るでしょう。不安になることはありません」


 そっと抱き締める。これは、天の褒美か。


 突然降って湧いたロルフにとって都合のいい展開。こんなことがあっていいのか。思わず歓喜してしまいそうな自分を制した。今は怪我をされたレリーナを安全な場所へ移動するのが最優先だ。


 全幅の信頼を寄せている様子のレリーナは生まれたばかりのひよこのようだ。まるで抵抗しない。それどころか記憶もない中で見捨てないと伝えるだけでホッとして力を抜いたのが体を通して伝わる。危うい。


 応急処置だが怪我の具合を見て、擦り傷や打撲に手持ちの薬草を貼り、水を飲ませ、打ち付けた肩や頭を冷やせるように一通りの手当てを終える。


 このまま休ませたいところだが、まだ目的地であった宿は歩くには遠い。少し行けば街があるのに野宿するというのも夜に獣に襲われることの方が心配だ。ここは無理をしてでも街へ入り、宿のベッドでゆっくり休ませるのがいいだろう。


「壊れた馬車を端へ寄せてきます。少し離れますが、このままレリーナお嬢様は動かずにいてください。すぐ戻りますので、体を休めてお待ちください」


「ん…わかったわ」


 離れることに少し不安気な表情を浮かべたレリーナを安心するように再度抱き締め、頭をひとなでしそっと体を離す。普段なら顔を赤らめることもなく呆れた顔で嫌そうに離れなさい!と言われる距離で顔を見つめ、恋人を心配するような仕草で頬を撫でる。


 すると、どうだ。少しまた下を向き頬を赤らめ、素直に頷くではないか。


 このまま唇を重ねたくなるがグッと堪え、頭を切り替え馬車の残骸を簡単にバラして森へと投げ捨てていく。本当は残す荷物を後で取りに戻れるよう隠したり、穴を掘り、その中へ投げ込み木の破片を燃やしたいところだが、あまりレリーナを待たせたくはない。


 逃げ出さず大人しく近くにいた馬を呼び、馬車の中にあったクッションや荷物を馬へと積み直す。全てを載せることはできない。馬をレリーナを休ませている木陰まで移動させると、レリーナの前へ跪き加減を尋ねた。


「レリーナお嬢様。馬での移動を考えていますが、乗馬できそうですか?もう少し休まれますか?」


「いいえ、問題ないわ。あなたが片付けてくれてる間に充分休息も取れたから、すぐに移動しましょう」


 気丈にも、レリーナは記憶喪失ながらに状況を把握し、移動途中の馬車で事故になり、記憶が混濁していると理解したようだ。それならば早く目的地に着いてしまいたい。と、混乱して騒ぐこともなく最善の行動に移ろうとしていた。


 芯が強く、行動力がある。王妃の器がある女性だ。

 無様に取り乱しはしない。不安で揺れる瞳を自ら律し、いつでも前を向ける女性。


 記憶を失くしても変わらない俺の好きな人が、目をそらさず真っ直ぐ俺を見る。


「かしこまりました。では、またお運びしますので失礼します」


 抱き抱える姿勢を取ると、心得たとばかりにまた恋人のように両腕を首へと回し抱き着いてきた。また瞬時固まるも、力を込めてそのまま立ち上がり馬の側へ移動する。


「少しお辛いでしょうが、私に回してる腕を馬の首元へ――そうです。支えますのでそのまま右足を持ち上げ馬の背を跨いで下さい」


 馬が乗りやすいように首を下ろしてくれる。肩を打ち付けている為、痛みがあるのだろう。少しキツそうに顔をしかめるが呻き声を出さずに言われた通りにロルフへ回していた腕を解き、馬の首へ抱き着くようにして腕を回し、上へ被さるようにロルフに体を持ち上げてもらい体重を移行させた。ロルフが背に右手を当て落ちないように支え、足を支えていた左手をそのまま右内太ももを掴むように持ち上げ馬へと跨らせる。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よ…」


 乗せる為だ。仕方ないにしろほぼ付け根である内太ももをガッツリと掴まれ持ち上げられ股を開く動きにレリーナの羞恥が酷い。ロルフもわかっている。おそらく顔を見れば真っ赤にしていることだろう。それでも悪態をつかない。それに馬へと乗るだけで体力が消耗されたはず。音を上げることも言わない。


 歯を食いしばって我慢してしまう。気心が知れる前のように自分で耐えてしまうレリーナに思うところのあるロルフ。また素直に悪態を付けるように俺がすると心に決め、ひとまず移動に動く。


「後ろへ乗りますのでそのまま前へ――失礼」


「きゃっ」


 馬の背へ、へばりついてる状態から身を起こすと、すぐ腰元を押され詰めるように誘導され恥ずかしがる間もなく、サッと後ろへロルフが飛び乗った。


 かなりの密着だ。その上ロルフがなぜか額に手を当てた。頭がロルフの肩へと押し付けられる。


「熱が今夜出るかもしれませんね…もう少しの辛抱ですよ。馬で走れば半刻としないうちに今夜泊まる宿へ辿り着きますから。頑張って下さい」


「え、ええ…」


 少しボーッとするくらいでレリーナはまだ熱を出していない。だが、馬車ごと転落し怪我を負った上に充分な休息をする間もなく馬での移動だ。今夜にも疲労から熱を出すと予想される。


「――ハッ!」


 昼時には着くはずであった街へ、早くレリーナを休ませたいと逸る気持ちで馬を走らせる。すっかり薄暗くなってしまった為にそろそろ獣が心配な時間帯になる。護衛がいない旅だ。全て日中移動だけで済む経路を考えていたのが幸いした。馬車の破損などもあったが門が閉まる前に街には辿り着ける。


 馬を走らせる中レリーナは考える。事故直後のせいでろくにロルフから説明は聞けていないが、従者兼恋人と言っていた。そしてこの状況から推察するに――駆け落ちだろうと予想したのだった。


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