出会いの日
長くなりそうだったので二つに分けます。だから変なところで切ってあると思います。
八月十一日
小学二年生の和樹は父、優斗の実家がある祖母の家に遺品整理をしに桜ヶ丘市に向かっていた。以前までは祖母が住んでいたが病を患い、亡くなったのだ。桜ヶ丘市に向かうには二つ山を越えなければならず、夏のギラギラと射す日差しを木々が遮っていていて冷房のかかる車内はあまりにも寒く感じて、寝ていた和樹は起きてしまった。
遠出でも寝ていれば退屈を感じることなく早く目的地に着くのに、窓から見えるのはヒュンヒュンと動くガードレールと木々で寝起きのしばしばする目を擦りながら前の座席に座る見える両親の大友優斗、大友結衣に聞く。
「ん……おはよー、おばあちゃんの家っていつつくの?」
寝起きのしばしばする目を擦りながら後ろの座席から見える両親の大友優斗、大友結衣に聞く。
優斗は会社務めはしておらずネット通販で生計を立てているちょっとした有名人で若禿が祟り今はスキンヘッドである。筋肉質な体で色々と間違われる見た目だが意外と優しいのだ。
結衣は優斗ほど稼いでないがネット通販をしていて黒髪ロングで綺麗な顔立ちをしている。普段はおとなしく優しいが怒らせれば誰よりも恐ろしい。
「おぉ、おはよう」
「あ、おはよう。お茶いる?」
「お茶はいらなーい。で、いつ着くの?」
「うーん、もうちょっとかなぁ」
「起き損じゃーん」
「はは、そうでもないぞ」
「えーなんでー?木しか見えないよー」
「まあ見ればばわかるぞ。和樹、右見てみろ」
そう言われ街が見えると思ったので期待して右を見れば、ヒュンヒュンと動くガードレールと木々が見えたが突然山が割れて………
光がカッ! と反射して顔をしかめたがキラキラと青く輝く海が見え、綺麗で真っ白な白浜はまるで南国のビーチのように思えた。あまりに綺麗だったのでさっきまで半開きだった目は一気に見開かれて、眠気が含まれていた声はハツラツとしたものに変わった。
「すごい!すごい!海だ!」
「な?起きてよかっただろ?」
「うん!!」
そうこうしているうちに目から見える景色は木とガードレールに代わるが木々の隙間から見える青い光りでもう一度見たさで心がいっぱいだった。
「もっと見たかったのに……!」
「はははは、さっきみたいには見れないけどもう少し見れるぞ」
窓から色々な角度で見ても限度があるので窓を開けて顔を出して見るが何も変わらなかった。
「和樹?あんまり頭出すと危ないよ」
「あ!見えたよ!おかあさ……もう見えない……」
「ふふ、和樹?窓は半分までにしてね」
「ん~わかった……」
「偉いね」
「普通だよ」
「あ、和樹ー? 窓閉めといて」
「あ、うん」
慌てて窓を閉めようとするがなかなか閉まらない窓が閉まった頃に奥が見えないトンネルに入った。
「和樹、このトンネルを抜けたら着くぞ」
「ホントに!? どんなところなのかなぁ」
「ふふふ、和樹は覚えてないもんね」
和樹は小さいときに来たことがあるが生まれてすぐで覚えていないので初めて来るも同然なのだ。そして先ほどまで見えていたのは木々ばかりで、程よい都会でほとんど田舎という智樹の言葉が耳に残り森だらけなのか、海が見えたので磯の匂いがして漁師町なのか、テレビに出てくるような何もない街なのかと想像が止まらなくて興奮していた。
長い長いトンネルを抜けて街に入ると和樹は拍子抜けした。緑も見えるが大きな赤十字病院や学校、ビル、マンション、一軒家などの普通の街で驚いたと共に優斗の言っていたことがなんとなくわかった気がしたのだ。
「あれ? 思ってた田舎じゃないよ?」
「そうだろ?今住んでる所よりは田舎だけどちゃんとした街だぞ。ほら、イオンもある」
「かなり小さいね……」
「小さいゲームセンターだってあるし必要最低限なものは揃ってるぞ。ちなみに隣町はもっと都会だぞ」
「ゲームセンター行こうよ!」
「いつものところの方が楽しいぞ?」
野田市から桜ヶ丘市までは結構な距離があるし娯楽施設も小さいので野田市で遊んだほうが楽しいはずなのである。しかし子供ながらの好奇心からか未知の領域は取り敢えず行きたいのだ。
「それでも行きたい!」
「マジかよ。でも今日は無理だからまた今度な」
「えぇ~、行きたーい!」
「和樹?時間があったら行こうね?」
「うん!」
「俺とはえらい違いだな」
「私の方が好きだもんね~?」
「うん!」
「結衣ちゃんは甘めぇな」
「ん?なんか言った?」
「いや、結衣ちゃんは砂糖のように優しいなって思ってな」
「うるさい」
「いてっ」
「ふざけたこと言うからよ」
「はい、すいません」
「いいよ、優斗くん」
この夫婦はデートをすれば街行く人全てが羨ましがるくらいラブラブでまるで付き合い始めたばかりのカップルのようで、未だにお互いを名前で呼ぶ夫婦は絶滅危惧種だろう。
長く夫婦をしていたらトキメキや新鮮感がなくなり、逆に相手の嫌な部分が癪に障り愛情も薄れてしまったりするものだが新婚と変わらないくらい愛が深いのだ。
「わっ! すごい綺麗な川だよ!何て名前なの?」
和樹たちは街から少し離れて川に架かる橋を車で走っていた。橋から見える川はゆらゆらと流れ、水の中に見える魚はとても快適そうに泳いでいた。
青々とした芝生が広がる河川敷には炎天下の中、サッカーや野球の試合をしていてホームランを打ったのかユニホームを着た子供が林を漁っていた。
「あぁそこは前川って言ってな、ほらそこの子供みたいに俺も魚釣ったりしてたんだ。結構綺麗だろ?」
「うん、あんな綺麗な川見たことない。気持ちよさそうだね!」
「今日は無理だからな」
「うん、今度来るときに泳ごうよ!」
都会育ちの和樹からすれば生活排水が含まれた水でも綺麗と感じてしまうが地元育ちの優斗からすれば前川は汚くてとても泳げる川だと思っていなかった。
「ここより綺麗な川知ってるからそこでみんなで泳ごう」
「えぇ、濡れるからやだなぁ」
「海じゃないんだしたまにはいいだろ?」
「そうだよ!お母さんも泳ご!」
「ん~……まあたまには泳いでもいいかもね」
「よし」
「やった!」
その綺麗な川は前川の本流で宮川といい、下流も綺麗だが上流は生活排水も含まれてないし全国一級河川の水質ランキング一位を獲得したこともあり、普段はあまり泳ぎたがらない結衣だが宮川は泳ぎたいと思わせるような川でつい撮影したくなるくらいなのだ。
「優斗くん、カメラは持ってくよね?」
「あったりまえだろ!」
ふふふ、はははと笑う結衣と優斗が運転中にもかかわらず顔を見合わせて笑っていると橋を渡り切り、大きな自然公園が現れた。さっき見えていた林は公園を覆っていたのだ。
「ねぇ!あんな大きな公園行ったことないから片付けが終わったらあそこ行ってみようよ」
「ゲームセンターかどっちかにしろよ」
「えぇ~、どっちも行きたーい」
「和樹?どっちかだけだから決めておいてね?」
「えー、わかったぁー」
公園にはまるでアスレチックのような遊具があり、緩やかな傾斜の上にはベンチが並んでいて老人や若者が座っていた。和樹にはここまで大きな公園は初めて見るので珍しいものなので今すぐにでも行きたいのだ。
「あま……い、いいなぁ。公園な?時間があったらな!」
「バレバレなのよ」
「さすが結衣ちゃん、俺のことはよく知ってる」
「うるさい」
「かわいっ」
「叩くよ」
「叩かれると思ってたのに何もなかった……」
「危ないでしょ?」
「そうだけど寂しい……」
こんな話を車内でしていると車酔いをしそうだが物心付いた頃にはすでにこの調子なので慣れたといえば慣れたが、子供なりにあまりおもしろい話だと思っていなかった。そうこうしているうちに公園から遠ざかり緩やかな坂道がある住宅街に入った。年季の入った家の合間に新築のような綺麗な家もポツポツと建っていて最近できたであろうマンションも建っていた。
坂を登りきったところで車が止まった。
「着いたぞ」
車から降りると爆発したようにセミの鳴き声が聞こえてきて、あまりの暑さにカラフルだった景色が色が抜けたように白くなり車にもたれかかってしまった。暫くすると鮮やかな緑や空色、様々な屋根の色が戻ってきた。隣を見ると両親が伸びをしていたので和樹も伸びをしてみたところ「ん~」と声が漏れた。
「あっつ……荷物運ぶかぁ」
優斗の顔は既に汗が滲み出ており暑さを物語っていた。
「早く中に入ろうよ、熱い」
「父さんは家の鍵を開けておくからトランクから荷物を持ってきてくれ」
「わかった!」
「和樹は元気だねぇ」
「ホントだよなー」
荷物を運ぶためにトランクに向かおうとしたら大きな木造二階建ての日本らしい家が建っていた。隣には平屋建ての離れもあり、庭はかなり大きく木々で鬱蒼としていた。傍から見れば何年も住んでいなさそうだが祖母が亡くなるまでは人が住んでいたので大きすぎて管理ができなかったのだろう。
「デッカ!」
「はは、そうだろ?この辺ではかなりデカいぞ」
「もっさもさ!」
「片付け終わったら雑草も抜きまくるぞ」
「うん!」
トランクから自分の荷物を持ち玄関を開けた。
ムワッとした空気が顔を撫でてとても気持ちが悪く内装は外観に似合わず現代風の明るい家だった。
「蒸し暑いな……」
「優斗くん、窓開けよ……」
「そうだな……」
「僕が開けてくるー!」
「おぉ…」
「気を付けてね?」
返事をしながらカーテンをピシャッとスライドさせると埃っぽくて咳が止まらない。涙目にしていると優斗が爆笑していてかなり腹が立ったが、結衣がやめなさいと注意してくれたので何も言わなかった。
一階から二階までの全ての窓を開けると枯れかけの観葉植物やカーテンがなびき、埃がキラキラと舞っていてなぜか映画のワンシーンのように思えた。
「よし和樹!結衣ちゃん!一気に片付けるか!」
「おー!!」
「熱中症には気を付けようね」