第3話
わたしが投げたボールは、ノーバウンドでキャッチャーミットへ。
「いいボールじゃないですか!野球部に入ってほしいくらいですよ」
キャッチャー役の人が、キャッチャーマスクを取ってから、声をかけてきた。
「あ、お世辞は要りませんからね」
「投げる前は、ボールが大きくそれるかな、って思っていたんです。でもまっすぐ来てくれて」
そう言うと彼は、右手を差し出し、握手を求めてきた。
わたしが右手を出したら、「お疲れ様でした」と言いながら、両手でぎゅっと握られた。
左手には、キャッチャーミットをはめたままだった。
「ぼくがもし、今日投げることがあったら、頑張れそうだなぁ」
わたしの手を握りながら、彼はそうつぶやいていた。
試合中は、監督をはじめとするバレー部のメンバーと一緒に、応援席で野球部を応援することにしていた。
始球式のあとに応援席に行くと、うちの監督の高校の同級生で、始球式の練習のコーチ役をして下さった方が、監督の隣に座っていた。
「どうだったかな、後輩のキャッチャーぶりは」
「こ、後輩?」
「あいつは、ぼくの大学の後輩なんだ。年は離れているけれど、高校の時に控え投手で、大学で頑張って成長したところがぼくと重なってたから、ずっと気にかけていた。でも、こんなふうな形で応援に来ることになるとはね」
こんなふう、というのは、高校時代の同級生のバレー部員(現在のウチの監督)の会社が経営統合されて、統合の相手の会社にたまたま大学の野球部の後輩がいたことを指しているのだろう。
「キャッチャーとしてどうこう、と言うより、終わって握手しようとした時に両手で握られたのは、ビックリしました」
「あいつも、相当緊張してたんじゃないか? 女の子の扱いには、あまり慣れてないみたいだから。それなりに付き合った人はいたみたいだけど、今は彼女がいるかどうか……。あ、ぼくが勝手にこんなこと言って、まずかったかな」
わたしは、小学校の時にバレーを始めてから、チームの監督やコーチは男性ばかりだったし、
高校までずっと共学で、男の子とも仲がよかったし、
男の人と接するのは慣れている。
ただ、好きになるとか、付き合うとなると、また別の話。
高校の時、同級生の女友達と男友達の仲を取り持ったことはあったが、自分の恋愛となると、縁がないのだった。
わたしの右手の甲には、ミットで触れられた感触が残っている。
手のひらにも、彼の手の感触が残っている。
思い出すと、顔が紅潮してしまいそう。