第1話
わたしは、とある会社の女子バレーボール部の部員。
高校時代にチームを全国制覇に導いた選手や、国際大会のメンバーの経験者がいるウチの部の中では、自分で言うのもなんだけど、あまり目立たない存在だ。
梅雨のさなかだった6月のある日のこと。
7月に行われる野球部の試合の始球式に、わたしを起用したいという依頼が、会社側からあったとの話を、バレー部の50代半ばの男性の監督から聞かされた。
野球部の試合、というのは、社会人野球の中心となっている大会である、都市対抗のことだった。
都市対抗は、大会中のすべての試合に始球式があり、1回戦は各チームにゆかりのある人が始球式のピッチャーを務めるそうだ。
「都市」対抗というだけあってか、チームの所在地の首長(市長さんとか)が登場することが多いけれど、出場チームと同じ会社の運動部の選手が出てくることもあるのだと聞いた。
野球観戦は、大好きだ。
自分の試合や練習があるため、頻繁にとまではいかないが、プロ野球にはたまに足を運ぶ。
でも、まさか、始球式で投げる機会が訪れるとは、夢にも思わなかった。
わたしの個人のSNSに、球場での写真を載せたことも度々あったため、会社の上のほうの人にまで『野球好きのバレー部員』として知られてしまい、始球式を務める話が持ちかけられたという次第だそうだ。
ウチの野球部とバレー部は、もともとは別々の会社を母体に活動していて、経営統合により、同じ会社になった。
そんな経緯もあり、これまで野球部と交流する機会はなかった。
今回の、野球部の都市対抗への出場は、経営統合してからは初めてのこと。
会社としては、これを機会に、野球部とバレー部の交流を進めたいのかもしれない。
バレー部の練習の合間に、監督が、始球式の練習の相手も務めて下さった。
監督は、小学校の時には少年野球チームにいて、中学校に入学してからバレーを始めたそうだ。
「始球式の練習のしすぎでバレーに影響が出ないようにしよう」
なんて言っていたけれど、監督の高校時代(スポーツに力を入れている学校だった)の同級生で、控えのピッチャーとして甲子園に出場した方をコーチ役として呼んだりもして、結構熱の入る練習になっていた。
野球部とバレー部のそれぞれのサイトには、野球部の都市対抗での試合の予定とともに、わたしが始球式で投げることまで、大きく取り上げられてしまった。
そして、都市対抗での野球部の試合の数日前。
わたしのSNSにメッセージが届いた。
「はじめまして。野球部の者です。同じ会社で、プロ野球では同じチームのファンなので気になって、ずっと投稿を見ていました。今度の試合で始球式をされるということで、楽しみにしています」
メッセージをくれた人のプロフィールをチェックしてみたら、ウチの野球部のピッチャーだと判明した。