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人形

作者: 鷹玖沙 眞

 私の部屋には不釣り合いな人形が、箪笥の上に置かれている。


 祖母の形見の人形だ。

 おかっぱ頭で和服を着せている色褪せた和人形。洋式の私の部屋に飾るのは相応しくなく、違和感すら覚える。かと言って他に置く場所も無い。

 仕方無く置いた箪笥の上が、いつの間にか人形の領域となっていた。


 無表情で、何処を見ているのか分からない無機質な視線。

 不気味だ。


 一人暮しの私にとって、この人形は好きになれない。

 かと言って押し入れには片付けられず、ゴミとして棄てることもできない。


 形見だと言われると、無下にはできず嫌でも所持している。

 今日も人形は部屋の主のように、箪笥の上で鎮座すると物言わず見下ろしていた。

 そんな人形の視線をなるべく気にしないよう、過ごそうとするもやっぱり人形を見てしまう。


 友人がこの部屋に遊びに来る事は有るが、泊まると言う者は皆無だったりする。理由は皆同じだった。

 「あんたの部屋さ、何か見張られてる気がして気味が悪いんだよね…」

 そう言って友人達は夕方になると、宿泊を断って帰ってゆく。

 その気持ちは解らないでもない。この部屋の住人の私でさえ、同じ事を感じているからだ。


 「よくそんな部屋に住めるよねぇ、私だったら無理!」

 親友の一人が大学の食堂で、そう言いながら学食のご飯を頬張る。今週末は誰かの部屋で家飲みして、ダラダラと雑談しようと話していた。そんな決め事をしている最中、そう私の部屋について感想を述べる。

 それは周囲の友人達も同意見のようだ。


 さておき、家飲みの為には誰の部屋にするか決めなくてはならない。

 自宅通いと、シェアハウスをしている2名が候補から外れた。

 そして私を含む一人暮しの者が場所を提供しなくてはならない。だが私の部屋だけは評判が悪い。気味が悪いからに他ならない。

 そして住んで居る事すら否定されたのである。


 私以外には三人が一人暮しだが、25%の確率で選ばれる場所選びも100%の確率で不採用になるのだ。

 みんなが私の部屋を恐れている。


 友達に引っ越しを勧められる事も有った。

 私もそれは考えたが、結局の所は和人形も連れて行く事になるから結局は無意味な話なのである。


 諦めが肝心、と言った所だろうか。

 嫌なのだが慣れるしかない。でも慣れる事はない。


 やはり私の部屋は家飲みの場所として不採用になった。

 想定内の事なので、驚きも悲しみもない。


 場所は決まったが、提供者以外はアルコールを持ち寄る事になる。その方が店で飲むより安上がりになるからだ。

 部屋にアルコールのストックが切れた私は、友人の部屋に向かう途中に有るコンビニで、買い出しをしてからお邪魔する事にした。


 その申し出に、家から近い自宅通いの友人が「私も」と買い出しに賛同する。一人だと部屋の事で悩む事が多いが、二人で話すならまだ気も紛れるので、友人の申し出は有り難かった。

 実はこの友人、特殊な能力の持ち主であり、部屋の悩みを理解してくれる唯一の存在だったのである。


 結局、その日は家飲みの場所と日時を決めて散会となった。


 金曜日の午後、その日の最後の授業を終えるとシャワーを浴びたい気持ちになったのである。着替えも済ませたいし、一旦帰宅する事にした。

 買い出しの時間にも余裕が有る。


 部屋の鍵を開けて中に入ると、物凄く嫌な気配がした。

 何だろう、言葉にしたいけど言葉にならない気持ち悪さ…今迄にそんな気持ちになった事はない。


 さっさと済まして部屋を出よう。


 箪笥の引き出しから下着を取ろうとした時、その嫌な感覚の原因が解ってしまった気がする。

 人形の位置がずれていた。

 いつもなら箪笥の天板の右端に置かれている人形が、左端に移り座っている。


 部屋は荒らされた様子など一切ない。

 貴重品も盗まれた様子も無いが、人形だけが置場所が変わっている。


 「き、気のせいだよね。」

 私は誰に話すでもなく、ただ自分に言い聞かせて入浴と着替えを済ませてさっさと家を出た。


 買い出しに賛同してくれた友人が先にコンビニに居て、私の到着を待って居るはず。待たす訳にもいかないから、急いで合流を目指し全速力で走る。

 気持ち悪さから逃げ出すように…


 友人は雑誌を捲り、私の到着を待っていた。

 私は息を整え、いつもの口調で友人に話し掛ける。だが、友人は私の異変には即座に気付いた。私の顔をチラリと見るなり、「どうしたの?」と聞くでもなく一言で言い当てた。


 「人形でしょ?」


 私は友人に人形の話をした事はない。それなのに友人はずばりと断言したのである。何故、解った?私は青ざめた顔でこくりと頷いた。

 友人は「やっぱり…」と前置きをした上で、ゆっくりと話始める。


 「私さ、あの部屋には一回しか行った事はないけど、部屋の中が異常なのが解ったの。でも部屋には何も問題無いよ。

 問題は箪笥の上の人形ね。あの人形が原因なのよ。」

 友人がそこまで断言できる理由が解らない。でも何故か納得してしまう自分が居るのだ。


 「怖がらせる気は無いけど、あの人形はずっと喋ってるの。聞き取れるかどうか、小さな声でずっと呟いてる。」

 ずっと?私はあの部屋で、呟く声を聞いたことがない。


 「何て…言ってるの?」

 聞かなくても良いのに、私はついつい聞いてしまう性格なのである。後悔すると解っていても聞きたくなるのだ。


 「止めよう、こんな事は話すべきじゃないよ。」

 「良いの!教えて、聞かない方が嫌よ!」

 そうね、と会計を終え、アルコールの缶が入ったビニール袋を下げ、家飲みを約束した友達の下へと向かいながら話し出す。


 「ねえ、お姉さんか妹さんが居る?」

 友人の質問は唐突なもので、私はつい「えっ?」と聞き返してしまう。

 「だからさ、あんたに姉妹が居るかって話!」

 私は一人っ子だったりする。無言で首を横に振った。それでも友人は何かを察したのだろう。


 「一度ね、ご両親に聞いてみると良いよ。何か解るからさ。

"イネ"という人が家族に居ない?」

 それなら心当たりが有る。祖母の名前がイネだったからだ。


 「ならその人形はお祖母さんが恋しいのかな?」

 友人にしては歯切れの悪い解答である。私はその一言が嘘だと解った。

 彼女が口を押さえて考え出す時、これは彼女が嘘をついてる時の癖なのである。


 友人達とツマミを口に運び、アルコールを飲み始めるもどうも酔う気にはなれなかった。話をしても何処か上の空だったし、何を話したかも覚えていない。

 眠ろうにも眠れず、気がつけば朝になり昼近くになっていた。


 家飲みを終えると友人と私は、来た道を無言で帰路に着く。

 どことなく家に帰るのも億劫だったが、何処かで時間を潰す気にはなれない。このまま友人の家に行こうかと思ったが、それも迷惑な話。嫌でも自分の家に帰る事にする。

 交差点で友人は「気をつけてね」と言葉を残して、友人は去っていった。本音は友人について行きたかったのだが…


 重い足取りのまま自室のあるアパートに着くと、玄関先で立ち止まる。鍵を取り出すも、差し込む勇気がなかったからだ。

 かと言って中に入らなければならない。嫌でも解錠すると取っ手を回し、ドアを開ける。家の扉ってこんなに重いものなのだろうか?


 部屋の中も空気が重い。むしろ澱んでいると言った方が適当かもしれない。

 扉を内側から施錠し、部屋に足を踏み入れる。別に部屋の中には異変がない。昨日と変わらない自室。箪笥の上の人形も、ちゃんと元の位置で鎮座していた。


 私の思い違いか…

 そう思うと、安堵と疲労に襲われてくる。アルコールが抜けきってないせいか、立つ事すらしんどく思えた。

 そのままベッドに倒れ混むと、今が昼過ぎでも関係ない。もう寝てしまおう…と瞼を閉じる。

 意識は瞬間的に薄れた。


 夢の中で、祖母が現れる。

 私も部屋に居るのに、祖母は気付いた様子もなく和人形を抱いて、いとおしそうに髪を撫でていた。小声で子守唄を歌い、本当の子供のように和人形をあやす。

 端から見れば不気味に見える。


 「お祖母ちゃん。」

 私が声を掛けても祖母は振り向かない。赤子のように和人形の胸を掌でポンポンと優しく叩き続けていた。

 そんな祖母を焦れったく感じる。孫の私が此処に居るのに…


 「ねえってば!」

 私は苛立って祖母の肩に手を乗せた。ぐっと引っ張り、私の方に顔を向かせようとした瞬間に、私はひっ、と奇声を上げてしまう。祖母には顔が無かったからである。

 目も鼻も無い顔で口だけが子守唄を紡いでいた。


 それだけでも腰が抜けそうなのに、祖母に抱かれた人形が私を見てニヤリと笑う。


 「往ね!」


 和人形の口がはっきり動く。"いね"とは祖母の名でなく、私に去れとずっと和人形が言っていたのである。私の体は硬直していた。そんな私を和人形は鬱陶しく思えたのだろう。

 目が血走ると鬼のような形相で、はっきりと「往ね!」と私を威嚇してきたのである。


 「うわあぁ!」

 私は自分の絶叫で目が覚めた。窓の外では日が沈み始めている。

 ベッドの上で肩で息をしつつ、汗でべっとりと貼り付くシャツに不快感を覚えた。


 「…夢か。」

 夢で良かったと思える。ホッとした。現実に和人形が喋る事なんて有り得ないんだから…これは私の恐怖心が生み出した幻想なんだ、と強く自分に言い聞かせる。


 「本当に夢だった?」

 誰の声?この部屋には私しか居ないはず。大量の汗を掻いたのに、また冷たい物が背中を走った。


 恐る恐る背後を見る。

 箪笥の上に置かれていた和人形が、私のベッドの枕の横でちょんと座っていたからだ。

 そんな恐怖に縛られた私に、和人形はニヤリと笑う。


 日暮れの陽光で、和人形の口元が笑っているように見えただけかもしれない。

 だが今の私にはそんな事を冷静に判断出来る余裕が無い。隣人に迷惑を掛けようが構わない、有らん限りの声を上げて叫び声を上げる。


 もうこんな部屋には居られない。

 財布とスマホを引ったくるように握ると、一目散に部屋を出た。鍵の心配なんてしていられない。とにかく逃げ出したい、そんな思いしかない。


 アパート前の大通り迄走ると、電柱の陰に隠れながら震える手で友人に電話を掛ける。

 友人が私を迎えに来るまで、ガタガタと震えながら待つしか無かった。早く来て欲しくて泣いている事しか出来ない。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになったが、周囲を気にする余裕もない。


 友人は私を見つけるなり、私は付き添われる形で彼女のアパートまで向かう。

 部屋に着くなり、起きた怪異を説明しようとする。それでも話そうとすればするほど、言葉にならなくなり会話として纏まらなくなった。

 支離滅裂で的を得ない説明だったが、友人は私の背中を擦りつつ「大丈夫だから…」と我慢強く聞いてくれたのである。


 友人の部屋でシャワーと着替えを借り、用意してくれた温かなハーブティーを啜ると、気分が落ち着いてきた。


 「落ち着いた?」

 私は頷いて頷く。友人は私が入浴中にしどろもどろだった私の説明を整理してくれていたのだろう。友人は私が落ち着いたのを見計らうと、話を切り出す。


 「あの人形、供養しない?」

 友人は棄てろと言わず、"供養"という言葉を用いる。どう違うの?と思えた。


 「あの人形には魂が入っちゃってるの。捨てたって戻ってくるわよ?だから魂を供養してあげないとずっと怖い思いを続けるわよ?」

 「でも形見だし…」

 私はその人形に思い入れはないし、気に入ってもいない。ただ受け継いだから守り抜こう、とする変な義務感しかない。


 「馬鹿言わないの!それこそ人形の思い通りよ?あの人形はあんたに面倒を見させるために利用しているだけなのよ?

 お祖母さんを操って形見として手渡す事でね。だからあんな人形のいう通りになっちゃダメ!」


 友人は実家が寺であり、こうした人形の話はよく聞かされたらしい。それに実家では人形供養も行っているのだと話す。

 そんな環境に嫌気を覚えた友人は家を出る事にしたのである。


 「先ずはあんたと人形の関係を知りたいの。そこにこの怪異の鍵が有るわ。ご両親に電話して、あなたに姉妹が居なかったか確認して。」

 友人の真剣の眼差しには抗えず、電話をする事になった。なぜ友人は私に姉妹が居ることに拘るのだ?


 実家に電話をすると、出たのは母だった。

 平静を装って話したのだが、私の口調に異変を感じたのだろう。返って母を心配させる事になってしまったのである。

 「私って姉か妹って居た?」

 もう直接的に聞くしかない。


 その一言に母が絶句したのが解った。暫く沈黙が続いたが、母は間を置いてからポツポツと話始める。

 「あなたには死産した姉が居るの。あなたはずっと一人っ子だと思ってたかも知れないけどね。」

 母の当惑した顔が電話越しでも想像ついた。涙声になってたし、母にとっても辛い思い出だったのだろう。


 通話を切ると、友人に電話の内容を伝えた。

 友人は何も言わず、「そう」と言って考え込んでいる。だが府に落ちたようで、友人は考えを話し出す。


 「これで納得できたわ、やっぱりあの人形は供養すべきね。」

 「でも…」

 「形見だから処分したくない気持ちも解るわ、でもそれをしないとあなたは魂を削られていくわよ?」

 人形にあんたの人生を取られても良いの?と迫る友人の眼差しは本気だった。


 「良い?これはあんたのお姉さんがあんたに掛けた呪いなの。あんたの体から魂を抜き取って、お姉さんが乗っ取ろうとしてるの。

 自分が生きてこれなかったから、人形の中に入ってチャンスを伺っていたのよ?お祖母さんに取り入ってしまえば、あなたの傍に居れるように誘導することが出来る。

 あなたは次の狙いよ?死から生は生まれないわ、だからお姉さんが死を認識させるためにも供養は大切なの!」


 良いわね、と念を押すと友人は電話を掛け始めた。

 友人の言葉は難解で理解できない言葉は多い。実家に電話をしているのかもしれない。

 ものの数分で電話を終えると、「今夜は泊まっていってね」とだけ伝える。私は友人の好意に甘える事にした。


 友人宅で迎えた朝は快晴で、私よりも早く友人は起きていたばかりか、シャワーまで済ませていたようである。

 よく友人の顔を見ると唇は紫で、体も震えていた。お湯ではなく水垢離をしていたようである。友人は気にする事もないと平然としていた。


 友人は朝食まで用意をしてくれたが、粥だけの質素なものだった。それでも温かく、胃に優しくて心が不思議と落ち着く。

 私がさっさと食べる反面で、友人は噛み締めるようにゆっくりと無心で食べている。

 どうも友人はいつもと雰囲気が違って見えた。


 丁度友人が食べ終える頃だろうか。

 友人の部屋のチャイムが鳴り響くと、即座に友人が対応したのだが玄関先に立っていたのはうら若き僧侶だったのである。

 友人の兄だという。確かに面差しは似ていた。


 友人の兄は私達を迎えに来たらしく、車に案内すると私のアパートに向かうよう友人が指示を出す。

 そう言えば私は友人から今日の予定など何も聞いていない。友人主導で物事が進んでいくのだが…先ずは例の和人形を取りに行くのだと話す。

 確かに夕べ寝る前に聞かされたら、怖気づいて寝れなかったかもしれない。今日みたいな天候ならさほど恐怖もない。


 アパートに着き、車から降りると友人の兄は小さな木箱を持って現れたのである。大きさから考えてもあの和人形が収まる大きさだ。

 部屋までは私が案内したが、部屋の中に入るのは友人の兄だけとなる。私の部屋だから、と入ろうとするのを友人が止めたのだ。


 部屋の中からはドスン、バタンと暴れる音がするも友人は全く意に返さない。

 「大丈夫よ、兄さんに任せておけば問題無いから。」

 と気にした様子は見受けられない。


 10分ぐらいで玄関のドアが開く。

 友人の兄が小脇に例の箱を持って現れる。ただ最初と違うのは箱にはびっしりと札が貼られていた。


 「さあ、行きましょうか。」

 友人の兄はにこやかに言うと、友人に箱を手渡して車に乗り込んだ。友人も嫌がる素振りもなく、それを受け取ると風呂敷に包み車の後部座席にと座った。

 私も友人の横に並んだが…正直、あまり良い気はしない。何せ彼女の膝には私を悩ませる元凶が乗っているのだから…


 車は彼女の実家に向かう事となる。

 道中、朝から晴れていた天候も崩れ始めた。和人形が抵抗を試みたのだろうか、異変が起き始めたのである。


 フロントガラスに水滴がつき始めた。

 次第に雨が強くなると正面からだけでなく、横からも強く殴り付けるように雨粒がぶち当たってくる。

 強風が車を揺らし、私は恐怖すら覚えた。


 ここから先は行くな、と警告をしているのであろうか?

 それでも友人の兄は気にも止めず、車のスピードを緩める気もない。チラリとみた友人も清ました表情で箱を抱えている。

 不安そうなのは私だけみたいだ。


 そんな私をバックミラーで見たのだろう。友人の兄がチラリと私の方を見ると、

 「こういうのはよく有ることなんですよ。心配しなくても大丈夫ですからね。」

 「そうそう。心配は要らないわよ。前の時は雷も鳴ったっけ?」

 そんな事を談笑する兄妹を見ると、どうも私には理解できない。私には苦笑いを浮かべるのが精一杯なのである。


 道は段々と都心部を離れ、やがて山道へと入っていった。

 いつの間にか霧も出て来たというのに、車はスピードを落とす気配も無い。私の方が心細さを覚える。

 車内も口煩く喋る兄妹ではないから、静かで余計に不安な気持ちにさせられた。


 車はゆっくりと減速し始める。

 この道の突き当たりまで来たようで、フロントガラスから立派な神社の山門が見えてきたからだ。

 しかも山門の前には誰かが立っている。立派な袈裟を来た僧侶が、私達を迎えてくれるらしい。友人の父であり、この寺の住職だった。

 確かに友人の兄とよく似た雰囲気の人である。


 友人の兄が車を駐車する間、住職に案内されて私と友人は本堂に通された。既に堂内では、和人形を荼毘に臥す焚き上げの準備がなされている。

 友人は住職に和人形を納めた木箱を手渡すなり、「着替えてくるから」と一旦離れた。


 住職は住職で、箱を受け取るなり何かを感じたらしい。

 「大変だったでしょう。娘から聞いとるが…どえらいもんを受け取ってしまったようですな。拙僧もここまでのものとは…

 貴女も苦労なされたな。」

 その一言で私も泣きそうになってしまう。住職はニコニコと、もう大丈夫だからな、と優しく微笑む。


 遂に人形供養の準備は整ったようで、住職を先頭に友人の兄と友人が背後に並び、その後で私は座る配置になる。

 眼前には袈裟を着た友人が居る訳だが、見慣れぬせいか別人にも思えた。


 静けさが空間を支配する。

 住職の読経が厳かに始まると、護摩壇に火が点けられた。そして兄妹達が読経に加わり、木々の爆ぜる音と共に堂内に響き渡る。

 燃え盛る炎は堂内を煌々と照らし、荘厳で威圧的な世界を生み出す。


 「熱イヨ…苦シイヨ…」

 微かにだが小さい女の子の声が私の耳に届いた。これは空耳だろうか、弱々しく助けを呼ぶ声に哀れみを覚える。


 「霊に情けは無用!成仏するように祈られよ!」

 住職は一喝した。私の甘い心の内を悟ってか、厳しい口調で私の心を引き締める。私は手を併せ、必死に成仏を祈るしかできない。


 炎が収まると同時に読経も止んでいく。

 あの聞こえていた女の子の声も、煙に併せ天井に登っていくように消えていった。

 これで人形供養は終わったのだろう。

 終わりと聞いた時、私の心も軽くなったように感じる。もう私を監視するものは無いのだから…


 私は人形供養が行われた日に自室に帰った。

 家の中でも重い空気は感じない。やはりあの人形が原因だったのかもしれない。


 あの日から何日が過ぎただろう。

 友人が私の部屋を訪ねて来たのだが、何やら小さな包みを持っている。それはとても小さな木箱に納められていた。


 「これね…燃やされた人形の中に有った骨らしいの。小さなもので赤ちゃんの骨かなって…多分だけど、お祖母さんが人形の中に入れたんじゃないかな?」

 そう推測したのだが、それが死産した姉さんのか解らない。我が家の墓に納めるか、友人の寺で納骨するか微妙な所だ。母の話ではもう姉の納骨は済ませているという認識らしいからである。

 結局は友人の寺に納めて貰う事となった。


 私の部屋に来る事を拒んでいた友人も、少しずつだが遊びに来る回数が増えている。もう嫌な感じがしないとかで、泊まり掛けでくる仲間も出てきた。

 もう不思議な事は起こらない。


 それでもやっぱり…私はあの日から和人形が嫌いだ。

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