アスタリスク3
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シュート練習は楽しかった。こんなことを言ったら野口コーチや他のみんなに怒られてしまうが、シュートが枠を外れてもそんなに気にしていなかった。気にならなかった。そりゃ、うまくいかないな、抑えが効かないなと多少は悩んだり、考え込むフリもしたけれど、喜びが勝っていた。いつからかは自分でも分からない。段々、というよりは急に、という実感。誰よりも強力なシュートを撃つことが自分の仕事だと思えてきた。自分の武器だと。テレビアニメの世界だと馬鹿にされてしまうが、ゴールキーパーを吹き飛ばしてしまう位のシュートが蹴れればチームに貢献できるはずだ、なんて空想したりもした。伍代 勇樹は文句なく上手い。遠藤 行則みたいにゴールキーパーはできないし、観月 心、細野 正、本田 成也のディフェンスラインはオフサイドなんとかの練習を始めた。太田 勝也はスルーパスが出せるし、城所 千夏も男子に混ざって頑張っている。じゃあ、横山 順矢は何ができる。俺の存在価値。そんなもの、その時々によって変わるに決まっているじゃないか。
力一杯振り切った。届けと命令しながらボールを蹴るのは初めてだった。祈りとか願いという類の感情ではない。怒りを込めた命令だ。届け、伍代 勇樹へ。勝つ為に。途中で止められることなど許さない。届け、俺達の希望へ。授けられた戦略。勝利の為に残された道。その道を切り拓くのが俺のキックであるならば、こんなに嬉しいことはない。そして責任重大だ。届け―
クリアボールへの反応が不覚にも遅れてしまった。城所 千夏のスライディングに誰よりも驚いたのは伍代 勇樹だった。遠目からだと派手にすっ転んだように見えた。大丈夫か、怪我してないか、痛くないか。そんな伍代 勇樹の目を覚ましたのは横山 順矢のクリアボールだった。パスと呼ぶにはあまりにさっきを宿していたボールからは不気味な音が発せられていた。さすがにマンガのようなドカーンということはなかったが、地面で一度跳ねるまでシューと音を立てていた。とても小さな音で観客はおろか、フィールド内でも伍代 勇樹にしか聞こえない、まるで煙を吹く消化器のように唸りながら会場中の目をかっさらった。そのボールがグリーンヒル陣内、ディフェンスラインの裏スペース中央に転がる。そこは急所。試合前にオーダーされた通りの、まさに注文通りのクリアボールだった。反応が遅れたとはいえ、グリーンヒルSCが、ヤバイっ、とボールの行方に首を回した時には既に伍代 勇樹が全力で走り始めていた。前がかりだったグリーンヒルのディフェンダー陣も必死に追いかけるも、弾むボールにまず追いついたのは伍代 勇樹。グリーンヒルの応援団から初めて発せられる悲鳴と常徳側からの逆寄せ。撃て、シュート、かわせ、行け、走れ、GO、入れろ、勇ちゃん。思い思いの単語が飛び交った。伍代 勇樹の次にボールに近いのは前に出てきたゴールキーパー。迫られる選択と決断。ドリブルで抜きにかかるか、頭越しのループシュートを狙うか。顔を上げてキーパーとの距離を計りゴールの位置を確認した伍代 勇樹はトラップすることなくシュートを放った。ボールは軽くバウンドしながら無人のゴールへと吸い込まれていった。
「いよ~~~~~~っっしゃあっ!!」
誰よりも大きなガッツポーズを見せたのは野口コーチだった。喜びを体で表現したというよりも、喜びのあまり体が勝手に動いてしまった。もちろん常徳の応援団も大騒ぎだ。守備に徹するというのは選手のみならず応援する側にとっても多大なストレスとなるようで、ここぞとばかりに子供達を讃えた。ここしかないぞ、と。これから先は・・・と。
フィールド内では子供達が抱き合って喜んでいる。目に見えて疲労の色が濃いディフェンスの観月 心と細野 正も伍代 勇樹目掛けて全力ダッシュ。今後の試合展開を考えれば僅かな時間でも体力回復に当てる方が利口なのだろうが、野口コーチからそんな指示を出せるはずもなかった。それに―
いつものようにちょっとだけ輪から外れて拍手する城所 千夏を伍代 勇樹が招き入れた。背中に手を回し、クイッと引き寄せた。さらに2、3度頭を撫でた。満面の笑みで頷く城所 千夏。
「ピピーーーーーッ。」
ここでハーフタイムの笛が吹かれた。野口コーチが大きく息を吐き、戻って来いと大きく手招きする。考えられうる最高の形で前半を終えることができた。応援団御一行様もこの上なく盛り上がっていた。これと対を為すように、西ヶ浦第二競技場には不思議な空気が流れ始めた。その発生源はスタンド・アップ・スポーツクラブの運営サイド。勝つのか、勝ってしまうのか、8人のチームが。いいのか。8人のチームが優勝しても。この代の常徳は弱小チームのはずでは。決勝ラウンドも今年が初めてだろう。チームの記念として全試合を通して1点でも取れれば万々歳だったはずなのに。
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