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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
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第三章 そうだ、サッカーを観にいこう

【第三章 そうだ、サッカーを観にいこう】


 常徳SC、1学期最後の練習が終了した。

「事故とかケガのないようにな。それでは良い夏休みを。」


 ①夏期講習にて

 夏休み中、常徳SCの観月(みづき) (しん)細野(ほその) (ただし)は思わぬ所で鉢合わせた。学習塾の夏期講習。

「あれっ?」と観月 心。

「おっ。」と細野 正。

 2人共、普段から塾に通っているわけではなく夏期講習だけの参加。クラスの知り合いでもいないかなと座り慣れない椅子から探していると、同じような姿勢の人間と目が合った。溜息と共に家を出てきた2人にとって心強い再会。真っ暗な闇夜に風が吹き、雲が動いて月が現れ足元に影ができた。それは光の生まれた証拠。もちろん勉強しに来ているわけで、勉強のできそうな人間ばかり集まっているように見える教室でいきなりペチャクチャお喋りする勇気はない。それはお昼休みまでお預けだったが、弁当を独りで食べなくてもいいのは精神的に息をつくことができた。


 「そうそう、ウチも母親が行けってうるさくて。家にいても勉強しろって言われるだけだから。」

観月 心はうんざりという顔で零した。とある昼休憩のこと。

「俺は成績落ちちゃってさ~。親が勝手に申し込んじゃった。講習プラス模試も受けてこいってさ。参っちゃうよ、ホント・・・」

細野 正も夏休み早々、浮かない顔。勉強が嫌いというわけではない、けれども。弁当を食べながらどこか暗い話ばかりする観月 心と細野 正。楽しい夏休みの妄想は何処へか吹き飛んでしまった。

 「それはそうと―」

「そういえば―」

思いがけず出会えた偶然に心強さを覚え、かつ良い機会と捉えた。丁度良かった、確認しておきたいことがある。そのタイミングが一致した。

「サッカー、観に行く?」


 ②伍代家にて

 ジリリリリーン!と黒電話が鳴った。

「勇樹っ、手が離せないから出てちょうだい!」

「は~~~~い・・・」

夕食の準備に忙しい母親に言われて、伍代 勇樹は長すぎる返事をして受話器を取った。

「はい、伍代です。」

「もしもし・・・勇ちゃん?」

「ああ、千夏か。ん、どうした?」

どこか元気のない城所 千夏に、伍代 勇樹はそっと聞き返した。電話越しの一声だけで調子を合わせてくれる勇樹に、千夏はいつも感謝していた。ただでさえ声が小さく元気一杯とは言い難い城所 千夏の心情を、顔を見ずとも察することのできる伍代 勇樹。幼馴染の為せる技か。

「あの・・・ね・・・」

「ゆっくりでいいぞ。」

この一言も安心感を与える。

「来週のサッカーの試合、勇ちゃん、観に行くのかなって。」

「常徳の4年で行くヤツだろう。俺は行くぞ。千夏はいかないのか。」

「あの、ね。決めてなくてね、お母さんが早く決めなさいって。」

「そっか。行こう、サッカー。みんな来るんじゃないか。」

「うん、勇ちゃんが行くなら、行こうかな。」

「よし、じゃあ、大丈夫だな。」

「うん、ありがとう。」

声から不安が除かれた。

 「勇樹ー、電話どなた?」

 台所とは距離があるので大き目の声がかけられた。

「あ~、間違い電話か、な~~~。」

「え~、本当に?何か話してたんじゃ―」

母親が言い終わるかどうかという所でヒョイと台所に顔を出し、

「母さん、俺、常徳のサッカー、観に行くことにしたから。」

伍代 勇樹も決めかねていた。

「あら、そう。いいじゃない、行ってらっしゃいな。」

 城所 千夏からの電話はイタズラ電話か間違い電話になることが度々。母親が詳しく問うことはないが、そもそも、そんなに沢山のいたずら電話があったら問題である。まだまだ、まだまだ、母親には勝てまいて。


 ③城所家にて

 時刻は夜9時を回っている。

「あ、の・・・お母さん。」

「千夏、そろそろ寝なさい。夏休みだからってあんまり夜更かししちゃダメよ。」

「うん、その・・・サッカーを―勇ちゃんが見に行くって。私も行っていい?」

「あら、いいじゃない。行ってらっしゃい。」

「うん。」

「それと千夏、あなた夏休み終わってもサッカー続けるの、やめるの?」

「えっと・・・まだ、決めてない。」

「直前になって言わないでよ。早めに決めてね。」

「うん、わかった。おやすみなさい。」




 スタンド・アップ・スポーツクラブとしても、夏休み中に子供達を引率するのは初の試み。会社の内々の会議では、四件的とか実験的という言葉が遠慮なく使われた。自由参加で対象は最上級生のみ。キャッチフレーズは、プロの試合を観に行こう。正しくはアマチュアの試合だが日本リーグを、国内で最も高いレベルの試合を思い出のひとつとして観戦するプログラムだった。

 願わくば4年生全員とサッカーを観に行きたい。子供達以上に思い出作りを切望する野口コーチ。果たして何人集まるか。もしかしたら参加者ゼロなんてことも、という野口コーチの懸念とは裏腹に4年生8人全員が集まった。正直意外だった。そして。11人で行うスポーツにもカカワラズ人しかいないのだなという物悲しさも感じていた。


 「なーんで俺は緊張しているんだか―」

サッカー観戦当日。夏の日差しが勢いよく照りつける中、集合場所の小田急線豪徳寺駅では野口コーチが独り立っていた。一本の桜の木の下で。もう工事の準備が整っている。名物とまではいかないが、地元の人間であれば誰もが知っている桜。満開の春にはこの木を囲んで花見も行われる。駅の利用者にはこの上ない迷惑行為に思われるが、駅員黙認の恒例行事だった。仕事帰りのサラリーマンが酒を振舞われ、宴会に取り込まれ、奥さんが迎えに来るなんていう光景がお決まりで。勤務を終えた駅長さんも小一時間、顔を出す。そんな時間まで花見が続くのだ。けれども朝にはゴミひとつ落ちていなくて、桜木には御神酒(おみき)が備えられていて。要するに御神木なのだ。

 桜木の撤去については長期的な反対運動も行われた。野口コーチの立っているすぐ隣には今も看板が残っている。反対!地元の心を折らないで。大切な桜を守ろう。来年もここで桜が見たい。そんな文言が並んでいる。それでも覆らなかった。駅長が涙ながらに訴えた日曜日もあった(その後ちょっと問題になったが)。それでも変わらなかった。今週中にも根扱(ねこ)がれる。

 夏休みサッカー観戦ツアー。予定では全員参加である。


 まず現れたのは遠藤 行則。12時集合で、まだ11時半にもなっていない。野口コーチだってちょっと前に来たばかりだった。

「随分と早いじゃないか、遠藤。12時までまだかなりあるぞ。」

「俺、ずっと楽しみだったんですよ。プロの試合を生で見るの初めてだしスタジアムに行くのも初めてだし。昨日もあんまり寝れなくて今朝ちょっと寝坊しちゃいました。」

遠藤 行則は一気にしゃべり通した。大人であれば少し落ち着けとでもたしなめたい所だが、発言者は小学4年生。屈託のない素直な笑顔を感想にほっとする野口コーチだった。楽しみにしていたという一言がとても嬉しく、救われた感すらあった。そう言えば、参加の申し込みも遠藤が一番早かった。

 次に姿を見せたのは太田 勝也と本田 成也。手を振って合図をする遠藤 行則と合流し、すぐに何やら話し始めた。あっ、と驚いたように野口コーチに挨拶し、宜しくお願いしますとお辞儀をすると、再び3人の世界へ入っていった。遠藤 行則が一番乗りしていたことにこっそり感謝する野口コーチだった。

「え、太田ちゃんと本田ちゃんっていとこ同士なんだ。知らなかったな~。」

野口コーチも初耳だった。本田が太田に対して当たりが強いとは感じていたが。

 続いて横山 順矢が到着し、さらに観月 心と細野 正が一緒に自転車で現れた。スーっと軽やかに一旦皆の前を通り過ぎ、近くの駐輪場に自転車を置いてから合流した。珍しい組み合わせだな、と感じたのは野口コーチだけではなかった。さて、残るは伍代 勇樹と城所 千夏。こちらの2人は間違いなく一緒に来る、心配の種は城所 千夏が欠席しないかどうか、意地でも引っ張ってこいよ、伍代 勇樹。そんなことを考えていると13時まであと10分という所で遠くから歩いてくる2人を遠藤 行則が逸早く発見した。

「あれ、俺達がラスト?」

「遅い、遅いよ、伍代ちゃん。来ないんじゃないかと心配しちゃったよ。さ、切符買って。電車来ちゃうよ。城所さんもおはよう。」

城所 千夏もペコリと頭を下げた。伍代 勇樹も城所 千夏も、遠藤 行則のテンションの高さに温かみのある苦笑いが止まらなかった。

「そんなに慌てなくても大丈夫だぞ、遠藤。じゃあ、行くか。」

「は~い。」

返事をしたのは遠藤 行則ひとり。野口コーチを先頭に、一行は小田急線に乗り込んだ。


 「あれ、スカートか。珍しいな。」

「お母さんがたまにはって。や、やっぱり変かな・・・」

「そんなことないぞ。似合ってる、似合ってる。さ、行こう。」

「うんっ。」

 ランドセルを背負っている時とは異なり、どこか照れを隠しながら俺と千夏は豪徳寺駅に向かった。今日のサッカー観戦、千夏はどうか知らないが、俺は結構楽しみにしていた。高校サッカーの上、国内トップレベルの試合。

 特別早くスタジアムに着いたというわけではなかったと思う。けれども席はガラガラだった。プロ野球ナイター中継のイメージがあったからちょっとだけ意外。たとえトップリーグ2強の好カードといえども、観客席が満席になることはまずないそうだ。だから俺達は余裕を持って自由席に陣取ることができた。ユニフォーム姿のサポーターも見られたが、それもごく一角を占めるに過ぎなかった。今回は常徳SCのイベントということもあってか、安全面からこのサポーター一団とは距離を置いた席に野口コーチは俺達を誘導した。それでも最前列の特等席。目の前に広がるのは芝のフィールド。園庭や校庭、公園の土の地面でしか遊んだことのない俺達にとって目映(まばゆ)い光景だった。日光を反射し風に揺れるフィールドはそれだけで特別だった。試合開始までは30分。

 「緑のチームが1位で青が2位。首位攻防戦って奴だな。コイツが見られるのはなかなかラッキーだぞ~。」

 電車の中からそうなのだけれど、どうにも俺達に気を使い過ぎて喋り方がどこかおかしい野口コーチ。

「攻めの緑に守りの青、そんなスタイルだな。リーグ最多得点の緑VS最少失点の青。それと・・・両チーム合わせて何人いるかな。1、2・・・5、6・・・7・・・半分以上が日本代表だな。日本で一番強いチーム、そして日本で一番うまい選手達だ。」

試合が始まるまでの空白、沈黙を嫌ったのは野口コーチだった。目を見て頷きながら真剣に聞いていたのは千夏と遠藤 行則の2人だけ。

 試合の入りは静かだった。やがて野口コーチの事前解説通りにグリーンがゲームを支配し、ブルーが凌ぐという展開が続いた。細かくパスを繋ぎ、巧みなドリブル突破にスルーパス。青チームは自陣ゴール前から動けず、青チームのフォワードは数える位しかボールに触れていないのではないのだろうか。まともなパスは1本も通っていない。緑チームが圧倒的に優勢だった、前半40分までは。この時間までゴールをこじ開けられなかったツケか、青の忍耐力の勝利か。前半残り5分、ブルーチームの10番が美しいフリーキックを決め、そのまま1-0、青チームリードで前半を終えた。

 ハーフタイム中、焼きそばやフランクフルトを食べながら俺達はよく喋った。およそ15分間、会話はほとんど途切れなかったと思う。その全てがサッカーの話。サッカー観戦に来ているのだから当たり前だと言われそうだけれども、結構盛り上がった。そうすると野口コーチは喋らなくなるんだな。気の回し過ぎで疲れたと思う。休憩してて下さいな。

 後半、試合は荒れた。イエローカードが計5枚飛び交い、2人の選手が流血した。響動(どよ)む選手の声。それは叱咤であり一喝であり、怒声。最前列の手摺に寄りかかるようにして観戦している俺達の耳へも届く。細かい内容までは聞き取れないけれど、雰囲気は伝わってきた。野口コーチがよろしくないなと感じたことは間違いないが、まずいと思っても致し方あるまいて。後ろの席に戻るかと思っていた千夏がずっと俺達と居たことはちょっと意外だったが。

 試合結果は1対1のドローだった。国立競技場が最も震えたのは後半37分。緑チームが同点弾をぶち込んだ瞬間だった。前半同様に攻め続けた緑。コーナーキックの零れ球がゴール前に流れ、混戦の中から誰が蹴ったかも分からないボールがネットに突き刺さった。ブルーチームは1点を守りきれずに倒れこみ、グリーンチームは雄叫びを上げながらサポーター目掛けて駆け出した。俺には歓喜というよりも激怒の表情に見えたのだが。俺達8人も、別にどっちのチームを応援していたというわけでもないのだけれど、ゴールの瞬間、大声を出していた。

 こにフィールドに立てているということは、サッカー選手としてエリート街道を歩んできたということだろう。各世代、各チームで自分こそが中心選手だった。核だった。高校時代には全国大会を経験し、現在は国内で最もレベルの高いリーグに所属している。そんな選手ですら―そんな選手だからか―勝ちに対して必死だった。勝つ為に味方すら叱りつけなくてはならない。最高レベルのプレイーヤー集団なのに。緑チームのディフェンシブハーフの選手なんか90分間通して怒鳴り続け(血管切れるんじゃないかというくらい)、鬼の形相でボールと人を追っていた。血まで流しながら勝利を目指すトップリーグの選手達。どうしてここまでやるのだろうか。仕事だから、監督に怒られるから、レギュラーを外さえる、負けたくない、自分の存在意義を。それと・・・サッカーが好きだから、勝った方が楽しいから。自分の為だけじゃない。他の誰かが喜んでくれる。チームの為に、勝ちたい。

 急に思い出したのは、ず~っと前の千夏との(いさか)い。運動会の徒競走で順位を決めない、走った者が皆1等賞というニュースがテレビで流れた時に意見が分かれた。面白くないと言った俺に、足の遅いこの気持ちは分からないと。練習すればいいじゃないかといった俺に、ほら分かっていないと。勝負、勝敗、選別、上下。それはどんな仕事に就いても、どんな環境下でも避けられない。だから負けに対する免疫は子供の時に作っておかないと、多分、いつか、立ち上がれなくなる。

                         【第三章 そうだ、サッカーを観に行こう 終】

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