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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
6/20

アスタリスク2

                       ✽


覚悟していたことではあるが、立ち上がりから厳しい展開が繰り広げられた。試合前からというよりも、大会前から分かっていたことだ。キックオフ直後からゴールキーパーの遠藤 行則を含めた8人全員が自陣に引かざるをえなかった。防戦一方。常徳SC対グリーンヒルSCの決勝戦。8人で予選ラウンドを勝ち抜き、決勝ラウンドも最終戦まで走り抜いてきた話題性十分の常徳SCに対して、優勝候補に挙げられ、その名に恥じない戦いを見せてきた実力のグリーンヒルSC。ちなみにグリーンヒルSCは昨年、つまり現4年生が3年生の時に優勝しているので今大会は連覇がかかっていた。

 常徳SCはチャンスらしいちゃんどころかまともにボールキープすらできていなかった。最後尾の遠藤 行則は掠れた大声で指示を出しながら必死にゴールマウスを守り、最前線の伍代 勇樹はセンターライン付近でカウンター攻撃のチャンスを狙う。そして他の6人はボールを奪うべくひたすら走り回っていた。

 用意の予測できる事態だった。人数のハンデを抱えながら戦ってきた常徳SCの4年生。彼らに経験値も少なく精神的な疲労も相当なものだろう。どうにかこうにか、打開策を。けれども常徳SCの選手にこの状況を打破するだけのアイデア、行動力は残されていない。これも十分予想の範囲内。だからこそ、野口コーチのサポートが必要だった。

 昼休憩を挟んだとはいえ、体力的には非常に厳しいだろう。人数差が導くのは戦局的な有利不利だけではない。子供の特徴として疲労に対して非常に鈍感。この点は大人が細心の注意を払わなくてはならない。観察を怠ると例えば夏のある日、ついさっきまで元気に走り回っていた子供が突然熱中症で倒れてしまったりする。気が付いたら脱水症状なんてことも。疲れを忘れて、体からのサインに気付かず遊び続けてしまうのだ。本当にもうダメだ、という限界まで遊ぶことに没頭してしまうのだ。もうひとつ、筋肉疲労について。中学生以上ならともかく、小学校中学年くらいまでで相当な筋肉疲労、筋肉痛を経験している子供は少ない。そんな子供達が1日に複数試合、サッカーの試合をこなしているのだ。口では大丈夫と言っても、疲労は間違いなく子供達の中に潜んでいた。頑張ればとか気合で、という精神論では解決策にならない。そんな勇者達に野口コーチが託した奇策。今まで話したことも、練習で実践したこともない。昼食をとりながら話したことを皆が覚えていた。体力が底をついた子供達に残された最後の武器として。

 

 とうとう常徳SCの足が限界なのかと思われた。集中がいつ切れてもおかしくない。疲労で脚が動かなくなり、敵の猛攻についていけず失点を重ねるというお決まりのパターンもあり得る試合展開だった。常徳SCの応援席には一方的な試合を心配する者もいた。決勝という舞台まで上り詰めたのに残酷な結果が待ち受けているかもしれないと。実際に常徳SCの運動量は減少していた。逃げではない勝つ為の作戦。それがどれだけ心強いか。子供達の拠り所になっていた。もっと言えば道しるべ。迷うことなくサッカーに集中できた。厳しい試合展開などとっくに覚悟の上である。

 ペースが握れないと感じたら守備に徹すること。ディフェンス、ハーフは全員ペナルティエリアを囲むようにして陣取り、相手の出方を伺う。そして敵がペナルティエリア内に侵入を試みたら一気にチェックをかけてボールを奪う。反対にペナルティエリア外からのシュートは守護神の遠藤 行則に任せよう。運悪く、たまたま、偶然素晴らしいシュートが飛んできたら仕方ない。そしてクリアボールは相手陣内の中央に向けて思い切り蹴ること。奪った場所がどこだろうと常にシュートを狙う感覚で良い。そこで伍代 勇樹。フォワードの伍代 勇樹はセンターライン付近で右に左に行ったり来たりしてマークを惑わせること。そしてクリアボールが来ると思ったら敵陣中央へ走り出してカウンターを狙う。フォローはいないぞ。最短距離を走ってどうにかシュートを打てれば上々っだ。伍代 勇樹の個人技あっての作戦ではあるが。

 体力的には厳しいだろう。足がパンパンに張っている子もいるかもしれない。でも勝ちを諦めてはいけない。途端にサッカーがつまらなくなってしまうから。


 一方的な試合展開に常徳応援団の声援は「当たれ」と「頑張れ」の2つ。ボールが無事クリアされる度に拍手が起こるも、次に繋がらない一時凌ぎ。対してグリーンヒル側は押せ押せムードという奴で、得点が動くのも時間の問題だった。

 試合開始前から足は重かったが、昼食はしっかり食べられた。体力は回復したろう、問題なしと考える子供もいた。けれどもやはりと言うべきか、常徳SCの8人は味わったことのない疲労に襲われていた。体力の減少が早いのだ。ちょっと動いただけであっという間に疲れが表に出てきてしまう。呼吸が乱れる。胸が苦しくなる。連戦と人数不足のつけを文字通り身をもって味わっていた。ゴールキーパーの遠藤 行則は他の選手と比べれば体力は残っているものの、緒戦から大声を発し続けている為に喉は潰れかけていた。口を大きく開けながらキーパーグローブをパンパン叩いていはいるが、果たして声が味方に届いているかどうか。遠藤 行則自身ももどかしくて仕方なかった。指示が届かなくてもせめて気持ちだけは。そんなゴールキーパーの想いを痛いほどに感じている常徳SCのメンバー。ただ、身体が、動かないのだ。足が棒の様。呼吸が乱れっぱなし。立っているのもしんどい。座り込んでしまいたい。加えて精神的にも苦しい。サンドバックの様に打たれ続け、ボールをほとんど奪えていない展開。試合時間が異常に長く感じる。ハーフタイムはまだか。応援してくれる人達の期待に応えたい。ガンバレの支えに精一杯戦う自分達の姿を掲げたかった。

 

 内気で気弱で、か細くて。足なんか足首とふくらはぎの太さがほとんど変わらない。そのくせ、ちょっとしたことでムスっとご機嫌斜めで、すぐに瞳が涙ぐむ。常徳SC唯一の女の子。チームを救ったのは城所 千夏だった。

 サイドからの突破を図るグリーンヒルSC。選手としてフィールドに立っている限り男も女も関係ない。穴、突破口。詰まる所のウィークポイントだと分かればそこを突くのが常套(じょうとう)手段。鉄則。この決勝の舞台までに何試合もこなしている。他チームに十分過ぎるチーム紹介をしているようなものだった。グリーンヒルが試合前から決めていた作戦。狙われたのは、城所 千夏だった。何度も抜かれ、(かわ)され、その度に他のメンバーがどうにかフォローしてゴールを死守してきた。強くなった、男共も、城所 千夏も。これが野口コーチの正直な感想だった。どんな場面に陥っても決して下を向かなかった。背筋を伸ばして前を見つめていた。

 前半15分、前半終了間際。身を投げ出したのは城所 千夏だった。捨て身とも言えるようなスライディングで相手からボールを引っペがした。

「横山!クリアだっ!!」

野口コーチの声が爆発音のようにフィールドを貫いた。


                         ✽


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