第二章 男子たるもの
【第二章 男子たるもの】
寝る前。布団に入ると、俺は夜な夜な死を怖がっていた。小学校1年生くらいまでかな。死ぬときはなるべく苦しくない死に方がいい、と。溺死、窒息は嫌だ。意識がなくなるまでの時間が長そうで。何より、俺が死んだら母さんがどれだけ悲しむだろう。ただでさえ細いのに、きっとガリガリになってしまうだろうな。毎日泣き続けるに決まっている。涙の乾かない一日もあるかもしれない。最悪、自分の人生を捨てるかもしれない。だいあら俺は、死ぬのが怖かった。
俺は昔から、無意識の内に特定の感情を押し殺してきた。楽しいことを楽しい、嬉しいことを嬉しいと表現することは悪いことではない。けれども辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、悔しいことを表に出せば他の人まで巻き込んでしまう。心配をかけてしまう。それが怖い。嫌で仕方ない。自分だけならどうってことない。耐えられる。我慢していればいいだけ。けれども親や友達、野口コーチが自分のことで心を痛めてしまうのは許せない。回りの大切な、自分を支え信じてくれる人に迷惑をかけたくない。ま、口に出すのは恥ずかしいから気配と仕草で言葉に代える。問題ない、大丈夫だよ、と。俺が平気な顔をしていれば、みんな胸を痛めることなく済むそうだ。だからいいんだ。たとえ弱虫と言われようと、情けないと、ヘラヘラしていると見下げられようと、その程度の苦言はいくらでも呑み込んでやる。本当に辛いこと、嫌なことはそうそうあるもんじゃない。だから心配しないで欲しいんだ。そんなに弱くない。弱ければ強くなる。我慢、忍耐の類は得意なんだ。安心して下さい。心配、かけないからさ。
ロードワークをするようになったのは3年の夏休みから。学校から帰ると着替えて、すぐ近くの『ユリの木公園』でストレッチ。『赤松公園』まで、ゆったりとしたペースで往復する。二両編成の世田谷線で1駅分の距離だから、時間にして片道20分ぐらいのランニングだ。はじめは体力強化なんて意気込んでみたが、今は調子がいいから走っているだけ。3日もサボってしまうと体が重くなってしまう。今日も無理せず少し呼吸が乱れる程度のペースで走る。いつも通りのペース、いつも通りの景色、いつも通りの道のりだ。いつもと違うのは頭の中で音楽が流れないこと。どうにかこうにか無理繰り奏でてみてもすぐに消えてしまう。最近はお気に入りのロールプレイングゲームの曲が多かった。気に入り過ぎてサウンドトラックまで買ってしまった。サントラが再生されている限り快適かつ軽快に走ることができる。調子の良い時は鼻歌交じりに往復できたのに、この日は違った。この日からしばらくは。サントラよりも雑念の方が、ボリュームが大きかった。
「そりゃ3年に負けたけど、今まで別にどうってことなかったじゃないか。3年は有望なんだろう。大人も子供もそれで楽しそうだったじゃないか。オーケーだったじゃないか。そもそも練習だろう。本番じゃないし。で、結局何が言いたかったんだ?次は勝てよってことでいいのか。別に勝てって言うならいくらでも勝ってやるよ。ボコボコにしてやる―」
どうにも調子の狂ったままロードワークをこなしていた。全然、気持ち良くないのな。
「3年に負けて野口コーチに説教された、なんて言えないよな~。」
「・・・うん・・・」
俺と城所 千夏は幼馴染で同じ小学校に通っている。もっと言えば2人共、常徳幼稚園の卒園生だ。家が近所で、小さい頃は一緒に公園で遊んでいた。気が付いたら同じ小学校でサッカークラブにいて、という風である。母親同士も仲が良く、互いの家を行き来していた。夕食だって食べに行ったり食べに来たり。ユリの木公園で一緒に遊んでいた頃はもっと笑っている時間が長かった気もするが、4年にもなるとどうも気恥ずかしいし、邪魔も入る。とはいえ普通に喋るし、仲は良いと思う。ただ、千夏は内気で恥ずかしがり屋。言われるがまま、引っ張られるがまま。女子同士でいる時もそうなのだろうか。クラスが違うから分からないんだよな。ちゃんと言いたいことは言えているのだろうか。仲間ハズレにされていないだろうな。
ある日の下校途中。千夏とはよく一緒に帰るので冷やかされることもなくなった。
「別に試合本番ってわけじゃないし。練習だよ、練習。勝ち負けどうこうって関係ないだろう。時間過ぎてから集合させて『どう思う』、『悔しくないのか』だってよ。千夏も質問されてたもんな。」
「うん。」
「言われりゃ3年ぐらい、いつでもぶっ倒してやるっ言うの。」
「・・・・・・」
物静かな千夏。この日は輪を掛けて口数が少なかった。加えて、いつもならだんまりでも気を遣ってか、口元に微かな笑みを携えているのに今日は頑なに無表情。ずっと下を見ながら歩き続け目を合わせない。千夏の怒った所など記憶にないので定かでないが、どこか怒っているように見えてしまった。どこかちょっと早歩きだし。
「・・・」
「・・・・・・」
俺も愚痴るのをやめた。黙るしかないだろう。怒りの矛先を向けられたらたまったもんじゃない。何か言いたいことがあるけれど言い出せない。そんな時、両手をギュッと握るのが千夏の癖なのだが、チラッと見たら思いっきりグーだった。俺達の家は隣同士。学校から家までの15分間、会話はほとんどなし。長い帰り道だった。
「じゃあな。」
俺もちょっとムッとして言った。
「勇ちゃん、あのね―私はちょっと悔しかったかな。私、下手っぴでなんにもできないのに、ゴメンね、また明日。」
後半を早口で言い放った千夏は振り返ることなく家に入っていった。俺は黙って見送った。帰り道、ずっと言おうとしていたんだろうな。そして声に出した。
ほらやっぱり。感情を露にすれば受け取った相手が苦しむんだ。吐き出した本人はスッキリして気が楽になることもあるだろうけれども。城所 千夏を責めているのではない。でも、逆の立場になってしまうのは嫌だ。我慢できない。自分を他人の感情に押し込んで捩じ込んで、そのことで相手の時間を奪い惑わせてしまうことがどうしようもなく申し訳ないのだ。
念の為にもう一度。千夏を恨めしいと思っているのではない。俺が誰かの為に時と心を費やすことは問題ない。むしろやる気が出てきた。そっか、そうだよな。やられっ放しはやっぱり、悔しいよな。
要は、負けなければ文句を言われないのだろう。けれども、毎週学年対抗でミニゲームをやるわけではない。少しずつ、一歩ずつ、かな。翌日から千夏のご機嫌は治ったので一安心だったが、俺の決意は揺るがない。お説教後、初めての練習にて。最初のチャンスはリフティング競争。学年対抗ではないが個人戦。3、4年全員で、よーい、どん。俺達の中で100回リフティングできる奴は何人いるのだろう。半分以上のメンバーが20秒もたずにボールを落とした。失敗したらその場で待機。邪魔にならないよう、続いているプレイヤーを見守ることになる。いつもは区切りのいい所でボールを落とす。疲れた、こんなもんか、という感じで。けれども今日は違う。同学年ならともかく、3年には負けられない。ちなみに俺はリフティング100回くらいはどうということはない。負けてやるつもりはない。だから失敗した奴のボールが飛んでこないよう、できるだけ人の少ない場所を選んだ。気が付いたら残っているのは俺を含めて4人。俺以外は3年だ。
一口にリフティングといっても、使う体の箇所によって難易度は異なってくる。まずは腿。ボールを受ける面積が最も広く、リフティングが安定する。ただし、足をある程度まで高く上げなければならないので、すぐに疲れが足に来る。次に足の甲。インステップと呼ばれる部分でリフティングの基本、長時間リフティングを継続させるには不可欠なのだが、不慣れだとあっという間にボールが明後日の方向へ飛んでいってしまう。全員、このどちらかを中心にリフティングを行う。もちろん手以外の部分であればどこを使っても構わないのだが、まぁ、すぐにボールを落とすだろう。
ひとり落として残りは3人。そろそろ野口コーチがストップをかけるかな、という所から随分と時間が経ったと思う。さすがに疲れてきたが、3年が2人残っている。正直に凄いとは思う。俺が3年の時にリフティングを100回できたかというと、まぁ、できたんだけど、凄いと思う。だからこそ負けられない。何だろう、負けたくないではなくて、イライラした感覚で勝たなくてはいけない、と。正面からぶつかって蹴落として勝たなければならない。とはいえ・・・ハァ・・・ここで落としたら目立つよな。珍しく本気でやって3年に負けたら格好つかないな、言い訳できないよな、みたいなことを考えていると、
「よし、やめっ。そこまで。」とストップがかかった。まずは負けなかった。なんで止めるんだよという気持ちは湧いてこなかったので、多分、そういうことだろう。
横目でチラッと千夏を見た。開始10秒で座った千夏は笑顔でパチパチ拍手していた。気楽なもんだ。
次の練習を俺達は『蹴出しゲーム』と呼んでいた。ひとり1個のボールをもってフィールドに散らばる。ゲームが始まるとボールをキープしながら敵の様子を伺い、隙をついて相手のボールを外に蹴り出す。フィールドの外にクリアされてしまった者は失格、これまた見学である。人数の多い序盤は気付かれないよう後ろからこっそりと、という戦法も有効だが、絞られてからは実力勝負。不意打ちは通用しない。ドリブルが苦手、ボールタッチがたどたどしいと最後の数人まで残るのは厳しい。リフティング競争なんかよりもずっとおもしろい。特にドリブルお得意なプレイヤーに人気がある。人気があるということは、強い。ということは、下手っぴな奴はまぐれでもなかなか勝ち残れない。俺はドリブルが好き。ということは得意だ。
さて、『蹴出しゲーム』。残ったのは4人。俺と3年生が3人。ふと回りを見れば偶然にも3年が作る三角の中に囲まれる形となっていた。3年の立ち位置、動きからするとまずは4年生を倒してから、ということらしい。上等だ、言っておくが負けるつもりはない。とはいえ、1対3はさすがに厳しい。ゴチャゴチャやっているうちにボールをクリアされてというのが目に浮かぶ。その後、ボールを取りに行ってフィールドの外に座るのがなんとも格好悪く映るんだよな、人数が減ると。イライラするな、そう思った時だった。
「囲まれる前に一人ずつ倒しちまえ!仕掛けろっ、仕掛けろよ!」
体が自然と太田 勝也の檄に反応した。そうか、簡単に3対1の状況をプレゼントする必要はないのだ。不利な環境を待つことはない。俺から動いて1対1にすればいい。厳しい時こそ、動け。
まず狙ったのは、3人の中でボールコントロールがワンランク落ちるプレイヤー。ドリブルで相手に近付き自分のボールを守りつつ相手のボールを場外に蹴り出した。実力差があれば問題ない。自分のボールをキープしながら、危なげなく問答無用に勝負を決めた。俺の迫力とまではいかないが、いつもと異なる雰囲気に気圧されたのかもしれない。あと2人。睨みつけるが如く振り返ると、3年のひとりが勝負に出てきた。自分の球を隅において俺につっかける。それをワンフェイントで抜き去り、主人を待ち惚けるボールを外に出した。別にもうひとりにわざわざクリアしてもらうまでもない。さぁ、1対1ですよ。3年対4年。勝って当然負けるは恥。勝利で得られるものは現状維持。
「チッ。」と意味もなく舌打ちし、ボールを置いたまま猛然と3年に向かって走り出した。つい今しがた3年が取った作戦だ。1対1になれば相手のボール近くで競った方が有利に決まっている。咄嗟に背中を見せてボールキープに入る3年だったが、こうなっては勝負あり。この態勢からどうやって俺を抜いてボールをクリアするつもりなのか聞いてみたい。クリアは思いっきり蹴り飛ばしてやった。心の中で「とってこーい」と叫びながら。
「ふう・・・」
溜め息ひとつ吐き出して、思わぬ歓声と拍手が掻き消してくれたが、右の拳をギュッと握り締めた。勝った、誰にも文句は言わせない。
一学期中は4年の中でも浮くかもな。仕方ないか。夏休みまで1ヶ月を切った。一所懸命に頑張ることは正しいと思う。けれども不格好に見える。進んでやりたくはないし真似もしたくない。その姿を誰かに見られたくないし、言われたからやるなんて以ての外。それでも俺は3年に負けない。だから俺は浮くかもな。
そんな俺に同調する奴がいた。遠藤 行則。4年の中で1番背の低い、運動神経抜群のゴールキーパーだ。尤も、小さなクラブチームにキーパー専属のコーチなどいない。常徳SCも然り。野口コーチもフィールドプレイヤー出身だから、ゴールキーパーによるゴールキーパーの為の、遠藤 行則専用の練習はできないのだけれども。
肩にかかる長いサラサラした真っ黒な髪の毛。遠藤 行則は後ろ姿が女の子みたいだし、正面から見ても可愛い顔をしているので、度々、女子に間違えられる。俺達の中で最も背が低く、3、4年全体でも3番目に小柄だった。そんな遠藤 行則は常徳SCで最も優れえた運動神経の持ち主。一口に運動神経といっても色々だが、具体的には体操である。『常徳サッカークラブ』同様スタンド・アップ・スポーツクラブが経営する『常徳体操クラブ』にも籍を置いている。たしか水曜日の午後だったはず。親や体操クラブの先生から禁止されているそうで滅多にやらないが(真似されると危ないので友達の前でやってはいけないという約束らしい)、側転、ロンダートは朝飯前、バク転、もお手の物だった。倒立も支えなくできるし、そこからの前転も美しい。なんて言うか、ドスンではなくスーという感じで。体操クラブでの評価も高かった。
「伍代ちゃん、伍代ちゃん。」
遠藤 行則は友達を呼ぶ時に「ちゃん付け」で声を掛ける。3年への対抗意識を突然に醸し出す俺に距離をおかずくっついてきた。
場の雰囲気を察知することができず、張り切りすぎて回りから白い目で見られることは誰だって耐え難い。浮いている、KYだと陰口を叩かれるのは辛い。所属するチームでメンバーから避けられながら練習するというのはどう想像しても厳しい。周囲と同じ次元で、熱量で、やる気で、声の大きさでというのが安全策なのだ。でも、心の中ではやってやりたいという意気地を持ち合わせているのだ。絶対に認めないけどな。
俺と一緒にブレーキを話した結果、2人で競い合うように、結果として3、4年をまとめて引っ張っていくことになるのだが、そえは2学期以降の話。
「よーし、シュート練習始めるぞーっ。」
野口コーチがゴールマウスに入り、シュート練習開始。俺達のやる気メモリが2つも3つも上昇する。さすがに大会前はゴールキーパーの練習も含めたものんいなるのだが、今は全員がシューターである。サッカーの1番気持ちいい瞬間、ゴールに向かって力一杯ボールを蹴り込むのだ。家で学校で、お母さんに先生に、嫌なことを振り払うようにゴール目掛けて力一杯ボールを蹴り込むのだ。
長距離走が好きな子は珍しい。練習の締め括りにダッシュをやるとなると逃げ出したくなる。少し細かな戦術やコンビネーションになると頭痛を発症する奴がいる。雨の日の筋力トレーニングもキツイ。あまり気持ちよくない汗をかいた挙句、下手すると筋肉痛が待っている。いかにしてサボるか、どうやったら楽できるかをいつも考えている。これらとは正反対のシュート練習。ワン・ツーパスからゴールに向けて思い切り足を振り抜く。狙い通りのシュートが決まった時の快感と言ったらない。順番が待ち遠しくて仕方ない。みんな大好きシュート練習、なのだ。
どの学校の体育倉庫にもバスケットボールは置いてあると思う。バスケットボールとまではいかないが、サッカーボールの公式球というのは硬く重いもので、中間休みに使うドッジボールとはまるで異なる。スパイクやトレーニングシューズを履いて、正しい蹴り方をしないと怪我をする危険すらある。4号球(小学生まで)、5号球(中学生以上)と大きさや重さに差はあるものの、サッカーボールとは見た目以上に重量のあるものなのだ。実はサッカーをする上で、ボールを強く蹴れるかどうかは誰しもぶつかる壁のひとつ。筋肉がまだまだ未発達の俺達であればなおさら。強いシュートやボールを遠くまで飛ばすロングキック、またボールスピードの速いインサイドパスというのは傍から見るよりずっと難しい。野口コーチの話では、高校生になってもボールが遠くまで飛ばすことができないで苦労する選手も少なくないそうで。もちろんパワーの問題だけではなく蹴り方の修正が必要だということもあるが、強く、速く、遠くへ、に越したことはない。ディフェンスはどんな姿勢だろうと、右足でも左足でもボールを高く遠くへクリアできないと相手チームに次のチャンスを与えてしまう。フォワードは強いシュートが撃てるかどうかでシュートレンジが決まってくる。欧州、南米に比べて日本の選手は、美しいロングシュートが極端に少ない理由はここにあるそうだ。他を圧倒するキック力はそれだけで大きな武器となる。その逆は、そう、弱点である。
「ナイッシュー!!」
「もう1本っ」
「枠っ、ワクー!」
シュート練習ではみんなよく声が出る。声の出し易い練習だということもあるけれど、この日もみんな思い思いにシュートを放ち、気の向くままに叫んでいた。勝ち負けの関係ない練習、俺も楽しいというよりは気持ちよくなっていた。何かを力いっぱいに蹴り飛ばす、普段の生活でそいういう機会が滅多にないからかな。頭の中を空っぽにしてはダメなんだけれども、どりゃあと足を振り抜けばストレスの解消にもなる。不安や不満だってとりあえずは吹き飛んでくれる。
それは突然に訪れた。常徳SCの練習ではちょっと聞きなれない、だから初めはボールが割れたのかと思った。ボールがゴールポストに当たった音だということが分からなかった。徐々に状況を理解していく内に俺達の声はまるで金属音に吸い込まれる様に消え入り、視線がキッカーの横山 順矢に集まった。口をポカンと開いていたので、当の本人も驚いてしまう位のシュートが飛んでいったようだ。
間もなく横山 順矢を中心に小さな輪ができた。正しくは三角形か。俺と遠藤 行則、そして太田 勝也の3人で、同学年が蹴ったとは思えないシュートを放った横山 順矢を囲んだ。そうか。この時はまだ円を描くことができなかったのか。
「凄ぇシュート蹴れるのな、横山。そんなにキック力あったっけか?」
太田 勝也が興奮気味に尋ねた。その表情はとても嬉しそう。お調子者には違いないが、他人の幸せを心から自分の事の様に喜んでくれる。だからコイツの回りに人が集まり、笑いが絶えないのだろう。
「う~ん・・・いつも通り蹴ったらいいシュートが飛んでいったみたい。別に蹴り方とかは変えていないんだけどなー。」
本人が一番戸惑っている様子。
「横山ちゃん、いつからそんなシュート撃てるようになったのさ。野口コーチも逃げてたよ。」
その後もしばらく続いたシュート練習。必然的に横山 順矢のシュートが注目を集めたのだが、奇妙なことにあの1本以降、豪快なシュートは見られなかった。結局、幻のシュートになってしまったが本当にえげつない一本だった。少なくとも俺には繰り出せない。スピードがまるで異なった。
もうすぐ夏休み。学校が休みになると同時に、常徳SCも休部する。夏休み中は練習も練習試合もない。だからおよそ1ヶ月半、メンバーとは顔を合わせない、例年は。今年はちょっと違う。そのちょっとが大きなきっかけとなった。
【第二章 男子たる者 終】




