寄り道
【寄り道】
その晩、野口コーチは居酒屋にいた。4年生からやる気が感じられないというわけではないし、皆がみんな足でボールを扱うのが苦手ということでもない。確かに3年生はサッカーをよく知っている。勉強している。ルールや海外サッカーについてもそうだが、細かなポジショニングやマークを外す為の動き、ボールを受ける際の身体の向きなど、思わず唸ってしまうことも度々だ。多くの試合を目にし、沢山サッカーに触れていることは間違いなかった。そんな子供が少なからずいる学年が強くないわけがない。
対して4年生。とても優しい子供達が揃ったと思う。後輩の面倒見が良いし、気が利くし、4年生同士も仲睦まじい。下品な言い方をすれば、大人にとって扱いやすい。そして、肝心のサッカーだって決して下手っぴではないのだ。特筆すべきは非常に個性が豊かであること。ドリブルが得意な子、キック力のある子、足の速い子、この年齢では、珍しくディフェンスに興味津々な子。週に1回、顔を合わせるのが楽しみなのだろう、欠席率も低い。1学年後輩に、いいようにやられてしまうチームではないはなのだ。ずっと思ってきた。もしかしたら俺自身サッカーをやる人間として、4年生がどう化けるか見てみたいのかもしれない。
大学時代からの友人で、社会人になってからも付き合いのある小田桐を誘って、小田急線経堂駅近くの居酒屋に入った。小田桐は中学校の体育教師で、大学時代はラグビーをやっていた。今でもその二の腕は俺の2倍はあろうかという程。体重は100キロ超。
「お前は大学時代からそうだよな。考えなしにその場の感情で行動するから面倒が増えるんだぞ。」
一頻り俺の話に耳を傾けた小田桐が学生時代同様、オブラートに包むことなく意見を吐き出した。
「考えなしってわけではないんですけどね~。なあ、俺って昔からそうか?」
「ああ、そうだ。自覚症状なしか。困った奴だな・・・ただ、悪い子達じゃないんだろう。俺には可愛く聞こえるぞ。」
「だから余計に難しいんだよ。」
「だろうな。そうでなきゃ、俺を呼び出したりしないだろう。」
やや形勢が不利なようなので話題を変えてみた。
「そういや小田桐、今度赴任した学校、柔道部の顧問だっけか。絶対に体格で選ばれたよな、クックックッ・・・」
「コノヤロウ、笑い事じゃねぇんだ。本当に大変なんだぞ。」
「フンッ。朝から晩までラグビー漬けだった奴が何言ってやがる。」
「使う筋肉が違うというか、運動の質が別物というか。サッカーもそうだろうけど、ラグビーなら5時間、6時間練習できたけど、柔道は2時間で精一杯だな。体力の限界うんぬんじゃなくて、筋肉が動かなくなっちまうんだよな~。」
筋トレバカが言うんだから、よっぽどなのだろう。
翌日は案の定二日酔い。小田桐と一緒だと、どうにも酒が進んでいけない。昼過ぎ、酒抜きも込みの散歩に出かけた。人通りの少ない遊歩道をぼ~っと歩く。最近舗装工事が完了して歩きやすくなった。ふらふら、ぶらぶら、ゆっくり、時折、首やら肩やらを回しながら歩く。首を回すとまだちょっとクラクラした。のんびりしながらも目的地は決まっていた。とある中学校。30分程歩いて到着すると、グラウンドでは練習試合が行われていた。よく声が出ている、選手も監督も。何故、何の為に。意思疎通、共通認識、指示、気合い、確認、修正そして集中力の維持。練習の成果を、より良い試合を。詰まる所、勝つ為に。
前半の途中からハーフタイムを挟んで、後半丸々見学した。小学校中学年と比べればやはりレベルが違う。プレーの質は言わずもがな、肉体的にも精神的にも。ちなみに小田桐が赴任している中学ではない。友人の職場を無断で訪ねるような野暮はしない。
ひとり、常徳SCの卒業生がいる。1年生からレギュラー争いに加わっており、今の試合にも出場していた。それだけではない。年上の選手に混じっても気圧されることなく堂々と、フィールド内で一番の動きをしていた。ある程度のひいき目は否定しないが大きくなった。
観戦を終えると自宅に戻り、サッカーボールを持って近くの公園で小一時間汗を流した。
【寄り道 終】




