アスタリスク1
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「いよいよ決勝だ。準備はいいな。」
野口コーチを中心に8人が半円を作り耳を傾けた。野口コーチがひとりひとりの表情を確認する。皆、自信溢れる顔をしていた。コーチがこんなことを言っては頼りないが、決勝戦を前に心強かった。後輩を相手にいいようにやられて、それでもヘラヘラしていた頃からどれ程の月日が流れたというのだろうか。子供の成長を己の目を持って知ることができる、野口コーチも誇らし気だ。野口コーチが視線を少し下に落とした。すると手足の動きが慌ただしい子供が何人かいる。ウォーミングアップは十分だから寒いということはないだろう。ましてやトイレということでもあるまいて。それほど試合慣れしていない選手達が最後の試合を前に落ち着かないのは仕様がないのだけれども、そこへユーモアを突っ込む所に野口コーチの成長も見られるのだった。
「ちょっと真面目な話をするとな・・・実は―まさか決勝まで来られるとは思わんかった、アッハッハッハ・・・」
「全然真面目じゃないじゃんかっ。」
太田 勝也のツッコミで笑いは全員に伝播した。
「ハッハッハ・・・まぁ、聞いていくれ。勝っても負けても最後の試合だからな。ちょっと照れ臭いが君達に伝えておきたいことがあるんだ。」
「8人で本当によくここまできたと思う。スポーツで重い反則に対する処分は退場なんだ。この舞台から去りなさいと。そしてチームに与えられる罰則はメンバーの減員。その状態で君達は戦いを挑み、勝ってきた。俺はいまだに奇跡の途中、夢の中だと思っているくらいだ。大会前のミーティングで3年生の力を借りないと決めた時、なぜだろうと思った。面倒見のいい君達だ。3年生の信頼も厚い。喜んで力を貸してくれただろう。とにかく11人揃えればいいじゃないかとずっと思っていた、というのが正直なところかな。ま、今でもそう思っているんだが―」
「えーっ!?」
何人かが大声を上げるものだから常徳SCがまた笑いに包まれた。そりゃないよ~、なんて口にする者も。
「そりゃそうさ。8人よりも11人の方が人数は多い。幼稚園児でも分かる事実だろう。そして僕の仕事は君達を少しでも勝利に近付けることだ。だから君達の意志を確認した。」
「整列5分前です。」
運営スタッフがスピーカーで喋っているが誰も気にしない。集中している。いい緊張感が漂い、目の前の試合を待ち遠しく感じていた。そして野口コーチの話を。
「プロの試合だったら、11人対8人の時点でほぼほぼ勝負ありだろう。そんな試合になったら選手だけでなく監督だって諦めてしまう。最高レベルの、いわば完成された選手の試合であれば3人のハンデは如何ともし難い。でも君達はまだまだ成長過程。相手の選手も同じだ。未完成の状態。だから何が起こるか分からない。子供が主人公の舞台では奇跡がしばしば起こる。不思議なことが起こる。信じられないことが起こる・・・・・・・・・今がそれだっ。自信を持っていこう!君達が奇跡を起こしている張本人だ。怖がることは何もないぞ。最後の試合、奇跡を完成させに行こう。さぁ、勝ちに行くぞ!!」
「おおっしゃあっ!!」
応援に来ていた城所 千夏の両親。内気で人見知りで、喋るのが苦手で、運動だってさほど得意ではない娘。クラブに入ってもすぐに辞めるものだと思っていた。それが1年続き、2年続き、去年の夏休みも自分で続ける意志を示した。思春期の女の子が膝小僧を擦りむいて笑顔で練習の様子を話す。リフティングが50回できるようになったと。脚が太くなったと。こんな娘の成長も、嬉しいものである。
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