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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
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最終章 予選終了、そして・・・

【第九章 予選終了、そして・・・】


 全ての試合が終わり、表彰式が行われ、着替えを済ませた後、野口コーチから総括が行われた。肉体疲労のピークを迎えている俺達を精神的にもヘトヘトな3年が一同に集合した。別けるかなとも思っていたのだが。1勝できれば上出来だとされていた俺達4年が優勝し、決勝ラウンド進出の大本命だった3年は最後の試合で敗れた。明暗分かれた常徳SC、野口コーチはどのように解散の挨拶をするのだろうか。どんな話をするのだろうか。勝った喜びや試合後の疲労感よりも、変な緊張感が勝ってしまった。

「まずは4年生。決勝ラウンド進出おめでとう。3試合とも素晴らしい試合だった。残り少ない練習時間を無駄にしないように。決勝ラウンドの日時は追って連絡します。」

 ・・・えっ、終わり・・・かな。思ったよりも短かった、ような・・・別に褒められたいとか偉いぞと言われたかったとか、そんなことを期待していたわけじゃない。そうじゃないのだkれども、拍子抜けというかなんというか。表情は暗かったし地面を睨みながら喋っている感じだった。そうか、そうだよな。変な緊張感は誰よりも野口コーチが感じていた。

 「3年生、顔を上げなさい。」

やや強い口調だった。

「これが勝負ということだ。油断したわけではないし、実力で引きをとっていたとは思わない。緊張して普段のプレーができなかったということもないし、動けなくなる程の疲労があったということもないだろう。常徳の3年は勝って当たり前というプレッシャーがあったことは否定しないが、みんな練習以上の動きができていたと思う。それでも・・・今日という日を忘れないで欲しい。君達からすれば逸早く忘れてしまいたい一日、試合になってしまったかもしれないが、この経験が必ず活きてくる。いや、絶対に来年、活かなさなくてはダメだ。日に日に悔しさが増してくるかもしれない。なんでだよと思うかもしれない。もしかしたら、サッカーが嫌いになるかもしれない。何をしていても今日の試合が思い出されてしまうかもしれない。それでも、そこから逃げずに消化して欲しい。そして来年、リベンジしよう。以上っ。」

俺達は去年まで負けて涙を流すことなどなかった。だから3年はもっと強くなる。

 こうして俺達は予選ラウンドを通過し、決勝ラウンドの切符を手に入れた。優勝できなければこの予選にて俺達の代の常徳SCは解散ということになっていたのだが、もうちょっと一緒にサッカーができることになった。決勝ラウンドはおよそ1ヶ月後。それまでもう3、4回、常徳の練習に参加できる。


 3年の凄い所は腐らないこと。決勝ラウンドまでの数回の練習は全て、俺達4年の為に汗を流してくれた。誰も休むくことなく。練習の中心は4年、とりくみの主役も4年、準備と片付けは3年。どうやら3年から野口コーチに申し出たそうだ。本当に頭が上がらないよな。ありがとうなんて照れ臭くて言えないけれど、はてさてどうしたら気持ちが伝わるのやら。

 練習のテーマはひとつ。8人で勝つ為に。ありがたいにはありがたいのだが、けっこうな地獄だった。例えば俺の場合、1対3のドリブル練習を徹底的にやらされた。ドリブルで向かってくると分かっているディフェンダーを相手にするだけでも一苦労なのに、それが3人。5分も持たずにヘトヘトだっ()うの。

 横山 順矢は言わずもがな、ひたすらにミドルシュートの練習。大好きなシュート練習と言えど30、50、100と蹴っていればやはり地獄。見ている方が辛くなってしまう程だった。

 他にも個人練習やポジション別の練習が、俺達4年の為だけに行われた。

 それだけじゃない。頭のトレーニングまで面倒を見てもらった。練習後、決勝ラウンドの仕組み?みたいなものを教わった。まずはA~Dのグループに振り分けられる。1グループ3チームで総当り戦を行い、1位のチームが決勝トーナメントに進むことができる。この時点でベスト4というわけだ。注意点として、グループリーグで1位を取れなければ公式戦は終了。グループリーグ敗退。あとは他グループの2位以下のチームと練習試合を行うだけ。だから実質、全てがトーナメントと思って戦わなくてはならない。引き分けならばともかく、1位のみがトーナメントに進めるリーグ戦は負けたら終わりである。

 3年と地べたに座って喋ったのは初めてかもしれない。しかもそれがサッカーについてというのは嬉しかった。俺達だって教わるだけではなかったんだぞ、一応。その・・・心構えというか、姿勢というか、あまり参考にはならなかったかもしれないが・・・常徳SCの最上学年となる後輩へアドバイスを―もちろん俺達4年の誰ひとりとして後輩に心配はしていないのだけれど。


 予選ラウンドから決勝ラウンドまでのおよそ1ヶ月間、常に毎日、心のどこかで大なり小なり気を張っていた。サッカーのことを、常徳SCのことを考えていた。本番直前の緊張よりはずっと弱いけれども、どこか落ち着かず、集中力が欠け、他人から見ればぼーっとしているように見ええたかもしれない。

 4年から5年に進級する直前ということも手伝って毎日不安と期待、そして確実な終を迎えるという未来に寂しさを感じていた。常徳SCは解散するし、クラス替えがある為に今のクラスともお別れ。やはりこの時期は終幕とか別れが多い。その中で継続するものがあるということが俺の中のモチベーションに繋がっていた。今年度ずっと生きてきて、頑張ってきて、3月になったら、はい、おしまいというのはどこか悲しい。形として何かを残したい。結果として刻みたい。それが俺にとっては常徳SCなのだ。常徳SCとして予選ラウンドを突破したということが、決勝ラウンドを戦えるということが、終幕だけを考えるのではなく、歩いている道程を実感させてくれた。黙って終わりを待つのではなく終点に向かって歩いていける、みたいな感覚かな。




 決勝ラウンド。俺達は8人で勝ち続けた。そりゃ、緒戦は緊張した。他のチームの選手はやっぱりみんな上手そうに見えた。強そうに見えた。それでも常徳は負けたなかった。3チームでの総当り戦で2連勝して決勝トーナメント進出。ちなみに俺は、1戦目にハットトリック、2戦目にも2得点を決めた。すこぶる調子が良かった。我ながら周りがよく見えていた。味方の動きも敵の動きも。この時点でベスト4。つまり、残る試合は準決、決勝。まぁ、3位決定戦になるかもしれなかったが、トーナメント緒戦つまりは準決勝にも勝利した。俺達は決勝戦まで駒を進めた。


グリーンヒルSC対常徳SCの決勝戦は延長でも決着つかず、PK戦に突入した。とりあえずはもう走らなくていいということに安堵した。というよりもう走れん。さすがに疲れた。もう無理だ。とはいえ、常徳SCに残された唯一の道、そこに辿り着いたのだ。延長戦を乗り切ったことで希望が、ほとんど消えかかっていた優勝の可能性が、ゼロに限りなく近かったものが五分にまで膨れ上がったのだ。誰が何と言おうと、俺達、常徳SCプロデュースのPK戦だった。


 何度目になるのだろうか。野口コーチの元へ帰ってきた。そしてこれが最後、か。野口コーチは落ち着きを取り戻していて、冷静に俺達を迎えてくれた。お帰りと。

「よーし、よく戻ってきた。よく耐えた。狙い通りのPK戦だ。―座れ、座れ。座ってドリンク飲みながら聞いてくれればいい。」

 疲労と達成感はピークだった。もう走れない、叫べない、頭も働かない。ちょっと油断したら眠ってしまいそうだ。けれどもこのPK戦で勝つことができればこの疲れも吹っ飛ぶし、達成感は頂点を振り切ってくるだろう。ここまできた。これで最後。PKはおまけ。あとは運。俺達は負けなかった。予選ラウンドからここまで。ふと千夏と目があった。満足そうに、けれども泥だらけ汗だらけの照れからか、苦笑いしていた。

 「ゴールキーパー、遠藤。」

野口コーチがPK戦のメンバーを発表していく。

「一人目、本田。二人目、横山。三人目、遠藤。四人目、太田。五人目、伍代。」

一応はPK戦の練習も何度かやっているし、蹴る順番もそれを参考に決めていたのでラストを任されることは分かっていた。驚きはしない。むしろ期待している。俺のシュートで優勝を決めてやる、と。延長を乗り切ったことで優勝への階段を1段と言わず5段、10段と昇った俺達に風が吹いているのだ。

 円陣を組み気合を入れる。笑ってしまう位に皆、声がガラガラだった。手を繋ぎ、縦に並んで、センターサークルへ歩き出す。グリーンヒルSCも同様。応援席からは両チームへの拍手が送られる。野口コーチも手を叩いている。そんな力一杯・・・誰よりもでっかい音を出しているんじゃなかろうか。それだけで気持ちが伝わってくる。試合が終わったら皆で挨拶に行かないとな。もう誰もが分かっていた。両チーム優勝でいいのだ。PK戦はもはやあくまでおまけだと。けれども俺としてはやっぱり、順位を決めたい。1位は1チームでいいと思う。優勝は常徳SCだけで十分なのだ。千夏は嫌だって言うだろうけれど、上と下を決めたい。俺達が勝つんだ。

 常徳とグリーンヒルがセンターライン上に、センターサークルを境界のようにして並んだ。主審が両チームのゴールキーパーを連れてゴール前へ。何やらゴールネットの確認をして、しばらくモゾモゾ。

「僕達が後攻だってさ。」

遠藤 行則がそう伝えに戻ってくると、また自分の仕事場へと帰っていった。守るべき場所へ。歩きながらキーパーグローブをパンパン、腕を回し、軽くジャンプを2回。やる気が(みなぎ)っていた。そうだよな、PK戦の主役はキーパーだもんな。


 暁星の1人目のキッカーが主審に呼ばれた。意外にあっさりと始まるんだな、PK戦は。ま、PK戦を前に両チーム改めて挨拶を、なんていうのは面倒だから構わないのだけれど。そしてゲームが進められていく、淡々と。静かに。あれだけ盛り上がった前・後半プラス延長戦が嘘の様。まるでお通夜かクラシックコンサート。くしゃみひとつが悪の様な環境。応援団が悲しげな目で戦況を見つめていた。

 暁星1本目、ゴール。常徳1本目、本田 成也、ゴール。暁星2本目、ゴール。常徳2本目、横山 順矢、ゴール。両チーム、2人目まで危気なく得点を決めた。

 不思議と、待っている俺に緊張はなかった。勝ちを決める5人目、すなわち敗北のトリガーを引きうる人間ともなれば心臓が口から飛び出そうなストレスを感じてもおかしくないが、俺は気持ち悪いほど落ち着いていた。強がりじゃない。証拠に、我ながら戦況がよく見えていた。暁星のキッカーは敢えてボールを浮かせている。シュートコースが多少甘くても身長の低い遠藤 行則ならば上の球は取れないだろう、ということだろう。

 暁星の3人目。遠藤 行則の右手指先がボールに触れた。地面をダンッ!と叩いて悔しがる守護神。喜、楽以外の感情を表に出す遠藤 行則は珍しい。惜しくもゴールは割られてしまったが4人目以降のキッカーに大きなプレッシャーを与えたはずだ。


 ・・・また、ボールを浮かせてきた。キーパーの頭上を狙えという指示でも出ているのだろうか。何故そんなリスクを背負う。横のコントロールに比べて縦の調整は圧倒的に難しい。正直、練習してどうにかなるものではないように思える。それをこのPK戦で、この大一番でやるのだろうか。一歩間違えればボールがクロスバーを超えてしまう。試合が終わってしまう。

 ・・・まぁ、いいさ。それはそれでこちらにとってはありがたい。常徳VSグリーンヒルのPK戦が黙々と消化されていく。常徳の3人目、遠藤 行則がゴールを奪い3-3。ここまで暁星、常徳共に失敗なしである。

 集中力の賜物(たまもの)だろうか。本当に自分で自分が怖くなる。落ち着いていた。暁星4人目の蹴る方向が彼の仕種、首の動き、体の向きで分かってしまった。凄く頭が冴えている。暁星4人目の、相も変わらず浮かせたボールがゴールを割った。負けじと常徳の4人目、太田 勝也が決め返す。その大袈裟なガッツポーズにも俺の集中力は乱れない。そうか、今、気付いた。俺、今日、絶好調みたいだ。


 暁星の5人目、ゴール。遠藤 行則が悔しがる。5人の内ひとりも止められなかったからだろうが、俺に焦りはなし。傍目には常徳が追い込まれているように見えているのだろう。次の1本、俺が外せば常徳が負けるが、ごく当たり前にゴールを決めてPK戦は続くのだ。

 ボールを指定の位置にセットする。中腰のその姿勢のまま数歩後ろに下がる。フゥと息を吐く。顔を上げる。いつも通りに準備を進めた。ゴールマウスが目に飛び込む。うん、やっぱり調子が良い。ゴールがでっかく見える。どこに蹴っても入りそうだ。外す気がしない。

 主審の笛が鳴った。狙いは左下。転がせば十分。ボールを浮かせる必要なんてない。浮かせて外すリスクを背負い込む必要なんてないのだ。自信を持って蹴り出した。調子の良さに加えて適度な緊張感と抜群の集中力。向かって左隅へ、インサイドキックで速いゴロのシュートを蹴った。いい感触だった。気持ち良く足にボールが当たった。球の軌道は狙ったコースへ一直線。蹴った瞬間入ったと分かった。本当に調子が良いとボールがスローモーションに見える。だから。だから、転がるボールが荒れた地面で微かに跳ねる瞬間がはっきりと目視できた。そして全てを悟った。そうか、ボールを浮かせていたのはキーパーの頭上を狙っていたのではなく、ボコボコの地面に弾かれない為か。あ、外れる。

 俺の蹴ったサッカーボールは起動を変えられポストに当たり、コロコロと俺に近づいてきた。これでおしまい。試合終了。俺達は負けた。俺のシュートで。

 頭の中は真っ白にならなかった。脳ミソはしっかりと働き、現状を理解させられた。慢心、(おご)りだったのかもしれない。グリーンヒルが一枚上手だった。ゴールと俺の中間辺りで止まったボールを見てハァと息を吐いた。どんな顔をして皆の所に戻ろうかと考えたと同時に誰かが肩を組んできた。顔を見れば本田 成也。珍しいこともあるもんだ。

「整列だ、行こうぜ。疲れたよ、いい加減。」

「うん―」

 こうして俺達の代の常徳SCは幕を閉じた。




 春休み。今は4年でもなければ5年でもない中途半端な学年。宿題もなく、特にやることもないので千夏とボールを蹴っている。午後から雨予報だというのにのんびりとパスの交換。どういう風の吹き回しか、「勇ちゃん、ボールけりにいこう」と誘ってきた。本格的に体を動かすつもりはなかったので赤松公園まで足を伸ばすことはしないで、すぐに近くのユリの木公園へ。千夏もそこでいいと言ったから。赤松公園と比べたら小さな公園だけれども、軽めのパス練習ならば十分できる。これだけ厚い雲に覆われていれば遊んでいる子もいなかった。

 しばらくは黙ってショートパスを繰り返した。来た球をトラップし、千夏の位置を確認、パスを返す。千夏も同じことをする。2人共な~んにも喋らない。けれどもなんかほっとする。すごく心が落ち着いていた。

「千夏―」

まず口を開いたのは俺だった。すっと聞こうと思っていたこと。

「サッカー続けるのか?」

「うん、続けるよ。」

愚問だったようだ。

「勇ちゃんはクラブチームきめたの?」

「いや、まだ・・・」

「はやくきめないとね。」

「そうだな・・・」

どこか母親みたいな言い方だった。どこか気恥ずかしい。

「あ~、ふってきたね。」

予報通り雨が落ちてきた。

「千夏、『7並べ』教えてくれよ。」

「ふふ・・・いいよ。よわっちぃ勇ちゃんにおしえてあげる。」

 よし。俺もサッカー続けよう。


                                                                                    【11人いないっ! 終】

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