アスタリスク⑨
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「最初は勝ち負けなんてどうでも良かったんです。大会で負けても、ミニゲームで3年生に勝てなくても何とも思わなかったし、逆に勝ったとしても多分・・・まぁ、嬉しくないことはないんだろうけど、特別な感情を持つことはなかったと思います。勝とうが負けようが同じ。ただ夏休みくらいから赤松公園で練習するようになって、みんなと一緒にいる時間が長くなってくると、う~ん、なんて言うか、格好つけて言うと『チーム』っていう認識が高まったんだと思います。」
「うん、そうだな。夏休み以降、2学期から君達4年生は変わったよ。言うまでもなく良い方向にね。」
「それで、こっからは俺個人の意見なんですけど・・・チームとしてまとまってくると、やっぱり負けたくなくなります。いや違うな・・・そんな素直なものじゃなくて、俺達の邪魔をするな、みたいな。邪魔されないためには強さが必要で、強さの証明は勝つことで、勝つということは相手を叩き潰すことで―」
真っ直ぐ向いていた伍代 勇樹が少しだけ下を向いた。
「間違ったことじゃないぞ、伍代。試合に勝つということは相手の上に立つということ。相手を踏みつけて相手の上に立つということだ。自信を持って話してくれていい。」
コクりと頷いた伍代 勇樹が質問の答えを導き出した。
「それで―これは本当に独りの意見として聞いて下さい。一緒に練習している3年生にすら自分達の邪魔をして欲しくなかった。4年の輪にとってはやっぱり部外者だと思っていしまっている・・・のかも、しれません。」
野口コーチの心臓がドクンと鳴った。そして回りの4年生が誰ひとり否定しないこと、幾人かは我が意を得たりと首を縦に降る様子が目に入ると、トクンと胃が締め付けられた。言葉をどう紡ぐかということに伍代 勇樹もなやんでいたようだが、心の声を言葉にしたのだろう。確かな思いだろう。強がりや虚言の類ではない。自分達の力で、他人を蹴落としてでも上へ。勝ちたい。負けたくない。切ない気持ちと言ったら女々しく響くだろうが、どこか置いていかれた感覚に襲われた。本当は置いていかれたのではなく、追いついているのに。大人になるということ。男になるということ。成長しているのだ。年を重ね、経験を積み、心も肉体も。それをずっと願っていたのに、いざその時になってみると不思議と淋しいものだった。
時間にして10秒程。野口コーチの意識を呼び戻したのは主審のホイッスルだった。延長後半終了。PK戦突入。