第八章 2つの決着
【第八章 2つの決着】
「ぷひゃ~、しんどいわ~!」
別にハーフタイムではないし、試合が中断しているわけでもない。クリアボールがサイドラインを割った際、試合時間が残り10分程といった所で唐突に叫び声が上がった。腰に両手を当てて空を見上げて腹から声を出した、もちろん太田 勝也が。セリフとは裏腹に、その表情から余裕は感じられない。8人という人数がここに来て影響してきた。頭数のハンデを抱えて3試合目。常徳SCの誰もが同じ気持ちだったが、敵に「いまとっても苦しい時間帯です」と告白しているようなもので、本田 成也は渋い顔をしている。けれどもそれを忠告することはできなかった。太田 勝也以上に本田 成也も体力を削られていた。両のサイドバック、細野 正と観月 心も息が荒い。攻められる時間が長いために常徳ディフェンス陣は呼吸を整える暇がない。敵のペースに合わせて動かなくてはならないので余計に疲れてしまう。横山 順矢はミドルシュートを放つどころか守備に回る時間が長くなり、自陣にポジションを取らざるを得なかった。さすがにここからではゴールまで遠すぎる。かと言ってディフェンスを疎かにすれば持ち堪えることはできまい。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。掃除が嫌なら汚さなければ良い。守備が嫌なら攻めさせなければ良い。左サイドの千夏はももはやフラフラ。声でゲームメイクする余力はなくなり、暁星に自分のサイドをいいように崩されていた。必死に球と人を追いかける程に実力差が如実に現れる。それが後半の後半なのだ。
俺も、うまくいってなかった。状況を打破する策が俺の手駒に残っていなかった。ボールが回ってこないのでハーフラインまで下がってボールをもらおうとしても、ほとんど触ることができなかった。ドリブルで2人、3人相手にしろ、それが俺の仕事で、常徳が勝つ為の武器。けれどもドリブルすらさせてもらえない展開。イライラが募る。加えて、どこまでいっても漏れなく敵のマークがくっついてくる。1人だけでも面倒なのに2人、3人が目を光らせる。よくよく教育されているというか、嫌がらせの方法を熟知しているというか、常勝暁星の名は伊達じゃないというか。どう頑張って動き回っても常に相手の視野の中。何もさせてもらえない。運良くクリアボールに追いついた所で見方にフォローを期待するのは酷だろう。成功法では手詰まりだった。けれども。万策尽きた、というわけではない。俺も皆も分かっていた。そろそろだと。
「10番っ。チャンスが来たらいくぞ!!」
野口コーチの雄叫びが響き渡った。突然のことに驚いた応援団もいただろうが、俺達に動揺はなし。むしろ待ってましたという所。野口コーチの指示に対して俺達は頷いたり片手を挙げて合図したりと反応したが、他の者にはさっぱりの内容だったろう。試合残り時間5分でへんちくりんな企みをしていることは予測できたろうけれども。
そうそう、ちなみに常徳SCに背番号10はいない。4番もいなければ9番も。常徳の4年で最も若い番号は遠藤 行則の18番。キーパーだけれども18番。俺は20番で本田 成也は30番。ユニフォームは常徳SCに入ると半袖と長袖の2着配布されるのだが、背番号はその時に初めて知らされる。数字はランダムだとか、登録順だとか、スタンド・アップ・スポーツクラブ側の決めた通し番号などと言われているが、本当の所は誰も知らなかった。どうやら野口コーチも。
とにもかくにも、俺達には切り札があった。千夏を発信源とする奇策が頭を過ぎったかもしれないが、それは違う。特に暁星のコーチは気が気でなかっただろう。何をする、何を起こす、何を仕込んできた。その答えが提示されるまで、さほど時間は要さなかった。
遠藤 行則のゴールキック。ポーンと浮いたボールをヘディングで太田 勝也が競り合い、その零れ球が俺の足元に流れ込んできた。素早くボールを自分のものにして前を向いたものの、3人の暁星マーカーが目を光らせていた。ここは一旦ボールを後ろに戻すなりなんなりしてボールを落ち着けてというのが定石なのかもしれないが、俺からも合図しなければならない。いつでもいけますよ、と。俺は暁星ゴール目指して、正しくは3人の暁星ディフェンス目掛けてドリブルを開始した。単独強行、なんて言えたら格好良いんだけれど―それが引き金となった。
「10番、GO!」
野口コーチが叫んだ。最後の切り札。JOKER。ずっととは言えない。でも、夏休み以降は勝つ為に練習してきた。練習の為の練習ではなく試合の為の練習。だから負けたくないし、負けることが怖い。努力は嘘をつかない、無駄にならない、積み重ねたものがいつか花開くなんて言葉を100パーセント信じる年齢ではない。けれども、一歩踏み出せなければ何も始まらないことは近々に学んだばかり。それがなければここまでくることはなかった。またびりっケツで俺達の常徳は解散していただろう。
迎え撃つ暁星ディフェンス陣に突っ掛ける。あちらさんからすれば「え、勝負するの?1対3だぞ」という感じだろうか。舐めるなとお怒りだろうか。とんでもない。十分に認めているし、尊敬している。暁星は強い。3年間ずっと4位の俺が言えた立場じゃないが、3人相手に突破できるなんて思っていないよ。俺の役目は時間稼ぎ。囮。捨て駒なのだよ。あんたらを引きつけてスペースを作り、パスを出す。本田 成也へ。
なぁ、伍代よ。お前、自覚がないのだろう。このフィールド内でお前が一番うまいんだぞ。俺が言うんだから間違いない。
その間、常徳ディフェンスは2人になってしまい、ど真ん中がぽっかりと相手しまうのだが、そこには太田 勝也がデーンと立っていた。ちなみに太田 勝也は守備が苦手、センターバックの経験もない。ボールが飛んできたらとにかくクリアすることが事前の約束事だった。練習では横山 順矢をセンターバックに据える案も検討したのだが、中盤における本田 成也と太田 勝也のコンビネーションが驚く程合わなかった。ほんと笑ってしまうくらいに。おまけに口喧嘩まで始まってしまうし・・・
突然のオーバーラップ。これが作戦ナンバー10。常徳SC唯一のフォワードが敵を引きつけて、常徳SC随一の実力者がフィニッシュにもっていく。人数の少ない俺達が背負うリスクは否めないが、だからこそ最後の最後の力を振り絞って、相手に対策と反撃の時間を与えない最後の切り札。故に仕掛ける頃合を野口コーチに指示してもらう必要があった。
切り札の名前をどうするか。太田 勝也が発案したウルトラカウンターアタックは即却下され、本田 成也のそれが採用された。
「俺達の背番号を足すなり引くなりすればいいだろう。ウルトラなんちゃらなんて恥ずかしくてしようがない。」
この作戦が見事にはまった。フリーでボールを受けた本田 成也の前にはキーパーしかおらず、ひとつキックフェイントを入れてから冷静にゴールへ流し込んだ。これが決勝点。俺達は決勝ラウンド進出を決め、そして、常徳3年は決勝ラウンド進出を逃した。次の試合で常徳SCの3年は暁星SCの3年に敗れた。
【第八章 2つの決着 終】