11人いないっ!
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最後の5分間。常徳SCの選手からの声はほとんど聞かれなかった。目の前のボールとグリーンヒルSCのプレイヤーを追いかけることで精一杯。精一杯でも捕まえきれない。口から溢れるのは乱れた呼吸と溜息ばかり。その代わりに、とでも言おうか。試合を見守る誰にも増して、野口コーチが叫び続けた。指示とかアドバイスの類ではない。選手達の名前を順番に呼んでいた。最後尾の遠藤に始まり最前列の伍代へ。一巡すると再び先頭に戻る。ただひたすらに、気持ちを伝えようとしていた。これまで本当にありがとう。
ここにきて間接的ではあるものの、8人という人数が常徳にプラスとなった。常徳SCとグリーンヒルSCのどちらにも籍を置かない、いわば第3者の多くが味方したのは常徳だった。連動して、8人のチームには負けられないという圧力がグリーンヒルに襲いかかる。未体験のプレッシャー。それはそうだ、サッカーで8人のチームと戦い、あろうことか延長戦まで。付け加えるなれば、たとえ小さいとはいえ大会の決勝戦。点が取れない。グリーンヒルSCの焦りというよりは常徳SCにツキがあった。シュートがキーパーの正面に飛んでいったり、ゴールポストが味方したり。タイムリミットの5分が近付くにつれ静寂が生まれつつあった。妙な空気を作り出すは他人の心。守りきるのだ、8人のチームが。とうとうPK戦にまで持ち込んでしまう。PK戦までいけば人数は関係ない。少なくとも現状よりは勝利の可能性が出てくる。常徳の描いたシナリオが実現しようとしていた。
誰が見たって悪者は俺達だよな。8人に対して11人で襲いかかっているんだから。いやいや、8人で向かってくる方が間違っているんだけどさ、ここまで勝ち上がってくると応援したくなるもの分かる。実力はあるよ。悪運だけでここまで来たわけじゃない。常徳SCが優勝したほうが絵になるだろうよ。たださ、俺達だって目の前の相手を倒してきただけで真っ当な試合をしている。だのに悪者みたいに扱われてしまうのは心外だな。何か気がついたらいつの間にやら敵役になっていた。テレビの悪者もこんな感じなのかな、なんて思ってしまった。明らかな悪い奴ってのもいるけれど、自分達の目的を果たそうとしているだけなのに突然ヒーローが現れて損している気がしないでもない。俺達に同情してくれなんて絶対に言わないけれど、俺達だって打倒暁星SCで1年間やってきたんだ。常徳は強い。偉そうに言わせてもらえば敬意を表する。でもさ、だからこそ、俺達が負けちゃいけないんだ。テレビやアニメとは違う。教えてやるよ、世の中そんなに甘くないってことを。
一方その頃。刻一刻とタイムアップが迫る中、野口コーチは4年生との会話を思い出していた。確か予選ラウンドの終わった翌週か翌々週くらいだったか。野口コーチお得意(?)の改まった場を設けてということではなく、練習後にたまたま4年生だけが残っていたのでそれとなく質問をしてみた。
「どうして8人を選んだんだ。11人で得することはあっても損することはないだろう。3年生とも仲がいいじゃないか。」
決勝ラウンドは11人でいくぞというニュアンスを込めたつもりはなかったし、4年生もそれは理解してくれていたと思う。単なる疑問として何人かが答えてくれた。何故こと土壇場で思い出されたのかは自分でも不思議であるが、伍代 勇樹がしっかりと、目を逸らすことなく話を聞かせてくれた。おそらくは伍代 勇樹だけの意見というわけではなく、皆で悩んで考えて話して相談してまた悩んで、4年生としての答えに辿り着いたのだろう。伍代 勇樹が4年生の総意を代弁してくれた。